第七章 ムカシストーリー
夏があっという間に終わり、秋を迎えようとしていた。
外の気候は暑くもなく、寒くもなく、まさに秋そのものだった。外を歩く人たちは半袖の人が居ればまた長袖を着ている人もいた。彼らはまるで生きている世界を迷っているかのように感じられた。
夏が終わってから初めて思ったのだが、そもそも夏自体存在していたのだろうか。
僕の意識はここ最近濁りっぱなしだった。僕の体は時間の感覚から日数の感覚、それから曜日の感覚くらまいでしか覚えることが出来ない。それ以上長期的にこの体に概念的なものを覚えさせようとすれば、忽ち混濁した意識の大洪水が僕の意識の中を駆け巡るのだ。
だから、上手く僕の記憶と外界の時間の流れから季節の流れまでをリンクさせることが出来ない。
それはどうしようもないことだった。
たしか、ヨダカが初めてうちの喫茶店に来たのは春ごろだった。よっぽどうちの窓からの景色が気に入ったらしく、あれからよくうちに来るようになった。ヨダカは店に来ると必ず窓際の席に座っていた。そしてそこから何の変哲もない外の景色を見つめていた。その眼光の先には何もない。アスファルトと腐りかけた肉が織りなす日常が広がってるだけだった。
「おはようヨダカ、今日は微糖がおすすめだよ。外国のいいやつが手に入ったんだ。」
僕はそう言ってメニューを彼に渡す。僕とヨダカはどうも気が合うらしく、また年齢的にも近いこともあってかすぐに仲良くなった。
「微糖か~。やっぱりブラックが良いかな。いつものやつでいいよ。」
「ええ~物は試しだろ~。」といいつつ僕は引き下がる。
ヨダカの趣味は人間観察らしく、いつもここに来るまでに見た人間同士の奇妙な出来事や心温まるエピソードをきめ細かく話してくれる。先週は鳥の糞を被ってしまった人が必死にそれを隠そうとしている模様を面白おかしく伝えてくれた。だから、今日もそんな話があるのかと思った。
が、どうも今日はそうではないらしい。ヨダカはいつにもまして真面目な顔をしていた。
「鴎、今日はどうしてもお前に聞いてほしい昔話があるんだ。恋愛話のようなものだよ。俺の友達として、いや違うな、俺を紙芝居のおじさんだと思って聞いてほしい。そんなに長くはならないつもりさ。出来るだけわかりやすく短く話す。」とヨダカは言った。
店内の周りを見渡してみる。そこには誰も居なかった。オーナーは台所の奥で居眠りしているようだ。居眠りの音が微かに聞こえる。朝のこの時間帯は暇なので飛鳥も居ない。僕と店長と二人きりのシフトだった。
「いいよ。誰か来るまでの間ね。」と僕は言った。
ヨダカはそれを聞いて安心すると、すらすらと話し始めた。
「昔々、あるところに少年が二人おりました。その少年二人は大変仲が良く、毎日楽しい日々を過ごしていました。ところがある日、二人の仲に暗雲が立ち込めるような出来事が起きました。それは二人に共通して仲が良かった女が原因でした。二人はその女のことを好いており、我先にその女を手に入れようとしました。互いに争いました。時には汚い手を使ったり、騙したりしました。そんなことがしばらく続くと、とうとう二人の仲は破綻してしまいました。二人のうち、どちらかが女を手に入れてどちらかが絶望の淵においやられるまでは時間の問題でした。ところが、そんな予想を裏切るようにある日突然、女の消息が途絶えました。二人は必至になって、別々に探しましたがとうとう見つけられず、一人は人生を顧みることが出来ず死を覚悟し、一人は流浪の旅に出ました。その女は何を思い、姿を消したのでしょうか。それを知るものは誰もおらず、二人の仲はどうして破綻してしまったのか、今では本人達でさえも分かりません。ただ最後に残ったのは壊れた思い出だけでした。その思い出はまるで消えかけの蝋燭の火のように淡く、いつまでもそこに転がって干からびていました。おしまい。」
ヨダカは話し終えるとチラッとこちらを向いた気がするが、すぐに息を吐いてうつむいた。
「なんだか、暗い話だね。」と僕は率直で単純な意見を述べた。あまりにも単純な意見であったため、自分でもそんな感想で良かったのか疑問に思った。
しかし、今の僕にとって、彼がどうして急に昔話を始めたのか、それがどんな意図をもってして物語られたのか理解することは困難であった。
「鴎、お前だったらどうする。友情を取るか、恋愛を取るか。」とヨダカは聞いてきた。
「そんなの、選べないよ。」とだけ僕は答えて、それ以上その話に関したことは話さなかった。




