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人は呆気ないようで強い

戦後一年、称名寺にて収容されながら医者として腕を買われた烈は江戸へ下り、閃と共に幾らかの尋問を受けつつ、斗南という過酷な地へ、医師として配属された。



「・・・ふぃい。寒ぃっ。荷物はこれだけか?」


どこからどう見ても渡された物資は少なく、土地は作物が育たないであろう程寒い。これからこの地で暮らすと思うと、気が滅入る。斗南に着くまでに餓死者も続出したから、なんとか移動の最中に乾物や味噌などの食料は蓄えたが、直ぐに無くなるだろう。懐の金は称名寺に埋めて、手紙を出して涼に伝えた。

なんとか、伝わっているといい。



「・・・あぁ。しかし、本当に江戸へ帰らなくて良かったのか?」


粗方解いた荷物を整理しながら閃がぽつりと呟いた。


「・・・帰るも何も、俺達には斗南移住か高田在住しか許されなかったろ。まあいいさ。俺達の仕事は出来るだけ死人を出さない事だ。」


石田散薬。新撰組にいた頃よくプラセボに使った薬だ。土方の生家の、秘伝の。

薬籠に入れ、蓋をする。薬は整理し終わった。


「・・・たった二匹の狐に、新政府は随分怯えているようだな。」


狐火は、閃が一人だった時から裏で有名だったらしい。新撰組が降伏した日、狐面を見た新政府軍は戦場での活躍もあってか怯えていた。


生きやすくする為に、歴史に五百夜という名前を残さない為に烈は外守(ともり) 火斎(かさい)と偽名を名乗った。


沖田は労咳だとわかってからは口布を取られる事無く嶋崎として烈達に治療を命じられ、既に投薬治療は終えていたがついていく、と共に斗南へと来ていた。沖田はあれから、燃え尽きたように鬱病患者のような締め切った生活を送っている。


ふと誰かが戸口に立つ気配がして、戸口を振り返る。確かに、誰かが居る。

半纏の袖に刀を仕込み、閃が一瞬で襖の裏に隠れた。


来訪者はとん、とん、と戸口を叩き、少し低い声で言葉を発した。


「外守先生のお宅でしょうか。・・・藤田(ふじた)と申します。御時間頂戴しても宜しいでしょうか。」


いつでも応戦出来るように、構えながら開けようとする。




扉が10cm開いたか開かないかの僅差で、背後から刀が烈の耳すれすれを通り、扉の向こうへと投げられた。



「・・・っ!?!?!?」

背後を振り返ると病衣のままの沖田が、まさに今投げましたよ、と言わんばかりの物凄い格好でニコニコ笑っていた。


「な、何するんです沖田さーーー」

身体中から血が引いていく。

扉の向こうの相手は一般人であれば唯ではすまされまい。


だが身体が反応し、振り返って小刀と鉄扇で相手の斬撃を受け止める。反応した自分の身体に驚きだ。


「・・・お久しぶり、ですね。斎藤さん。」

溜息をつきながら閃が刀を置き、来訪者にそう話しかける。


斎藤?懐かしい響きに顔を上げれば、そこには苦笑いで刀を降ろしながら立つ会津で別れた斎藤が立っていた。


「腕はなまってないようですね。お入り下さい。今日は暖かい物でも食べましょう。」



あんなにも抜け殻のようだった沖田が、キラッキラした目で手招いた。




「まずは、よくぞ生き抜いた。この一年、情報を収集していたが、お前達の情報は得られず諦めていた。鈴屋に途中、会って漸くお前達の事を知れた。」



出された茶はそのままに、洋装で正座をする斎藤がそう切り出した。


「お互い様だ。俺達は土方さんが死んで最早なせる技などなく捕らわれた。会津は弁天台場よりも激戦だったと聞く。生きて会えて嬉しいよ。一。・・新撰組幹部はほとんど死んでしまったな。永倉さんや左之はまだ会えてないけど、何か知ってるか?」



烈の言葉に場が一気に暗くなった。

「・・・・?」


閃や沖田でさえも、気まずそうに俯いている。永倉は此方の時代に戻って来た時、仙台の山中で逢って以来だ。まさか、永倉が?


新撰組でもかなりの剣の使い手だったはず。


「・・・隠しても、仕方ないですね。左之さんは、慶応四年、上野戦争にて負傷し、死んだ、と。」




ぼんやりと、沖田の口を見つめる。

『死んだ、と。』

沖田の言葉が、頭の中を巡る。

何も考える事は出来ず、唯唯左之との思い出が走馬灯のように巡った。



『武運を祈る。生きて、また会おうぜ。』


烈が人生で背中を預けた一人。

忙しなく笑い、怒り、泣いた人だった。

頼もしいあの背中に、もう会えない。


「・・・そう、ですか。」



ずっと生きて何処かに居ると、信じていた。

一緒に戦って居ると、あの背中は何処かにあると、信じていた。実際は生きている方が奇跡だと言うのに。


静かに沖田と閃が席を立ち、猪口と徳利を持って戻って来た。


「飲みましょう。月が綺麗だ。・・・近藤さんには熱燗を。土方さんも今夜ぐらいは飲むでしょう。左之さんは一升必要だな。・・平助は、左之さんの隣。源さんには漬物も出さなきゃ。山崎君も一緒に、飲んでくれるかな。」



沖田が畳に猪口を置いて、酒を注ぎ始めた。順番は、新撰組に居た頃の、食事の時の皆の配置。脳裏に新撰組がぼんやりと蘇る。


「永倉さんは何処かで元気にしているでしょう。島田さんも。・・・だから、今夜は私達だけで。近藤さん、音頭をお願いします。」



沖田は優しく笑い、近藤の席にそう言い放つ。


『あぁー、それでは皆、今回も良く戦ってくれたな。新撰組局長として、誇りに思う。それでは杯を持ってーーー乾杯!!!』



「近藤、さーーー。」

ぼんやりと見えた近藤の幻影に、目を見開く。閃もまた、吃驚した顔をして近藤を凝視していた。


『ったく、お前達は最後まで無理しやがって。ヒヤヒヤしたぜ。』


土方がぶつぶつと文句を言いながら杯に口を付ける。沖田がからからと笑った。


「何言ってるんです、烈が居れば大丈夫ですよ。それに最後に腹を撃たれて先に死んだのは土方さんでしょう。」



『うるせえ。お前は燃え尽きちまった灰みたいになりやがって・・・斎藤、お前には最後まで迷惑をかけたな。お前は良くやったよ。』


斎藤が静かに微笑み、頷いた。


「有難うございます。土方さんの言葉を胸に、今日まで戦って参りました。」


(・・・夢?)

本当は皆死んでおらず、夢でも見ているんじゃないだろうか。ぼんやりとする思考に、目の前が涙で滲む。



『烈う!お前も隅に置けねえなぁ!随分綺麗な女捕まえたじゃねえか!』


『しっかし綺麗な顔してるとは思ったけど、鈴谷が女だとはなぁ。』


左之と平助が詰め寄って来る。


「はは・・・へへっ。綺麗だろ。俺の嫁さん。」


肩を組んでくる左之に、誇らし気にそう言えばうわぁ、とむず痒そうな表情になった。

『かーっ!お前の口から惚気が聞けるとはねぇ。世も末だ。』


漬物を口に含む。いつもの漬物よりは塩っぱい。

『私は閃君と衆道関係にあると思ったんだけどなぁ。』


優しい笑顔で黒い事を吐き出した源三郎に、閃が光の速さで否定する。


「有り得る訳ないでしょう。俺は女のほうが好きです。」


『八ヶ代さんがそんな事を言うのは意外ですね。私は、先生は医療が恋人だと思っていました。女性に興味があったようで良かったです。』

山崎が杯を傾けながらそう呟く。



「うるせえ。環境が悪かったんだ環境が。」

喉に熱燗の熱さが流れる。じわり、と身体が暖まる。


久しぶり、だなぁ。

懐かしい感覚。見れば、沖田も、斎藤も、閃も、皆笑っている。じわり、じわり、久しぶりの暖かい時間。



土方が酔っ払って顰め面をして、そんな土方を沖田がからかって。斎藤と閃は隅でちびちびと酒を飲んで、左之と平助が馬鹿騒ぎをして。そんな様子を源三郎と今度が優しく見守りながら笑って。


ぼんやりとする思考の向こうで見たのは、最期の、いつもの新撰組の姿だった。

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