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何かを追い求めて  作者: 立方体
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とある炎

「エルデリック様、本当によろしかったので?」

「構わん。責任は全て私が取る。いや、私の首一つであの森を燃やせるのであれば安いものだ」

 エルデリック・カートン含む近衛騎士団二百名ほどは既に出兵していた。最初のうちは何事かと不振がっていた民衆も立て札かどこからか嗅ぎつけたのであろう、出兵していく騎士たちに歓声を送る。彼らがそれに応えるように手を振ったり、威勢よく声をあげたりすると、ますます熱狂が広がっていく。

 結局、エルデリック・カートンに目の前の民衆のような若い騎士たちの勢いを止めることはできなかった。ならばと、エルデリックが全責任を取るという形、つまりエルデ国王の勅命であると偽って常闇の森への出兵を行ったのだ。おそらくエルには処罰が下るだろう。国王に自分が重宝されているという自負はあるが、同時にだからお咎めなしといかないということも知っていた。エルが騎士になって初めて剣を握ったのは十歳のときだが、それ以前から戦いは経験していた。

 エルは貧民の生まれだ。父親は建築の人足で、足場から落ちて死んだ。食って行けなくなって母親は娼婦の仕事を始めた。暮らしは貧しかった。周りの子供たちにも馬鹿にされて、エルは悔しかったのでそいつらと喧嘩ばかりしていた。大人たちも冷たかった。普通、娼婦は特定の相手がいない女がやるもので、未亡人がやるにしても父親に配慮して一年くらいは間を開ける。けど、それじゃあ生きていけなかった。だから母親はすぐに娼婦になったのだろう。

 そういう母親を尊敬していたから、エルは馬鹿にするやつを許せなかった。十歳のときだ。母親が男に襲われているところに出くわした。近くにあった石で殴りつけて殺した。

 エルに助けられた母親はただひたすらに謝っていた。ごめんなさいごめんなさいと。

 裁判にかけられて、自分は死刑になるのかと思ったが、無罪だった。正確には、騎士となることを条件に罪を許された、というべきか。ともあれ、償いの機会を与えてくれたのが前の国王だ。やがて出世して、騎士団長になるとなった段階でエルは代替わりしていた国王に訪ねた。

『私は罪人です』

 自分には相応しくないと、エルは辞退するつもりだったのだ。

 そのとき国王にかけられた言葉をエルデリック・カートンは一字一句、記憶に刻んでいる。

『騎士として人を殺すこと、子として母を守るために人を殺すことに違いはない。それを理解しているのはお前だけだ』

 だからこそ、エルは国のためにあの森を殺すことに決めた。

「……帰りましたら、騎士団全員で嘆願書を出させていただきます」

「そうしてくれ。私には妻も子もいる。さすがにここで仕事や命をなくすつもりはない」

「いえ、所詮森を焼くだけです。死者が出ることはないでしょう」

 副官の言葉の勘違いを、エルはあえて見逃した。処刑という可能性だって当然あるが、今更それを話してこの流れに水を差す必要もない。振りかざした力は、急には止まれない。

「しかし、異様なまでの熱狂ですな」

「……ああ」

 中央の王宮からなだらかな坂道を下りながら、まるで祭りのような賑わいを見せる石畳の道を騎士団は進む。

 高揚感を抑えきれていない副官と対照的に、エルはむしろ不思議に感じていた。確かに常闇の森がなくなれば一気に交通網が敷かれ、人が増え交易は活発になるだろう。だが、それはあくまでも俯瞰した目で見ればという話だ。商いの発展で好影響を受けることを理解している商人や貴族などの特権階級が喜ぶのはわかる。けれど、豊かな教養を持たない一般庶民までもが大歓迎という雰囲気に、違和感を覚えてしまう。確かに魔女が住むと言われている場所がなくなるのは歓迎しうることだろう。けれど、一方で祟られる、呪われると考えている人だっていたっておかしくはない。

 表に出てきている民衆が、凝縮された支持層であることは想像に難くないがそれでも異様と言うほかない。

 それに人が増えるということは限られた資源の配分で、一人分の分け前が減るということを意味する。

 だが、そんな疑惑をおくびにも出さず、エルは沿道の歓声に応えて手を振る。

「これも我らが騎士団とそれを統括なさる国王陛下の人望ゆえでしょう」

 寂しそうな顔。

 それもそうだ。

 エルたちはその、慕われているはずの民衆の目の前で偽りを演じているのだから。国王が統括する部隊ならば大丈夫だという信頼を、裏切っている。裏を返せば、直属の部隊すら満足に制御できない愚王と罵られても全くおかしくない立場に国王を追いやっているのだから。

「裏切るわけにはいかないな」

 だから、せめて民衆の信頼だけは。

 国王はどうしているだろうか。罰ならばどれだけでも受けよう。命だって差し出しても構わない。そんなことをエルは考えていた。それはこんなことをしでかしたことの責任であり、覚悟だった。いや、そんなものはエルにとっては今更問いただすことすらおこがましい。そんなものは十歳のときに済ませている。

 父親を殺し、国王の剣となることでその罪を削ぎ落としてきたエルにとっては何ら意味のないことだ。国王が死ねというならば、死ぬ。そんなものだ。

 そういえば国王に心臓の音を聴いてもらった記憶はないな、と微かな想いがエルの頭をよぎる。そもそも、国王自身がそのような風習をあまり好いてはいないように見えていた。下らない願掛けをするくらいなら、少しでも努力を積め。そういうことを、形式を重んじる騎士相手に宣うのだから、大した国王だとエルは思う。役に立つことはするし、立たないことはしない。徹底した実利主義者で、だからこそ騎士になることすら異例といえたエルを団長に据えたのだろう。

 それを言えば、先王もか。いくらまだ十歳で更正の余地があったとしても、無罪放免で、騎士に据えるなんてやっぱりまともな判断ではないだろう。

 そして、前団長。国王と聖女の暗殺を許し、その責を負い騎士団団長の名を返上した男。それでも彼は部下からの信頼が非常に厚く、退役した今でも教えを請いにいくものは多い。実際、エルの決断を後押ししたのはその言葉だ。

 常闇の森には魔女がいる。そして、無辜の民を殺している可能性がある。それだけで十分に動く理由にはなるだろうか。エルにはそれが正しいのかわからない。騎士団として、団長としての判断では理由になる。けれど、国王としては? 国王として、常闇の森を排除する理由にはなりうるのだろうか。

 沸々とわき上がる疑問をエルは首を振って否定する。今更、そんなことを考えたって意味がない。既に賽は投げられた。どんな目が出るかは、誰にもわからない。

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