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たまごストーリー  作者: みくに葉月
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第八章 八咫烏ストーリー

僕は潮が満ちはじめている海の砂浜に立って空を見ていた。

薄暗い雲が地平線の彼方まで続いていた。

空全体が雲に包まれることは珍しくないが、当たり前というわけでも無かろう。

とりわけ、今日ほど暗雲と呼ぶにはふさわしすぎるほど分厚く、そこに一切の一筋の光をも見出すことが叶いような雲はそうそうないはずだ。

そもそも、地平線の彼方なんて普段見ることはできないはずだ。なぜならば、普段僕達は僕達が作り上げた無機質で出来たジャングルジムに閉じこまれているため、こうして海にでも出かけない限り、そこから自然なものを観察することは空以外には不可能なのである。

というわけで僕は今、普段の生活と相対的に非日常的な時間を過ごしているというわけだ。


僕は空をじっと見ていた。暫くするとその薄暗い雲はたちまち漆黒の雲へと移り変わり、この世界の何もかもが暗黒に染められた。

僕は空を見ながら、無意識の世界に自己を放り込んでいたため、直ちにそれに気づくことが出来なかった。光を頼りに歩こうとしたときにはもう遅かった。僕はまたあの奥行きのない世界に連れてこられたようだ。


「鴎君。また会ったね。君に会うのは二回目だろうか。もっとも、君が知らなくても私にとっては何度目かなんてものではないのだが。」と矢田さんの声が奥から聞こえた。そして忽ち暗闇の中から姿を現した。

「今日は体を縛り付けないんですね。」と僕は嫌味半分、本音半分で尋ねた。

「前に君を縛り付けたのは、君に私を必ず認識してもらう必要性があったからだ。今回はこうして自然に話すことが出来るからいちいち縛らなくても何の差支えもない。」と矢田さんは微笑交じりに答えた。


 今回、僕は矢田さんの姿をはっきりと認めることが出来た。

年は二十代半ばだろうか。髭は少し生えているが清潔で爽やかな印象を受けた。

矢田さんの言動から彼の性格を理解することは出来なかった。故に矢田さんを僕の中でどのポジションにもカテゴライズすることは出来なかった。

しかし、彼の言動が指し示す事実に対してだけは何故か絶対的な信頼を置くことが出来た。何故だか、と聞かれてもそれを言葉でもって説明することは出来ないだろう。


そして矢田さんは思慮に耽る僕を他所に続けて言った。

「今日君を呼んだのは他でもない、君に忠告をするためだ。今君は危機的状況に置かれている、にも関わらず君はそれに気づいていない。君は是非とも真実を知らなければならない。そうしなければ君は忽ち身を滅ぼすことになるだろう。君はあれから一度でも記憶の整理を試みたかね?」

「やってはみましたが、今一つ分かりませんでした。」と僕は正直に答えた。

それは本当に正直な気持ちだった。僕は一体何なのかそれさえはっきりしていないのに記憶を探っても何も出てこないのは明らかだった。どれだけ頭の中の箪笥をあさってもの出てくるのはバラバラになった異物だけなのだ。

「そうか、なら、私が一から説明しよう。あくまで私が説明できる範囲であるが。」そう言って僕の周りを歩いて周回し始めた。

「わたしは鴎君に三つ教えなければならないことがある。まず一つ目、鴎君は今年の春に福富飛鳥という子と知り合い、今では恋人と呼んでもいいくらいの間柄になっている。そうだね?」

僕は心の中で頷く。

そこで矢田さんはぴたったと止まった。


「ところが、本当は君と飛鳥は今年どころか遥か昔からの知り合いだったのだよ。」

 

「それはどういうことですか。」と僕は聞く。

 「つまり、福富飛鳥も鴎君同様に傘の住人であったということだ。そしてまた鴎君同様に記憶を失っているようだ。故に福富飛鳥自身も鴎君と知り合いだったことは覚えていない。あまりに悲劇的であるが、これは我々イノベイターが調査を行った結果だ。全くの事実であることを保証しよう。」

矢田さんはさらに続ける

「鴎君は傘にいた頃も飛鳥と今と同じような関係を築いていた。だが、ある日突然福富飛鳥は傘を抜け出し、この世界にやってきた。そして鴎君も彼女を追いかけてここに来た。その詳細について私は知らない。何故傘にいた頃の鴎君が細君と別れなければならなかったのか、記憶がないのでは知る由もない。」

「僕は飛鳥とずっと前から付き合っていたということですか。なのに、どうして、記憶が無くなるってどういうことですか。僕は一体何なんですか。」

僕は混乱する頭を必死に押さえつけつつ絞り絞りに声を出す。

「そもそも、国渡りは傘の法律で禁じられている。そして、それを破った場合、重大な罪に問われることになっている。尤も、傘に帰ることが出来たらの話であるが。何故だか分かるか。傘の神話で国渡りをすることは即ち魔界に入ることだと言い伝えられているからだ。国渡りをしたものは魔界のエネルギーに体を浸食され、記憶を失い、化け物になり、やがて傘を滅ぼしに戻ってくると言われている。つまり今の鴎君と彼女は魔界にいる化け物だ。国に帰ることはもう叶わない。君達は自分が一体誰なのか分からないまま、ここで一生這いつくばって生きていかなければならない。それどころかいつか狂ってしまう恐怖とさえ戦わなければならないだろう。」と矢田さんは無感情な声でそう言った。


僕と飛鳥は記憶を失ったままこのまま生きて行かなければならない。

僕達のルーツがこの世界にないのだから眠った記憶を叩き起こすヒントなんてどこにも存在しない。

僕達は空っぽのまま生きて行かなければならないのだ。そんなこと出来るはずもなかった。

突然事実を突きつけられて「はいそうですか」、と言って絶望の運命を受け入れるほど僕は馬鹿ではない。かと言って矢田さんの理論にはしっかり裏付けされていることは明白であった。

否定することは出来ない。やはり矢田さんいう通り、混濁した記憶とともに生きて行くしかないのだ。


「それだけではない。」と矢田さんは僕の心を見透かしたように言った。

「二つ目、鴎君は不知火ヨダカを知っているね。最近よく会っているそうだが。あの子も傘の人間だ。そしてあの子もかつて鴎君と知り合いだったようだ。そしてここが大事なのだが、彼はなぜか記憶を失っていないようだ。もっとも、鴎君と接する時は記憶がないふりをしていたようだがね。」

「大事というのは一体どういうことでしょうか。」と僕は尋ねる。ヨダカが傘の人間であったことは何故か、それほど不思議に思わなかった。

「鴎君が彼から鴎君自身の記憶を引き出すのだよ。どのくらいかは分からないが、ヨダカ君は鴎君のことを知っている。だから鴎君のことについてヨダカ君に尋ねるのだよ。そして、彼から記憶を引き出し、それを鴎君の中に眠る記憶を目覚めさせる起爆剤とする。成功するかどうかはやってみないと分からない。もしかしたらヨダカ君は鴎君と面識があるだけでそれほど深い関係ではないかもしれない。そうなれば鴎君の記憶を目覚めさせることも難しいだろう。」と矢田さんは言った。


「分からないですが分かりました。」と僕は言った。前にもこんな返答をした覚えがある。

本当に馬鹿みたいだ。そう思って僕は尋ねた。


「一つ聞いていいですか。」

「なんだね?」

「イノベイターはなんのために活動をしているんですか。なんの利益のために、どうして傘の人間と関わっているのですか?」

「あはは。一つではないようだね。」と矢田さんは膝を叩いて笑った。そして生えかけている髭をさすりながら答えた。

「我々イノベイターはみな、傘の人間だ。どうだ。こう答えたら全ての疑問が解消されるだろう。前にも言ったが我々イノベイターはイノベイトするものだ。それは我々の宿命だからだ。イノベイターの、ではない。記憶を取り戻した傘の人間としての宿命だ。君にも時期に分かる日がくる。我々は現在、傘の人間の保護を行っている。それは記憶を無くした傘の人間が万が一悪魔化して暴れないようにするためだ。馬鹿げているかもしれない。わたしもそう思う。しかし、君達のように記憶を無くした人間を保護することは馬鹿ではないだろう。記憶がないというのは危険なものだ。まして、傘の人間はこの国にルーツを持たないから尚危険なのだ。ルーツを持たず、己の内に己を証明する記憶という名の目印がないというのは砂漠の中で生きているのと同じようなものだ。ヒステリックを起こしても不思議ではないだろう。最初に詳しく説明することが出来なくてすまなんだ。しかし、それが出来ないほど今は切羽詰まった状況なのだ。不安で一杯かもしれないがどうかこの状況を打破してほしい。わたしはある手法を使って鴎君がここにやってきてからの記憶とその断片を勝手ながら見てきた。わたしが知る君ならやれるはずだ。いいかい?大事なことはまず君の記憶をヨダカ君から引き出すことだ。そうすれば鴎君の中に眠る記憶とが共鳴し、本来の君を取り戻すことが出来る。記憶を取り戻せば鴎君の身は保証される。」


この時、始めて僕の中に使命というものが出来た気がした。これがもし本当の自分の使命だとすればどんな気持ちになるだろう。とにかく記憶を取り戻さなければならない。それが第一だ。

もし、記憶を取り戻したことによって飛鳥との関係が壊れてしまったらどうしようかと考えた。飛鳥が傘の世界を抜け出した原因が僕にないとも限らない。もしそうだとすれば記憶が戻るなり、僕は彼女と別れなければならないだろう。


だが、迷っている暇はなかった。僕は重い足取りでその真っ暗な場所から遠のいた。

暗い場所が遠くに見えるくらいまで離れた時、矢田さんが呟いた。

「八咫烏は道を示す。その先は君次第だ。」



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