第十二章 奈津美ストーリー
ある日僕は散歩をしていた。
僕の足はどうして前に進むのだろう。
散歩をしているからだ。それは間違いないことなのだが、散歩をするために二本の脚を常に意識的に動かしているのかと聞かれれば首をかしげるしかなくなる。
つまり、僕の二本の脚は勝手に動いているのだ。まるで別の生き物みたいだ。僕は勝手に歩く足を眺めながら上半身全体でそう思った。
僕は今中心街の商店街で歩いていた。特に何か目的があったわけではない、ただ人が溢れかえっている所を歩いてみたかったんだ。ちょっと地面が高い所から低い所を見てみると無数の人の頭が見えた。まるでゴキブリの群れをみているみたいだ。僕はそう思った。
僕は適当なカフェを選んで中に入ってコーヒーを飲んでいたのだが、窓の向こうに道を歩く奈津美の姿が見えた。相変わらず黒髪のツヤがこんな遠くから見ても分かるくらい良く、とっても可愛くて、僕は思わずため息をついた。そして、慌ててコーヒーを飲み干して外に出て行った。
「やあ。」
声をかけると彼女は大層驚いた顔をしていた。
「わわ、びっくりした…鴎さん、でしたよね…?」と奈津美が答えた。
「驚かせちゃってごめん。たまたまあそこのカフェから奈津美さんの姿が見えたもんで急いで追いかけて来たんだ。」
「そうなんですね。良かったら一緒に歩きませんか?」
「いいの?用事は?」
「いいんです。私はフラフラしている身ですから。」と奈津美が笑って言った。
しばらく二人でゴキブリの中を歩いた。ゴキブリ達は渋滞していて中々歩くのにも苦労した。
それでも僕達は意識を使いながらも話をした。
「飛鳥さんは一緒じゃないんですか?」
「ああ、最近何かと忙しいらしくてあまり会えていないんだ。」
「そうなんですか…」と奈津美は悲しそうな顔をした。
「そういえばさ、飛鳥は学校ではどんな感じなんだ?」と僕は思い切って聞いてみた。この質問は前からしたくても出来なかったものだ。僕にはいかんせん知り合いが少ない。それ故にこんな些細なことを聞く相手すらいないのだ。
奈津美はしばらく考えると、
「学年が違うのでいつも一緒、というわけではないので全部は分からないですけどとっても優しい方、というのは確かですよ。」と言った。
そんなことは分かっている。
「あ、こんなこと彼氏さんに言っても当たり前のことですよね…すみません。」
「いや、いいんだ。でも、どんなことでもいいから何か僕が知らなさそうな彼女の内面についてのことを教えてくれないかな?」
「飛鳥さんの内面について…」そう言って奈津美は指で前髪をいじりながら考えていた。
「ごめん、難しいことを聞いてしまったね。」
「いえ、お答えすることが出来なくて申し訳ないです。」と、奈津美は本当に申し訳なさそうな顔をして言った。
僕達は商店街を抜けてオフィス街を通り、彼女の帰りの駅まで歩いた。
「ちょっとの間でしたけど楽しかったです。こんなフラフラしている私と歩いて下さってありがとうございました。」
「いや、大丈夫だよ。僕もフラフラしているから。」
「フラフラ仲間ですね。また今度お会いしたらまた一緒に歩いてくれますか?」と奈津美は言った。
「ああ、きっと。」
「そういえば。」と奈津美は言った。
「飛鳥さんは毎日の部活の準備から片づけまでを出来ることは自分で最後までする方でした。責任感の強い方でした。」
責任感の強い、か。
僕は一人夜の街を歩いて考えながら帰った。




