とある誓約
シェイネは困惑していた。確かに人が人を食う、なんて概念を知らなかったわけではない。そんなものはあの場所で稀に見ることはあった。だから、忌避感があるわけではない。それでもそう思ってしまったのはきっと、相手がキテラだったからだ。自分がしていなかったことを、しようと思わなかったことを、母親代わりのような存在であるキテラがしていたから驚いた。
「……ごめんね、シェイネ。でも、これは仕方のないことだから」
悲しそうに話すキテラを見て、シェイネはこれが事実なんだと否応なしに理解させられた。
例え、仕方のないことだとしてもシェイネはそんなことをしてほしくないと思っていた。
「あたしの中を流れる穢れを、薄めなければいけないの」
真剣な表情をするキテラの剣幕に、シェイネはほんの少し蹈鞴を踏む。見たことがない表情に怯えていた。キテラは全身に刻みこまれた紋様は、そっと撫でる。それがまるで忌々しいとばかりに、そして、それを認めたくないとばかりに複雑な表情をして。
「あたしがこういうことをするのは、いや?」
シェイネは、その言葉に躊躇いながら首肯する。ただ美化していただけなのかもしれない。けれど、押しつけだとしても綺麗な存在であってほしいという意識がシェイネにはあった。
「じゃあ、あなたが代わってみる? あなたが代わるなら、あなたが耐えれば済む話よ?」
何のことか、わからない。シェイネには、キテラの言ってることがさっぱりわからない。けれど、それでもいいと思った。わからなくても、委ねても構わないと、そんなふうに思った。
「そう、じゃあこっちにいらっしゃい」
その言葉に頷いて、シェイネはキテラの下に近づいていく。また、いつものようにキテラは頭を撫でる。そして、今度は普段とは逆にシェイネに抱きつく。
「これから、辛いこともある。けれど、あなたのその心を信じるわ。いつか、救いの手が差し伸べられることを、願って」
キテラの体が、黒い糸になってシェイネの体に入り込んでいく。そのまま、全身に紋様が刻み込まれてキテラはいなくなってしまった。
そして、シェイネは魔女となった。もう、人の血は吸わないと、堅く心に誓って。




