幸せは失って気付く事もある
「分かった?何も分かってないのはお前。時渡の一族が、人間に怯える心のせいで僕達に関わった人間は殺された。だから僕がこの一族を根絶やしにする。僕達の先祖が生まれた、この場所で。」
彼の表情は、狂気。思わず背筋が冷たくなる。どういう事だ?昔、こいつらは実の親に・・・・?動揺を隠しきれないまま隣の顔を覗き込めば、閃は息を吸おうと懸命に肩で呼吸をしていた。
狂気に笑う狐がまた物凄い速さで向かって来る。隣の狐はまだ虚ろな表情で息をしている。ガン、と鉛のような一撃を刀身で受け止めつつ横に流し、重心を低くして突きを繰り出す。三段突きの天才である沖田に習った技だ。
「・・・閃っ!よく聞け!"お前"はどっちだ!?今まで俺と生きてきた、お前はどっちだ!?過去へなんてなぁ、お前らじゃない限り引き返せねえんだ!俺たちはもうガキじゃねえ!何が正しくて、何が間違ってるかぐらい、わかんだろ!!!」
一瞬、気を失うかと思った。
今まで経験したことのないレベルで、痛みが全身を走る。刺されたらしい。次の一手は刀を弾いて防ぐ。見れば、脇腹から大量の血が出ていた。
「・・・・っ!」
脂汗が額を流れる。脇腹は暖かい。
マズイ。地面に膝をつきそうになる足を叱咤し、ふんばって前を向く。
たが迫る兇刃はなく、青白くて暖かい火が烈を取り囲んでいた。驚いて背後を向けば、閃が真っ直ぐ前を向いていた。
正気か、それとも狂気か。
真を問おうとした視線は、閃の髪の黒に遮られた。
「・・・っ!」
ぎゅ、と傷口が何かに圧迫される。
走る激痛に思わず顔を顰めた。
見れば、袂から手を入れられ、邪魔だからと
胸部しか覆っていない帷子の丁度真下、出血源が閃の晒しによって圧迫され、止血された。
「・・・・閃?」
「過ちは、消せない。だから俺は、恨みを背負って生きてゆく。自分の咎も、全てを背負って生きてゆく。それが狐火だ。間違ってるのは、お前だ。
俺は、許されない事をした。だが、お前の理由は人を殺していい理由じゃない。・・・・お前が、許せないのは、自分だろう・・・・!?なんで俺を庇った!?・・・なんで今、俺に真実を教えた?
・・一緒に、生きては貰えないか?」
悲痛な声で閃が叫ぶ。
狂った、姉を殺した時の母親と同じ目をした丁火が、火のように静かに微笑んだ。
「もう疲れたんだよ。俺は、この世界を生きる事に疲れた。全てを背負う事に疲れた。だからここでお前と殺し合いをする。この日を生き甲斐に生きてきた。今日まで俺の相手として、強く育てた甲斐があった。本気で来い。お前の大切な物を全て壊してやる。絶望しながら仲良く死ね。」
いつの間にか青い炎は狂気の炎に包まれ、段々と二人を追い詰めていた。額に汗が流れる。
「閃!お前は炎を頼むぞ!」
長巻を構えなおし、目の前の敵を睨む。
狂気で笑う顔は、瞬きを1つすると目の前に居た。
「・・・っ!」
咄嗟に伏せて、右に転がる。地面に刃先を振りおろした丁火は素早く体勢を変える。烈は慌てて砂を掴んで投げ、体勢を低くしたまま地面を強く蹴る。これはあまり流派の型にとらわれず、若い頃より喧嘩をして来た土方に
習った。彼は超実践的な動きをする。実践を重んずる狐火とよく似た動き。
相手方が砂をよけている間に一泡吹かせようと、長巻を構え直した時。
赤の光が、目の前に突如現れた。
(・・・やべ・・・・・・)
しまった。相手はこんな手も通用しない人間。普通じゃない。コンマ数秒の判断で全力で伏せる。もろに当たれば丸焦げ。だが間に合わない。炎が眼前に迫る。首元のペンダントの鎖が、やけに現実味を引き立てる。閃が、何かを叫んでいるのが聞こえた。
「・・・?」
だがいつまでたっても恐れていた熱さは来ず、代わりに大雨の時のような音と首の鎖が跳ねる感触。
恐る恐る目を開ければ、そこには烈の襟から飛び出した松原から貰ったペンダントが、水を勢いよく噴出している光景があった。
火はいつの間にか消え、それと同時に水もまた消えた。勾玉状の空になった水が入っていた容器は、火の容器とひゅんひゅん互いに
周りだし、肉眼で確認出来る頃にはまた水が補完されていた。
どうやら助かったらしい。こんな用途だったのか。これが未来の技術。
兎角、首の皮1枚でつながった。
「・・・へえ。つくづく運がいいんだね。だけど、これはこの時代にはないものだよ?」
しまった、と閃の方をふりむけば、閃が目を見開いて此方を見ていた。青ざめた顔でペンダントを凝視している。
「それに、君が後生大事に持っているこれも、ね。」
油断した隙に襟元に隠し持っていた腕時計が抜き取られた。便利なデジタル表示機能を持つそれは、この時代の物だと言い張るのには無理がある。
震える声で、閃が言葉を紡ぎ出した。
「・・・・お前、は。未来の・・・・なん・・・・で・・・お前、も。」
動揺する閃が、信じられない、という表情をして此方を見ている。
経験上、その表情をする人間は皆逃げていく。
烈の前から消える。五百夜家の人間だと知った人々は皆そうだった。
待って、伸ばしかけた手は丁火の次の一言で止まる。
「それとね、君が大切にしている、あの子ーーー鈴谷君、だっけ?いいのかい?あの子の子孫は、君の姉上から大切な物を奪った張本人だ。」
心臓を掴まれたような気持ちだった。
心臓の拍動が速くなっていく。
今、なんて?
現実逃避を繰り返しそうになる思考が、急激に冷えていく。
涼、が?
嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ。
なんだというんだ。俺、なんかしたか?
なんで、なんで、なんで。
なん、で?
灯。
「・・・・そ、か。」
俺は、なんなんだ。いつになったら幸せにーーーーー
(十分、幸せだったか。)
ずっと、ずっと。
あの日から、傷付いて、十分嘆いて、逃げて、逃げて、挙句の果てにはニートになって。
こんな俺だったのに、保護してくれる人が。
初めて出来た。
師匠が、家族が。想い人が。友達みたいな、ヤツがーーーー
「・・・・いいさ。俺の事を、この世界で愛してくれたーーー俺の、生まれて初めての。仲間の為ならーーー この命、尽きるまで戦う!」
最期に、斎泉から習った技。
(・・・年は取りたくねえな。もうすぐ三十路か。昔は、こんな長巻振り回すぐらいどうって事なかったが・・・・)
本来は、二人でやる合わせ技。まあ、一人でも効果は十分だろう。
閃は到底、使えそうにない。それどころか、いつ後ろから刺されてもおかしくない。
閃は、一人になる事に怯えてる。だから、いつか、未来に帰ってしまう可能性のある烈を、消えてしまう可能性のる烈を、今まで信じてきた烈を、もしかしたら殺しにかかってくるかもしれない。また暴走して。
(帰らない、って言っても聞かなそうだしなあ・・・・)
なあ閃、俺達は、
いつも、
いつも、
二人で一つだった。
だから、俺は信じてる。
お前が信じなくても、
お前が俺を刺しても、
それでいい。
俺は、お前と生きて、闘えて、
幸せだ。
すう、と息を一つ、吸う。
周囲の、音。風、木々のざわめき、すべてと呼吸の音を合わせる。
相手から一切目を反らさず、真っ直ぐ見据える。
「・・・へえ?面白くないなあ。まあいいよ。真っ先にお前から死ね。」
丁火が刀を構える。丁火の領域は推定1~2メートル。
気を大きくして、振り上げた隙に。だらん、と下げた腕を横に薙ぎ、小刀を投げる。振り子の原理で放たれた刀は今までにないスピードで加速した。丁火が反応して、弾こうとする隙に、勢いよく脇に入り、足を払って右脇腹を狙って長巻ごと駆け抜けた。だが視界の端に、思ったよりも早く反応した丁火が刀を此方に振り上げているのが見えた。
感じたのは確かな手ごたえ。
だが襲ってくる筈の痛みはない。
覚悟して瞑っていた目を開く。
そこには血を流した閃が、烈を庇いながら立って居た。
「・・・・なんで・・・閃っつ!!」
ひゅう、と苦しそうに息をする閃の脇腹からは、大量の血が流れていた。
丁火もまた、脇腹から血を流して手負いの獅子のように殺気を此方に向けて立って居る。
「・・・また、間違う所だった・・・俺は。俺は、あんたを・・・・あんたを、裁く資格なんてない。
でも・・・あんたを止める・・・あんたがこれ以上罪を犯すというのなら、俺はあんたを殺す・・・それが、せめてもの償いだ・・・・・・。」
ひゅう、ひゅう、と双方肩で息をしていた。
これで最後だ。なんとなく、カンがそう告げる。
地面に刀をついて、立ち上がる。
「・・・・烈。今度は二人で、やるぞ。」
閃の言葉に、手負いの獅子を見つめ、ああ、と頷いた。
これで最後。次で、最後。
痛む脇腹を抑えて、烈は長巻を構えた。
烈が走り出す。閃が木の枝を伝って後方に回る。
まるで歌舞伎。狂喜の笑みを湛えた丁火が、赤い炎と共に立ち回る。
いざ、勝負。




