恥ずかしがりやの猫
「はぁ……っ、はぁっ、」
部屋に走り戻った私はとにかく息を整えた。
なんなんだ、あれは……!!!
どきどきする心臓は、走ったことによる酸素不足なのか、それとも、ほかの、何か別の………
いやまて、それは問題じゃない。
いや問題かもしれないが、とにかく今は置いておこう。
今問題なのはこれだ。
「くそ、なんで尻尾が………!!!」
それはリアムさまに挨拶され、はからずも人見知りをしいつにないほど緊張した私の身に起こった悲劇だった。
どうやら自分は猫化体質のために、なにか普段よりかなり精神を刺激するようなことがあると軽度の猫化を起こすらしい。
そんなこと知りたくなかったと10歳の自分は思った。
挨拶するだけでも尻尾がでる。
それなのに、リアムさまと会話でもしようものなら猫になるだろう。
「もうだめだ…………」
せっかく、父兄以外で仲良くなれそうな人だったのに。
「ひっこめこの尻尾め」
銀毛の輝く尻尾をきゅっとひっこめて、ぼすん、とベッドに倒れ込んだ。この体質をどうにかしたい。出てくるのが尻尾ならまだいいが(ドレスで隠せる)、耳とかヒゲとか、肉球とか、そんな部分が出てこようものなら隠せない。
「くそ………」
ベッド横の窓から小鳥がこっちを心配そうに眺めている。心配そうに見てくれるのはいいが、美味しそうだなぁ。お腹が、空いたなぁ。
「くく、おいシャル!!
さっきはあんな真っ赤になって逃げやがって、リアムに惚れたか?」
うるさい兄がどうやら部屋に勝手に入ってきたらしい。
「シャンテ坊ちゃん!いくらなんでもレディのお部屋にノックなしは、」
「大丈夫だオリバー。俺はかわいい妹に事務連絡しにきただけだ!」
老執事のオリバーが兄を止めてくれている。
「リアムがぜひ晩餐のエスコートをさせてくれってよ。どうする、シャル」
オリバーに止められながらもベッド脇に来た兄は、ベッドに沈む私の頭をぽふぽふと叩きながらおもしろそうに話しかけてきた。
お客様が来たのだ、今日の夕食は晩餐会になるだろうと思っていた。晩餐会に出席する女性は、父や兄、その会の主役などにエスコートされなければならないことも知っている。
腐っても公爵家の娘だ、10歳ではあるが何度も経験しているさ。
しかし糞兄め、先ほどあのような失態を見せた私がそんなこと、できるわけなかろうが。
ふしゃーっと威嚇するようにがばりと身を起こした。
「はずかしいから、むりだ」
むり、ほんとむり。
全猫化は防げても、今度は全身毛むくじゃらになる。
「父様か、父様が無理なら兄さん、たのむ」
うるうる瞳で攻撃すれば、なんだかんだ私のことが大好きな兄は堕ちるだろう。
「……わかった。父上にもそう伝えておく」
いつもそうしとけばかわいいのによぉ!と兄が隠そうともせず言い放った。
オリバーが後ろでおだやかに笑っていた。