猫は走るのが好き
「シャル!シャル!シャーロット!
こら、待て!そんな全力で走るんじゃない!!」
「待てといわれて待つ馬鹿なんているか、」
王国の北、ノーゼンメイデン公爵領を見下ろす丘に佇む美しい白亜の城。
今日も始まった賑やかな追いかけっこは、城中の皆に午後の始まりを告げていた。
「このお転婆!
兄の、言うことが、聞けんのか!」
国宝級の絵画や彫刻が並ぶ長い廊下を走り抜けながら男は叫ぶ。このお転婆娘はなぜだかしらないが男でしかもある程度鍛えているはずの自分よりも足が速い。裾の長いドレスをもろともしていない。意味がわからない。
「お転婆で結構!
今まで、聞いた試しが、あるか」
おやおやまぁまぁ、と彫刻を磨いていた城の侍女が笑う。
いつものことだ。国境近くの紛争の絶えぬ地ではあるが、今日もこの城は平和である。
「よしっ」
長い廊下で兄に差をつけ、にやりと笑う。
深い青色のドレスをひらり翻すと、シャルは階段を飛び降りた。
…領地に遊びにきたキラキラなご令嬢をもてなすお茶会をひらけだなんて。
自分がひらいたとして上手くいかぬと、何度も言った。父にも言った。そしたら、まぁ無理は言わないよと、娘に甘い父は言って……くれそうだったのに兄が邪魔をしたのだ!!
そもそもあのご令嬢たちは、次期公爵であり国王陛下の覚えもめでたい兄の目に止まろうとしているわけであり、私とお茶を飲みたいわけではなかろう。
紅茶もケーキも大好きだが、そんなお茶会は私にとっては迷惑きわまりないのだ。
「シャーロットお嬢様、」
老齢の執事が、階段から音もたてずに着地したシャルに声をかけた。いつものことなので驚きもしない。
「母様のお墓に行ってくる。夕暮れには戻る」
かしこまりましたと、執事は頭を下げた。
シャルは後ろから猪のように追いかけてくる兄に目もくれず、扉から出る。
「ご令嬢たちの相手は任せた、兄よ」
そのつぶやきが聞こえることは、ない。
そして、今度私を追いかけるときは、身体強化の魔法でもかけて足を速くしてくるんだな、と心の中で思った。
あと、高所恐怖症も治してから出直してこい。