とある兄妹
「お兄様、騎士団が出撃したとの報告が」
国王は騎士団の暴走も、特に取り乱すことなく受け入れていた。それは諦めたというより、仕方がないと納得していた顔だ。
「あれは、忠義の士だ。動くことなど止められはせんよ。だが――」
「ええ、おかしいですね。はっきりと」
そうだ、おかしい。二人の見解は一致している。
あまりにも都合よく事態が進行している。なぜ民は驚いていない。国王から正式な勅命が出たわけではない。つまり当然偽装であるのだが、それを民だって不思議に思ってもおかしくはない。これまで強硬に反対していた国王が許可したのはなぜか。
急転直下の展開に戸惑いを隠せない民だっているはずだ。いきなり武装した騎士団が進撃を開始すれば面食らうものもいるだろう。何もかもがおかしい。
騎士団だってそう簡単にまとまれるはずがない。いや、そうそう国王を裏切るなんて行為を天秤に乗せるはずがない。
「となると、誰かが裏で糸を引いている、か……」
「それと、彼が常闇の森に入ったとの報告も」
「最低の報告だ」
言外に不満を滲ませる国王に、聖女も同意する。それは何を差し置いてでも止めるべき行為だ。
だが、責められはしない。
「やはり仕方のないことか」
「ええ、お兄様は綺麗にやろうとし過ぎました」
土台、国王の狙いはそれを受ける側からすればあまりにも不明瞭な目的しか浮かび上がらない。堕胎児の少年を確保しろ、ただし手は下すな、森に入れば手出し無用。それでうまくいけばよかったがすべての網の目からすり抜けられてしまった。最善だけを狙って、次善以降は捨てていたとも言うべきか。
「それもそうだな。私には覚悟がなかった。罪なき人を殺す覚悟が」
国王と聖女しか知りえない常闇の森の秘密は表にしてはいけない。知られれば殺さなければいけない。国王はそれを嫌がった。
「今更悔いても何ら仕方のないことでしょう。祈るしかありません。」
「それこそ、お前が祈るべきだろう、聖女様。神に一番近いのはお前だ。だが、あそこの魔女は出不精だからな。それこそ奇跡と言っても良いのではないか? 魔女が無事に逃げ切るだなんて」
「ええ、そうでしょう。しかしそれを言えばエルデの興国もまた奇跡です。一体どれだけの穢れを背負ったのやら」
「ああ、まったくだ。先祖のことを悪く言うつもりはないが、初代の聖女はなぜあれほどまで無茶をしたのだろうな」
兄妹の会話はそこで途切れた。二人にできることはもう、なくなった。あったとしてもそれは砂漠に唾を吐くようなものだ。たかだかそれだけの水で、砂漠全体を潤すことなどできない。
奇跡を信じましょう、なんて大した言い草だと二人は思う。奇跡を起こすと信じられてきた聖女にできることはなく、忌み嫌われている堕胎児に全てを託すしかないのだから。虐げられてきた彼らを助けることすらできず、ただ生贄として差し出すことしかできなかった。救おうにも圧倒的に時間が足りないとわかった。
偉そうに崇めてもらっておきながら国王にも聖女にも、何の力もなかったのだ。
だから、二人は祈ることしか、できない。




