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夢なんて起きれば忘れる

消毒。それからタバコに畳の匂い。

久しぶりに聞いた気がする電子音がやけに耳につく。



目を開ければ、そこは家だった。

江戸よりは新しい。しかし、平成よりは古い。誰かの足音をぼんやりと聞きながら、思考を巡らす。

あれは全て、夢?

・・・・夢?江戸?俺は、何を言っている?

着ているのは病院で着るような寝衣。それに点滴。だが烈は見知らぬ布団に寝かされている。やけにミスマッチだ。


「・・・ったく。ヘマして轢いちまった相手を、証拠隠滅の為にご先祖様んとこ送り込んだら更にひどい怪我して帰ってくるなんてよ。気分はどうだ?」


白衣を着た無精髭をはやした白髪の男が、イライラした口調でどかっと烈の枕元に座り込む。平成だ。間違いない。何故なら男のポケットに入っている白い箱は烈と同じmy phone。どうやらあの時烈を轢いた犯人らしい。


・・・・平成?当たり前だ。何を言っている?


「・・・今、何月何日ですか・・・・・」


それだけ問えば、男は紫煙を吐き出しながら答えた。


「10月だ。お前を轢いちまったのは、俺だ。すまねえな。」

轢かれた。うん、覚えてる。

だが長い夢を見ていたような気がする。

長い長い夢。


「・・・おい、起きたのか?なら最初にバイタル測定しなきゃだめだろ。」


「つーか患者の前でタバコ吸うなよ・・・喘息だったらどうする。」


もう2人、男の声がしたかと思うと白衣を着た男がもう2人現れた。


「はじめまして。薬剤師の、時屋(ときや) (みこと)です。」

白髪の男と似た若い男が、しゃがんで烈と目線を合わせて挨拶をした。先程の男と打って変わって雰囲気は柔らかい。


もう一つ、此方を見つめる視線に気がつく。見ればもう1人、寡黙そうな若い男が興味津々に此方を見ていた。


「・・・武士、か。治ったら手合わせーー」

ガンッ。注射器が入ったトレーで殴られた男は後頭部を抑えてうずくまった。


「この馬鹿は夜崎(やざき) (けい)。同じく薬剤師。あそこでタバコ吸ってるのは、ああ見えて一応医者です。」


丁寧に説明してくれた青年に合わせ、視線を白髪の男へ向ける。するとどこか恐怖を覚える眼差しで、白髪の男は此方を見ていた。


「・・・・大体、分かった。」

視線を反らし、手帳に何かを書き留めながら白髪の男が紫煙を吹き出す。

ぼんやりと男を見ていると、命と名乗った男に脈拍を測られた。


「随分荒い道を選んだな。今までご苦労だった。ゆっくりと休んでからこれからの身の振り方を考えろ。医者になるなら、サポートはしてやる。」


男の言葉に、医者?と心の奥で引っかかる言葉を反芻する。

『・・・・達者でな。』

記憶の断片に知らない男の、哀しそうな笑顔が出てくる。

なんだ?ズキリと痛む頭が、意識をはっきりとさせる。


「・・・・?」

手の平を見れば、身に覚えのない怪我。

轢かれた時にでも出来たのだろうか?それにしては鋭利な物で斬られたような痕。


ふいにちりん、と音がして、勢いよく後ろを振り向く。

なんとなく、なんとなく、そこにある気がした。

重々しい木でできた箪笥。上から三番目。

・・・・何が?分からない。分からないけど、開けなくちゃ。

得体の知れない焦燥感に駆られ、勢いよく箪笥に向かう。

桂と名乗った男の制止を振り切り、取っ手に手をかけた。


「・・・・・・っつ、あ。」

何故だか、分からない。だが勝手に涙が溢れてくる。

『二人に、強く生きろ、って伝えろ、って』

『自分の力で生き抜いてみせろ』

『武運を祈る。生きて、また会おうぜ』

『生きて、また平和な世で会いましょう』

『餞別です。風邪を引かないように』

『各々、自分の信念を突き通せ。そして思うように生きろ。』

『ずっと愛してる。さようなら』


箪笥の中にあったには、ひどくボロボロな御守り。それから陶器で出来た、面。

手作りらしいそれは、現代のように形が整っている訳でもなければうすっぺらい生地で作ってある訳じゃない。面の方はボロボロだが、狐が赤塗りで描かれている。双方見覚えはない。だがひどく烈の心をかき乱した。何故?疑問は涙と共に滑り落ちる。


思い出が、自分がしらない筈の思い出が、洪水のように流れてくる。

なんだ、これ。

俺は、ただの引きこもりのニートで・・・残金は300円ちょっとしかなくて。

だけど今までの人生よりも強烈で鮮明な映像が、頭の中を過っていく。

ぽろぽろと、涙が流れるたびに知らない記憶が流れこむ。

いかなくちゃ。でも、どこに?


「・・・・・やっぱ、無理、だったか。人にかけたの初めてだから、上手くいかなかった。」

あちゃあ、と頭を抑える命に、白髪の男がいいや、と男の言葉を遮る。


「上出来だ。こいつの、記憶の方が強かっただけの話だ。まあ実際こいつはここに居た方が苦痛かもしれないな。事実、こいつが消えても社会には何の影響も及ぼさなかった、忘れられた可哀想な奴だ。」


男の言葉は分からない。だが、静かに男の方を見れば、ふう、と息を吐き出して男が言葉を発した。


「選べ。このまま誰にも出会う事無く死ぬか、異郷の地で文字通り戦うか。・・・本来、一度戻ってきた人間には聞かねえ主義なんだがな。それを真っ先に見つけたんだ。原因を作ったのも俺だし、選ばせてやる。」


男の言葉の意味は分からない。

だが自然と、考えるまもなく息をするように答えを出していた。



「・・・・戦う。」


自分でも驚いた答えに、穏やかに男が頷くと、命と桂が興味深そうな目で此方を一瞬見て、頷きあった。

懐かしい光景だと、思った。

懐かしい?今まで友人らしい友人もいなかったのに。

さっきから、おかしい。まるで、何かを経験したかのようなーーーーー


とん、と不意に、命が烈の額に触れた。

あたたかい。何故だか安心する。

暖かさがピークを迎えた時、映像が一気に流れ混んで来た。


「・・・・・・!?」

ぶわり、と浮く。

テストで分からなかった所が、思い出せたような、そんな感覚。

どうして忘れていたんだろう?



「・・・閃・・・・・・・。」

行かなくちゃ。



「・・・っ!頼む!俺をもう一度、あの時代に戻してくれ!頼む!」


人に対して、人生で初めて土下座をした。

戻れない恐怖が鼓動を加速させる。

俺はーーーーー


「お前は、あの時代で何を見た?この時代と、何を感じた?」


白髪の男が見透かすような目で此方を見る。

少しだけ寒気を覚えた。

だがありったけの思いを言葉に載せようと、口を開いた。


「俺は、この世界は灰だと思う。一度社会からフェードアウトした俺達を、もう二度と社会は受け入れてくれない。この世界は壁ばかりだ。・・・でも、それでも、あの時代の魂は、まだ生きてる。死んじゃいない。なら、俺はこの世界は灰だけど、まだ生きてると思う。」




だって、愛してくれた事に変わりはない。佑も、閃も、灯も、涼も、何も変わりはない。変わらない。

あまり考えずにさらりと出た言葉に、男は満足気に頷いて、古びた箪笥から何かの巾着を渡してきた。


「・・・俺達一族には、正統な継承者・・・当主には、特別な力が渡される。そこの命の力は記憶を操る事。桂はまた違う一族だが、脚力。・・・・俺は、目だ。」


そう呟いた白髪の男は、哀しそうに笑って、前髪に隠れる左目をのぞかせた。



「いいか、お前はもう二度とこの平和な世界には戻れない。だから俺たちは全力でお前がこの世界に居たという証拠を消す。友達も親からも絶縁されて居ない、お前だからこそ出来る事だ。」


その言葉に、烈はしっかりと頷く。

腹はまだ痛むが、この医者は腕がいいらしい。然程問題はないだろう。



「頼みがある。出来れば、でいいがーーーDMAT(災害救助隊)が使うような緊急医療キットと、結核に効く薬が欲しい。頼む。俺はそれを持って江戸に帰らなければならない。」



「・・・沖田総司を生かす気か?奴はこの時代でも結核で死んだと有名だ。歴史を変えるのか?」


見定めるような男の視線に、烈は迷うことなく頷く。


「歴史ならもう随分と変えちまったよ。沖田総司には改名させて、忠実通り死んだことにして貰う。それが条件だ。頼む。薬を、くれ。」


沖田は死なせてはいけない。人を斬った夜に泣いていた。土方と別れた夜に泣いていた。あの優しい、彼はまだ幸せをつかんでいい筈だ。


諦めたように溜息をつくと、持ってきてやれ、と命と桂に言い、男は黒地の着物を出してきた。


「中に金属繊維を編み込んである。帷子よりは軽くて、防御性もアップした筈だ。それから、回復の(まじな)いを書いた札も縫い込んだ。ま、気休めだがな。・・・・いいか、お前はもう一人じゃない。それを忘れるな。」



差し出された着物を受け取り、微笑んで男に礼を言う。恐らく昔誰かが着ていたたものだろう。洗濯の跡がある。


「・・・・本当に、ありがとう。この恩は、一生忘れない。」


着物を着込み、貰ったキットを風呂敷で包んで背負う。無事だった狐の面は、腰でなめらかに光っている。


「こりゃあ、持論だが・・迷った時は度胸のいる方を選べ。その方が後悔はしない。」


男がニヤリと笑い、そう呟いて手を差し出して来た。その手をしっかりと掴み、烈もまた笑う。


「ああ。肝に銘じておく。・・・厄介になったな。まだ名乗っていなかった。・・・五百夜 烈、だ。本当に感謝してる。」


男がぺろ、と親指を舐めた。途端、世界が光り出す。どうやら条件は血らしい。光りの向こうに見える男が、懐かしい笑みを浮かべた。


「時屋 三蔵(さんぞう)。・・・元気でやれや。」


まるで旧知の仲のような挨拶に、烈は吹き出した。ああ、でも時代は巡るから、知っていたんだ、三蔵は。多分、この着物は過去(みらい)の、烈の物だから。



最後に見た現代(みらい)は、三蔵と三蔵に良く似ているがまるで雰囲気の違う男が、微笑んでいる姿だった。

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