第三章 ヨダカストーリー
「ありがとうございました!」
と、絵に描いたような笑顔でお客さんを見送る。
それからテーブルに残された食器やらコーヒーカップを手際よく片付けていく。
「お手拭きをどうぞ。」
周りのお客さんには気配りを怠らないようにする。サンドウィッチで手を汚してしまったお客さんにはお手拭きを渡す。
この喫茶店に働き始めてから慣れるまですぐだった。オーナーにも「鴎君は物覚えがいいね~!」とお褒めの言葉を頂いたし、飛鳥も僕の成長ぶりには驚いていた。僕は意外と接客に向いているのかもしれない。
またお客さんが来た。
「いらっしゃいませ。」
カウンターの椅子に腰をかけたお客さんにメニューを渡す。
「いやあ、今日は少し肌寒いね。」とお客さんはそう言ってリュックからパーカーを取り出して半袖のシャツの上からそれを着た。
「そうですね。この季節は服の選択に困りますよね~。」と僕は曖昧な返事をする。
見た目若そうなのに年寄りみたいなことを言う人だなあ。
「カモメさんは寒くないの?」とお客さんは僕の名札を見ながら言った。
「まだ中にヒートテック着てますから。」と僕は微笑む。
「そっか~俺もそうしようかな。コーヒーエスプレッソホットで、あとそれとプリンアラモード。」
「あ、はい。」
僕は少し焦り気味でオーダーをメモに書いてからコーヒーを作り始める。
お客さんはメニューを閉じると外の景色を舐めるように見た。
この人の目は何だか少し怖い。
悪人、とは言わないけれどこの人のそれはどこか怪しい雰囲気を醸し出していた。
「喫茶店とかこういう落ち着くとこに来たら外の景色を見ちゃうんだよね。」とお客さんは言った。
わかる。
「なんでだろうな。外に居る時は街路樹の葉っぱとか、アスファルトの色とか全く気にしないのに中から外を見るとそれが急に魅力的に感じる。矛盾だよな。」
すごくわかる。
「よく家に居る時に外を見るんですか?」
「いや、家の中から景色を見れる窓はあいにくないんでね。こうして喫茶店に来た時だけ見るんだよ。」
「なら、これからは毎日この喫茶店にいらしてください。いつでも好きなだけ外の景色を見れますよ。」と僕は自分でもびっくりするくらいの営業スマイルで言ってのけた。
「いや、いいや。また気が向いたら来るさ。」と言われてから気が付いたが、いつの間にかお客さんはプリンアラモードとコーヒーを平らげていた。
「ごちそうさま。」と言ってお客さんはお会計を済ませてから店から出ていく。
「ありがとうございました!」と言って僕はお客さんを送り出す。
入り口のドアが完全に閉じられると思ったその時、
「本当に俺のこと、覚えてないんだな。」
と店内BGMのクラシックに入り混じった声が聞こえた。
彼が残していった領収書には「ヨダカ」という名前のサインが無尽蔵に書きつづられていた。




