第二章 豆ストーリー
とある雑誌の「女の子が理想とする彼氏像ランキング調査」で、道路を歩くときに車道側を歩いてくれる彼氏が一位だった。
理由としてはそこに彼女を守ろうとする無意識な心得が含まれているからだそうだ。
僕にはそれが断然理解できなかった。車道側を常に歩くだけで理想の彼氏になれるのなら是非ともそうしようではないか。
しかし、そんなことは現実にはありえないはずだ。そもそも本当にこれが一位なのだろうか。調査が本当に行われていたかさえ怪しいところだ。
と、そんなことを考えながら飛鳥と昼の中心街を歩いていた。
空に浮かぶ太陽の光は明るすぎるくらいに僕たちを照らしてくれていた。もうすぐ薄着の季節かもしれない。
大きい道路に出た。すれ違う自動車は容赦なく、飛鳥の横を猛スピードで駆け抜ける。なるほど。と僕は初めて納得した。
「ねえ鴎君。」と飛鳥は言った。
僕は一瞬びくっとして「何?」と言った。
「オーナーはああ言ってたけど、鴎君はついてこなくても良いんだよ?これは私の仕事だし、迷惑はかけたくないし。」
お父さんなのにオーナー呼ばわり?
「迷惑じゃないよ。いつもコーヒーをサービスしてくれるオーナーへのささやかな感謝の示しだよ。」
「そうならいいけど。」と飛鳥は肩を落とした。
僕たちは今、壊れたお店のコーヒーマシンの部品を本体の製造会社まで取り行く最中である。
飛鳥はオーナーから取りに行くように指示されたのだが、何故かその現場に居合わせていた僕もついでに行ってくれと頼まれた。
オーナーは基本優しくて良い人なのだがどこか強引なところがある。多分、心を許した相手にはそうなってしまうのだろう。多少強引でも、最終的にはあの慈愛に満ちた優しい笑顔で「飛鳥は方向音痴で頼りないから頼む。またコーヒーサービスするから。」と頼まれると断ることが出来なかった。
大きい道路をそのまましばらく歩くと製造会社のビルが見えてきた。
やはりマシンのシェアが八十%を超える会社だけあって立派なビルだった。側面のほとんどがガラス張りで、よく手入れされている。
行きしなで飛鳥が服やらアクセサリーやら色んなものに誘惑されたせいでここまで来るのに大分時間がかかってしまった。僕は疲れ果ててうんざりしていたのだが、左隣を歩く当の本人は大量の買い物袋と共に機嫌よく鼻歌を歌っていた。
会社で要件を済ませて帰る途中、喫茶店があったのでそこで僕たちは休むことにした。そこは如何にも中心街にあるお洒落な喫茶店です、と言いたそうな喫茶店だった。
中に入ると僕たちはコーヒーを頼んだ。ブラックかどうか、ホットかアイスか、豆の種類はどうか、トールかショートか、店員さんから繰り出される質問の数々は僕にダンディな男を演じる隙を与えてくれなかった。
コーヒーを持ってやっと席につくと体中から疲労の気体が抜けていくような感覚がした。窓から外の景色を見てみる。見えるのは忙しそうに歩く大勢の黒い人の波だけだ。
「今日はつきあってくれてありがとう。多分一人だったらたどり着けなかったかも。」
正面を向くと飛鳥も正面を向いていた。一瞬目が合った。すぐに逸れた。
「鴎君ってさ。」
「なに?」
「普段なにしてるの?平日のお昼でも平気でお店に来るから大学に通っているわけでもなさそうだし。」と飛鳥は僕に聞いた。
僕の視線はカウンターで騒ぐ客と店員に向かっていた。客の方は五十歳くらいだろうか。歯があちこち抜けているせいで呂律がまわっていない。それから意味不明な罵詈雑言を店員に向かって浴びせている。まだトレーニング中の若い店員はとても困り果てている様子で肩をすくめていた。可哀想に。
「どうかしたの?」
飛鳥の声にハッと我に返る。
「別に、特に何かをしているわけでもないよ。学生じゃないから課題があるわけでもないし。」
「ふーん。」
飛鳥は本当かなぁ、といった様子で肘をついて両手の平を頬にあてていた。それから「まあいいけど。」と付け加えた。
「じゃあさ、うちで働かない?今、人が足りてなくて困ってるの。オーナーも鴎君なら喜んで雇ってくれると思うし、鴎君も何かしないとまずいと思うでしょ?」と飛鳥はやや押し気味で言った。
バイトなんて興味はない。基本やっていることなんて飲食業も販売業も同じだろう。
それに自分の時間が奪われるのは嫌だ。
けれど、あの喫茶店のオーナーにはいろいろと借りを作っている。この際働いてみるのもいいかもしれない。
「いいよ。」と僕は窓の外で転んで泣く幼子を見ながら言った。
子どもの顔は夕日の光のせいでよく見えない。
泣き叫ぶ声だけが窓を通りぬけてもわもわと僕の周囲を囲んだ。




