誰かしらに救われてる
早速沖田の投薬治療が行われ、閃の目と腕の治療も行われた。後に会った良順とは、涙を流し再会した。
突如現れた烈が漸く落ち着けたのは、夜になってからだった。
「・・・そうか。斎藤達は最後まで立派に闘っていたか。」
以前よりやつれた土方が、静かな声で呟いた。報告は閃達がしただろうが、烈の役割を最後まで全うさせてくれるあたり、この男はやはりいいリーダーだ。
「お疲れ様です、土方さん。」
彼の心中は計り知れないが、せめてもの労いの言葉をかける。
土方は静かに笑い、烈の向かいに座った。
「・・・ついに、ここまで来たな。逃げて、逃げて、何十人、何百人もの仲間を失った・・・。」
久しぶりに見る着流し姿で静かに猪口を傾ける土方が、ぽつりと漏らす。
その言葉に全てを任せていた尾形が俯き、閃が視線を落とした。
「・・・忘れないで欲しい。」
ぽつり、とそう漏らす。
土方は猪口を置き、不思議そうに此方を見てきた。
「歴史は何時だって、勝った方が正義になる。負けた方は皆逆賊となる。皆それぞれの志を正義にする為に戦っている。だが忘れないで欲しい。最後まで、己の魂をかけて戦った事を。死んで行った仲間を。俺達は、ここにいる事を。」
烈の言葉に土方が表情を緩める。
未来じゃなくて、過去じゃなくて、何時だって今を生きている事を自覚しないと人は生きていけないから。やっぱり綺麗事だけで生きるのは辛いのは、今も未来も一緒だから。
「お前は時々妙な事を言うな。俺達はお前に何度も救われた。・・・・本当に、ありがとう。」
土方が深々と頭を下げる。
「・・・俺は、私は、最後まで新選組と共に居ますよ。新撰組の最後を見届ける。救われたのは俺達のほうだ。最後まで戦わせてくれて、ありがとう。」
「・・・月が、綺麗だな。久しぶりに月なんて眺めた。」
やつれた土方が、月を見て優しく微笑む。
残された時間が、あと少しな事ぐらいは分かる。新撰組は、函館で終わるから。
最後かもしれない、穏やかな時間だった。
入ろうか、入らざるべきか。襖の前でなんとなく気配を殺しながら考えていた。
会いたい気持ちはある。だが子供のように素直になれない吟持が邪魔をする。
だがもうゆっくり話せるのは最後かもしれない。最近はそれぐらい事態がめまぐるしく動いている。
こんな思考を四回ぐらい繰り返した時、急に目の前の扉が開いた。
「うぉっ!?びっ、くりしたぁー。なんだよ鈴谷か。どうした?」
久しぶりに聞いた声。久しぶりに見る顔。もう二度と、会えないと思っていた。矢張り情報は間違っていなかったらしい。歓喜に震える胸が、思考回路を遮断してしまった。
「・・・あ・・・・・。」
言葉が出てこない。そんな様子を見てか、ふ、と優しく微笑んだ烈が口を開いた。
「久しぶりだな。涼。ほら、入れ。」
入室を促されて入った部屋は、つい昨日まで倉庫に使っていた部屋だから殺風景だ。
ゆらりと揺らめく行燈が、様式の建築を取り入れた部屋にはひどく不釣り合いだった。
机の上には医学書。本当に変わらない。
「・・・どうして、戻ってきた。」
静かにそう問えば、困ったように苦笑した烈が、よし、と口を開いた。
「お前と、夜通し語らう、なんて経験、なかったよな。もう風呂には入ったんだろう?もうお前とゆっくり話せる機会なんてないかもしれないし、今日は一晩中語り合おうぜ!!いろいろと、な。」
そう言って楽しそうに机の上の書類を片付け、布団をひき始めた。
・・・・一晩中?
一晩中!?!?!?!?
一瞬で頭の中が真っ白になる。これだから生息子は!
だがそんな思考とは裏腹に気持ちが逸る。
嬉しい気持ちを抑え、不貞腐れた顔で烈を眺めた。
ベッドもあるがそれを使わず、布団を二つ並べて枕を突き合わせる。
静かな静寂が心地いい。
烈の言葉がそんな静寂を破った。
「・・・俺は居た時代は、平和だった。農民も武士も身分の差などなくて、・・・そうだな、物が沢山あって、息苦しい時代だ。何かを無くしても、悲しむ暇もないような・・・。」
懐かしそうに目を細める烈を見て、涼は顔を背けて口を開いた。
「後悔しているか?」
その言葉に一瞬逡巡した烈は、また困ったように笑った。
「後悔、ね。そうだなあ。もう少しだけ、頑張ってみればよかった。俺はあの世界での普通を維持する努力を、途中であきらめちゃったからな。・・・だから、ここでは精一杯生きていく。」
生と死が、こんなにはっきりしている世界で。
「・・・私、は。元々村の風習で、飢饉の時に生贄にされた、孤児だった。森の奥深くの壊れた神社に捨てられて、生きる為ならなんだってした。」
人は敵だと思え。それが人生の教訓だった。
慣れ合えば裏切られた時に辛いと気づいた日、演技をする事を覚えた。
閃のような、助け合うが深入りはしないような関係の者にしか、本性は見せなかった。筈なのに。
今は、こうして集団で仲間と戦っている。
人生は不思議だと、思わず苦笑した。
「なあ、涼。」
静かに聞いていた烈が、目を瞑ったまま呟いた。
烈の方に顔を向けると、烈がまた口を開く。
「俺と、夫婦になってくれないか。」
空中にさも息をするように自然に投げられた言葉に、耳を疑った。
「・・・・何、を。」
震える声で呟けば、優しい目をした烈が、此方を見て微笑んでいた。
そして何かを髪に優しく挿した。
手探りでそれを触ると、久しぶりに見た櫛が、短くなった髪に挿さっていた。
「・・・・あ・・・・。」
櫛を、男が女に送る意味は求婚だと知っている。
惚けるように脳が麻痺し、ただ櫛の手触りを確かめる。
どうして。どうし、て。渦巻く疑問に答えるように、烈が優しい声色で呟いた。
「お前が好きだ。凛とした佇まいも、男勝りで無鉄砲なその性格も、俺にはない物だからか、お前にどうしようもなく惹かれてる。・・・だから、俺のお嫁さんになって下さい。」
最後の言葉で一気に真っ赤になった烈に、なんだかこっちまで照れる。
めおと、なんて。自分には、もう一生ない物だと思ってた。
「・・・ああ。私も、お前と一緒に生きたい。」
もう嬉しさで脳みそが溶けてしまいそうだ。
顔に集まる熱をなんとか逃がし、涼もまた笑顔で答えた。
烈が安心したように笑い、涼を引き寄せ、腕の中に閉じ込めた。
ずっと欲しかったぬくもりと言葉。泣きそうになりながら、烈の胸に顔を埋める。
「・・・なあ涼。お願いがある。聞いて、くれるか?」
涼の耳元で囁けば、腕の中の涼が頷いた。
うわあああああああ。俺、ついにリア充かあああああ。
実感なんて、皆無だけど。初めて女の子に触れて、ぎゅーまでしちゃってる。
分かんねえな、人生って。
「・・・新撰組は、もう一月もしないうちに終わる。絶対に、死なない事を約束する。だから、頼む。絶対に戻るから、江戸で、朝司と共に、待っていてくれないか。俺の、帰る場所になってくれないか。」
烈の言葉を聞いた涼は、優しく微笑んだ。
「分かった。私は、いつだってお前の事を思って、お前の帰りを待ってる。私がお前の帰る場所となる。だから、烈。絶対に帰ってきて。ずっと、ずっと待ってる。烈が真っ直ぐ帰ってこれるように、ずっと。」
次があるから。次があるなら、頑張れる気がした。
証をくれたから。ずっと、ずっと、ずっと待ってる。
ぎゅ、と烈が更に引き寄せた。
このぬくもりを忘れないでいよう。
そう心に誓った。




