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泥の中でも生きろ

「閃っ!烈は・・・?烈はどうなったんだ!」


大部屋に入れられた閃の顔を見つけるなり、良順が真っ青な顔で問い詰めてきた。

事情を話したはずの土方は言いづらかったのか、話していないらしい。沖田は沖田で、労咳の発作がひどく、また高熱が出てしまっている。鈴谷は幸い軽い怪我で済み、隊長として隊士を纏めている。だが閃の怪我は、良順や誰かが手当てしただけでは動かすたびに激痛が走るくらい腕に怪我を負っていた。


あの後どういう訳か瀕死だった筈の怪我は命に別状はない程度で土方らに発見された。


恐らく、烈が居たら、この怪我はもっと早く治る。沖田だって。

この時代から追い出した筈の彼の姿を思い浮かべて舌打ちし、良順にすみません、と謝る。



「彼はもう居ません。帰りました。遠い遠い、故郷へ。・・・生きているかは、分からないけど。」


なにも、知らないから。

閃の言葉に良順はすとん、と崩れ落ちた。


「・・・そうか。・・・・烈・・・生きて、会おうと・・・・。」


良順の肩に手を置こうとして、やめた。

すみません、ともう一度謝り、踵を返す。


途端、どん、と何かにぶつかる。どうやら人らしいと悟り、すみません。と謝る。埃っぽい匂いが、やけに鼻についた。

ぶつかった相手は二歩下がると、閃の手を引っ張った。


「・・・!?何をする!」

長巻に伸ばしかけた手は、もう片方の手で遮られた。


「・・・矢張り、か。俺だ。土方だ。閃。お前、目が見えていないな?」


どくん、と脈打つ音がやけに聞こえた。

ずっと恐れていた言葉を投げかけられた。

上手く隠していたつもりが、悟られてしまったらしい。見えないが、土方の声色は複雑そうだ。


「・・・恐らくは心因性の物でしょう。すぐに治るから大丈夫です。それに、音や殺気で敵かどうか分かる。完全に見えていないわけじゃありません。」



「・・・・アイツが残していった物は、多すぎるな。」

また複雑そうな声色で、土方がポツリと呟いた。その言葉に俯く。


「土方さん、外に謁見したいと言う者がいます。」

二人の間に響いた声は、どことなく烈に似ていて、思わず顔を上げる。だがまた俯いた。もう居ない人物を探すなど滑稽だ、とは分かっている。だがどれだけ頭で考えようと身体は素直に烈を探す。


しっかり、しなければ。


「暫くお前には書状等の手伝いは回さない。目が見えないなら見えなくても勝てるようにしておけ。」


そう言って土方は隊士と共に去って行った。



割り当てられた部屋へ戻ろうと廊下を渡る。

(・・・・気配がする)


恐らく目が見えている時なら気付かないような微かな音。気付かれないよう、懐の懐刀に手をかける。


(・・・・沖田さんの部屋か。マズイな。)

狙いは寝込んでいる沖田だろう。更に相手は相当の手練れ。悟られぬよう、沖田の二つ前の部屋に入り、沖田の隣の部屋へと繋がる襖へと入り、一気に襖ごと刀を薙ぐ。


手応えは皆無。斬り捨てた襖の向こうに、黒い影が見えた。


「・・・お久しぶりですね。八ヶ代殿。」

薄く笑う男の声。覚えている。


「・・会津藩は降伏した、と伺いましたが。二見さん。」


閃が江戸で道場の指南役を任された時に会った。確か会津藩士だった筈。

二見はふ、と笑いを漏らすとそうですね、と呟いた。


「私は藩主の為に、などという信念は毛頭ない。私には強さだけが全てでした。だから敗色濃厚となった時、全てを捨てました。こうして、貴方達を殺す為に、ね。」



以前とは違う、格段に速い。

なんとか長巻で一撃目を抑える。だが何かを左手で二見が振り上げた。離れようと、後ろへ飛ぼうとする。が、腕を抑えられた。


布団が飛んできた。げほ、げほ、と渇いた咳。白い病衣を着た沖田が立ち上がり、此方を見ていた。


「援護しますよ。病人でも足止めくらいにはなる。」

刀を杖代わりに立つ沖田の姿は、痛々しい。

二見を飛び越え、沖田の前に着地する。


「自分の事を守るだけで結構です。」

刀を構え直す。腕が痛むのを我慢し、畳を蹴った。が、何かにつまづいた感覚。世界が反転する。だが足元には何も見えない。


(しまった・・・凧糸か!)

いつもなら気付いた筈。だが今の閃の目に糸は見えない。更に悪い事に刀が目の前に迫っていた。動揺し過ぎた。


(・・・・死・・・)



黒影が、大きく横に逸れた。金属音と共に、刀も逸れる。


懐かしい気配。だがこの世界には居ないはず。誰だーーーー?


「・・・髪紐返しやがれ。人生で初めての女の子から貰ったモンだ。」


ずっと追い求めていた声と共に、長巻に巻き付けていた烈の髪紐がするりと抜ける。

何故?ありえない筈の現象に疑問だけが渦巻く。


やあああ、という雄叫びと共に尾形と島田が突入して、二見を取り抑えた。後に土方がのそりと現れ、苦笑した。


「なーにが謁見だ。烈。いきなり襲いかかって来ただけじゃねえか。久しぶりにヒヤヒヤしたぜ。」


黒影は立ち上がり、笑った。

「・・・土方さんが言ったんじゃないですか。五稜郭にて待つ、合図として斬りかかって来い、と。」


そうだっけか、とからからと土方が笑う。


「・・・・何故・・・何故、お前がここにいる!?お前は、故郷に・・・元の時代にっ!」

渦巻く疑問が口から出る。

有り得ない現象が起こっているのだ。

懐かしい手がぽん、と頭に乗った。



「お前か、誰かは分からないが、子孫にな。目は心因性か。ほら、腕出せ。」


ずっと追い求めていた、何よりも安心する手が、目の前に差し伸べられた。

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