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私は猫であるらしい

ーーーーーーーーーーーーー


それは突然だった。



ある日ある朝、いつも通り陽の光が眩しく、侍女が起こしに来る前に起きて、顔を洗って、くしゃみをした。


鏡を見た。



猫になっていた。




猫に、なっていたのだ。





「これは………なんだ………?」



呆然とした。

尻尾が、のんきにゆれている。





私の髪の毛は母親譲りの銀色。

瞳は父親譲りの深い青。



鏡の前に座る猫は、まさしく銀毛色の、ダークブルーの瞳の、少し気の強そうな、しかし今は大分ほうけた顔で鏡の前にちょっこりと、座っていた。



着ていたナイトドレスは洗面台の下にくしゃくしゃとなって落ちていた。


まず手で(前脚で?)顔を触ったが、柔らかな毛並みしか確認できなかった。

そもそも手のひらにはこれまた柔らかな肉球が鎮座しており、ぷに、ぷに、と少しその場で足踏みをしたりした。


尻尾も、自在に動かせる。

耳もぴくぴくとできるし、隣の隣の隣の部屋にいる兄の寝息の音さえ、聞こえそうなくらいよく聞こえた。




まず思った。


何が起きたんだ、と。


次に思った。


どうしよう、と。






流石におろおろして、そこらへんを歩きまわった。


部屋がとても広く感じた。


窓際の日光の下に行くと極めて眠くなった。

しかし窓からチラリと小鳥が見えたその瞬間、アレを捕まえなければならないという使命感に燃えた。

幸い、小鳥はすぐいなくなったのでなんとかなった。




そしてなにやら、タンスの上に、登りたくて仕方が無い。高いところに行きたい。高いところ。高いところに行きたい!!!



気づいたときには既に遅く、私はタンスの上にひらりと舞い上がった。


のぼった瞬間は良かった。



しかしそこは、掃除もあまりされてなく、若干ホコリが目立ったようで、私はまたくしゃみをした。




そして、そう、くしゃみをしたら、私はまた、元の姿に戻ったのである。



…………タンスの上からは、もちろん落ちた。しかも裸で。



ごすん、という物音にびっくりした侍女が慌てて部屋に入ろうとしたが死ぬ気で止めた。


部屋の外から必死で大丈夫かと心配してくれた。



私は平然を装って、寝ぼけていて転んだのだと言い訳したが、侍女はあらまぁと納得して、お嬢様は夢の中でもお転婆なのですね!と言って笑った。



散々な朝だった。


それからというもの、たびたび猫になった。

全てくしゃみが誘発するようだった。

もう下手にくしゃみができないな、花粉症の時期などどうしたらいいのだ、と思った。



しかし私は困難に屈しない少女であった。


一週間のトレーニング(?)の甲斐あってか、変身メタフォ、の呪文で変身ができるようになり、くしゃみ程度の刺激では猫化をふせげるようになった。


この一週間の努力は並大抵のことではない。



紙でこよりをつくり、鼻につっこんでくしゃみを誘発し、猫化に耐えるというものだ。古典的!だとか、公爵家令嬢失格!だとか、そういった苦情は受け付けない。




そしてそうこうしているうち、王都から定期的に来てくれている家庭教師による魔法の講義があった。

私は師範のおじいちゃん先生に素知らぬ顔をして尋ねた。



「人が、動物になる魔法などあるでしょうか」



「おや、動物になりたいんですかな?シャーロットお嬢様」



「いや、そういうわけでは」


お嬢様はまだお小さいのにすばらしい!と涙を流すじいさん先生に少しとまどったのを覚えている。




「古くから我々魔法使いは変身術を研究しております。見た目を変える程度でしたら、その人の体液さえあれば数刻ではありますが、姿を変える薬などがあるのは知っておりますか」


こくり、と私は頷いた。

他に簡単なものなら髪の色、瞳の色を変える薬などあることは知っていた。



「しかし動物に変身する、となると話は違います。幻を纏い、人の目には動物に映るようにするなどはもちろん可能ですが、そもそも動物に変身するのは、今の時点で、数人しかできる所業ではありませぬ」




「数人………」





「王都に住む私の友人の魔法使いも、動物……フクロウになることができまする。しかし、まぁ、この魔法は、使えるようになりたいからと使えるようになるものではないですからのう」



特殊体質とでも思ってくだされ、と先生は笑った。




「シャーロットお嬢様が動物に……例えば猫にでもなれるようになったら、父上や兄上はもちろん、この城の使用人はみな、嘆かれるでしょうなぁ。お転婆に、拍車がかかると」




「ぐふっ」



そのとき少しだけ口にしていた紅茶を、魔法陣の練習をしていた羊皮紙の上にぶちまけたのは言うまでもない。



シャーロット・ノーゼンメイデン、10歳の春の麗らかな晴れた日のことだった。



午前の講義が終わり昼食をとってから、おじいちゃん先生から借り受けた変身術の本(難しいから無理だと思うと念を押されたが無理矢理借りた)の、目当てのページだけ死ぬ気で読んだ。



………『変身術の最高峰』である動物化ができる魔法使いは、現時点で7人確認されている。その中のひとりである現賢者(王国魔法団最高位)ミネルヴァ氏はこう語る。動物化とは、体質であり、できるから優れているとか、そういう類ではなく……………



「体質…」



猫になる体質だなんて。

父に知られても別にいいが、兄に知られたらどやされるに決まってる。



母がいないことで、兄が余計自分に口うるさいことは知っていた。余計、心配をかけていることも。


このことは秘密にしておこう。



「シャル!!!」


開いていた本をぱたんと閉じた。



「シャーロット!!」


どこからともなく響く声。


そう、この元気な兄の声を、また悲しみに満ちたものにするわけにはいかないのだ。



「シャル!!おいこら、なに物思いふけってやがるこのやろう、」


これから俺とダンスの授業だぞと兄が吠える。



「…先生に本を返したらすぐに行きます、親愛なるおにいさま」



うるさい兄だが、百歩譲って、あともう少し譲らねばならんかもしれんが、大切な兄なのだ。


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