とある王冠
「不味いな」
エルデ王国の頂点で、絢爛な衣装に身を包んだ男がそう呟いた。その部屋には無駄な装飾が過剰に施されており、男は白けてしまっていた。こんなものは飾りだとしか思えない。たまたま自分の親の親の親の――そうやって遡っていってその始まりに聖女がいただけだ。たまたま偉大な力の片鱗を受け継いだだけで――もっとも自分は違うが、そんなものはもはや霞ほども残っていない。エルデという国の興りを考えれば、自分が王として仰ぎ、貴ばれる理由など、意義など微塵も残っていないのだ。
「確保は失敗した……そう聞きました。お兄様」
後ろから聞こえてくる声に男は、ああとだけ答えて首肯する。
「裏切り者が混じっていたようだ。そのせいで失敗した。元々抵抗が激しくこちらの被害も甚大だったから人の入れ替わりは激しい。選り好みできない状況ゆえに入り込まれた」
「堕胎児など殺してしまえばいいでしょう?」
「セラか」
「ええ」
「森を焼け、なんていうよりよっぽどマシだ」
「それは、不味いですね」
男をお兄様と呼んだ女は白の装束に身を包み、忌々しそうに微笑を浮かべている。事情を話すことができないという枷が彼女に複雑な笑みを作らせていた。正しいけれど間違っている行為を義憤に駆られてやってしまう人間を見て、その顔は仕方がないと言っている。百年の地獄と引き換えに、千年の平和を得ようとする行いを何より正しいと知っていながら為政者として間違っていると言うしかない。
二人を困らせているのはエルデリック・カートンとセラ・カーミラだった。彼らの忠誠心は、ありがたい。けれど話してしまうわけにはいかない。
笑って誤魔化せる悪戯ならば、そんな複雑な気分にはならない。洒落にならない規模だからこそ、こうして苛立っているのだ。
そう、森は不味い。
「よりにもよってこの時期だとはね。普段ならば構わないが、裏で何かされているならまた話は別だ。――それに、浄化はまだなんだろう?」
「ええ、残念ながら。初代か二代目ならともかくもう何代目かもわからない聖女ですもの。遅々として進まず、滑車だって時期をすぎれば痛みます。彼らのいうことも一理あるでしょう。傷んだ滑車は取り替えなければならないと」
「だが、取り替えた結果、どうなるかわかっていない。いや、わかっているのだろう。わかっているからこそ、やる」
エルデにおいて滑車が一番使われるのは水が絡むときだ。東の山脈から流れる川も南の海でも滑車は重宝される。なぜなら重い水を楽に持ち上げられるからだ。そして言うまでもないことだが、水には何が入っているかわからない。
エルデ王国の二柱、聖女と国王は逃れようもなく兄妹である。その二人は水の中に、いや、元の井戸か海か、どちらにせよその中の正体を一番よく知っていた。




