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たまごストーリー  作者: みくに葉月
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プロローグ

僕は今、境界線の上を歩いている。

と言っても境界線の上には白くてミルクみたいに水っぽい壁がそびえ立っていて、それは空高くまで続いている。だから訂正しよう。僕は今、境界線の上にある壁に沿って歩いている。


 おそらく、大抵の人間はこの状況を経験することはないのだろう。

従ってそれを理解するのも難しいだろう。そこで、その状況として卵を想像してみると分かりやすいかもしれない。

 僕は今卵の内側を歩いている。内側はいつまでも、どこまでも歩いても白い壁しかない。その壁は何をもってしても内側から割れることが無く、外から割られることもないのだ。

 試しに核爆弾を搭載したミサイルをゼロ距離で壁に発射したらどうだろう。

 きっとそれでも割れることはないと思う。


 しかし、僕自身はその殻を割らずとも出ていくことができる。

その殻は言わば、概念的なものであって僕にとって殻ではないと認識すればその殻は殻では無くなるのだ。


 僕は右手を伸ばすとそれは何の手応えもなく、スカッと空中をきるように壁の向こうに吸い込まれていった。僕はそのまま、ザブザブと子供がプールで遊ぶみたいに腕をばたつかせる。


 僕の職業は学者である。

 といっても微分積分はもちろん、絵にかいたような数式を僕は扱うことが出来ない。

 僕は数学者ではないのでいわゆる、この世界で通用している数学的理論を使ってこの世界を説明することが出来ないのだ。僕の専門はどちらかというと哲学や社会学の方面である。もちろんそういった学問でも数学を扱うことはあるがそれは僕にとって大きなことではない。


 僕は今までそういった学問を通してこの世界を何らかの形で言い表そうとしてきた。そして、僕は培った知識と経験を活かしてこの世界の構造についてありとあらゆる仮説を立てた。

 しかし、それらの仮説はいつまで経ってもどこまでいっても仮説のままであった。それらはまるで空中に浮いた風船みたいだった。

 僕はそれらを証明しなければならないような気がする。子どもは自分が一番でなければ納得しないように、学者たるものあらゆるものは証明されないと気が済まないのだ。


 僕は目の前の殻に突っ込んでいた手を引き抜き、空を仰いだ。

目の前の殻はどこまでもそびえたっていて殻というよりかは壁に近い感じだった。


 もしこれが殻ならば僕は卵の中にいることになる。そして、僕が住むまちは多分卵の黄身にあたるのだろう。僕の住むまちの人口は一万人足らずで、面積もそんなに大きくない。もちろん、何と比べて大きいか小さいか考えるとキリがないが。


 僕の住むまちは“傘”と呼ばれている。それはまちの形が似ているだとか言い伝えに傘が出てくるとかそういうことではない。空に本当に傘が浮かんであるからだ。傘はまちを完全に覆うように浮かんでいて、それはこのまちの象徴であるかのように当たり前に存在している。


 今日の朝は今年で一番の大雪だった。僕は積もった雪のせいで玄関のドアを開けられず雪と格闘する羽目になったし、隣のおじさんは屋根の雪かきの途中で転げ落ちてしりもちをついていた。空に浮かぶ“傘”は大雨も大雪からも僕たちを守ってくれはしない。あの“傘”は僕たちを見守っているのではなく、朝笑っているのだ。


 ここからだと“傘”はだいぶ小さく見える。二時間くらい歩いただろうか。雪のせいで足元が何回かすくわれそうになった。殻を背に見る百八十度の銀景色はまるで卵の白身そのものだった。もしかしたら僕は本当に卵の中にいるのかもしれない。


 午前十時が過ぎた。衛兵どもの出勤時間だ。もうそろそろ行かないとここがバレるのは時間の問題だろう。

 僕はさっきみたいに右手を殻の中に突っ込んだ。それから吸い込まれていくように殻に身を預け、残りの体を沈めていった。


 目を閉じて耳をすませる。心臓の鼓動が正常に働いているか確認する。それから身の安全を確保し、五体満足かどうか何度も見て確認する。大丈夫、何も異常はない。ここから先は目の前にあるあの光を目指して歩けばいい。僕は胸に希望を抱いて歩き出した。


 おや?後ろから何か音がするぞ?

 いや、大丈夫。きっと何かの勘違いだ。

 ああ、ほうら。僕の自転車の鍵だった。なんてことはない。

 さあ行こういざ行こう。未知の世界へ。この世界の理へ。


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