生きている今はもう2度と来ない
「あにうえ!しょうぶしましょう!」
小さな紅葉の手が、丁火の服の裾をつかむ。
この小さな手は、恐らく丁火が頷くまで離さないだろう。溜息をついて視線を合わせる。
「・・・天火。じゃあ、一戦だけだよ。この紐を先に奪った方が勝ちね。」
そう言ってやれば、大きな目が一際大きくなり、キラキラと光り出す。
腰に白い紐を巻いてやれば、まるで狸か何かの動物だ。くすり、と笑って走り出す。ニコニコしながら天火が追いかけてくる。行く手を阻むように青白い火が前方を覆い、別の炎が追いかけてくる。
腹に力を込めて、勢いよく火を噴き出す。通り道を作って、青白い炎から脱出すると勢い良く地面を蹴る。途中、小刀が幾つか飛んできた。末恐ろしい子だ。
(確実に殺人剣として、育ってるね。)
期待で胸がいっぱいになる。いい相手になってくれそうだ。
丁火と天火は幼くして一族の中でも高い能力を持つ。通常の一族の大人は蝋燭程の火を必要な時に出す程度だが、二人遥かにそれより高い火を操る能力を持っていた。
「はい、おーしまい。」
人型に操って炎を先に走らせ囮にし、自分は隠れて天火の尻尾を引く。
しまった、という表情をしてから、むくれた顔をしてそっぽを向いた。こういう所は年相応だ。頭を撫でてやり、火を消す。
疲れた。今日の夕飯はなんだろう。ぼんやりと考えながら歩く。
「あっ!丁に天!丁度良かった!」
草叢の向こうから、若竹色の和服を着た少女が走ってくる。さわさわと音が立ち、漸く二人のもとに辿り着いた時には息切れがしていた。こんな所に来る人間は彼女くらいだろう。
「文。どうしたの?そんなに急いで。」
肩で息をする彼女にそう問えば、彼女は背中の籠を降ろしてえへへ、と笑った。
「今日はね!いい魚が獲れたの!だからはい、おすそ分け!」
竹で編まれた籠を見下ろせば、そこには新鮮な魚が数匹、横たえて口を開けていた。
彼女は何かとこうして丁火達兄弟を気にかけてくれる。今日の夕飯にしよう。きっと母が喜ぶ。
「いつもありがと。ほら、天火、お礼は?」
「ありがとうございますっ!」
感謝を促せば天火が一生懸命頭を下げる。その姿にふにゃ、と文が表情を崩した。彼女は子供に弱いらしい。
「・・・あっ!私、父ちゃんにお使い頼まれてたんだった!行くね!ごめんっ!」
嵐のように来たかと思うと嵐のように去って行った彼女の後ろ姿を二人で見送り、幼い弟と共に屋敷へと帰った。
「・・・・ん。」
成長痛か、はたまた風邪か。足が痛い。ぼんやりと薄目を開ける。隣の部屋に続く襖からは光が漏れていて、両親はまだ起きていたのか、と寝返りをうつ。足の痛みは到底とれなそうだ。
「いよいよ今夜ですね・・・あの子達をこの手にかけるのは、嫌ですけれど。」
寝ようと意識を鎮めるが、いやに母親の言葉が耳につく。
「仕方ないさ。もうあの文とか言う人間は始末したんだ。後には戻れない。時渡りの力に次いで、彼等の火の力は最早先代をも凌ぐ。便利な力だったが・・あの二人は完全に忌み子だ。あの力を外に出してはならない。ましてや人間に知られてしまっては・・・。」
一瞬で意識が覚醒した。忌み子?便利な力?
始末?
コノテニカケル?
(逃げな、きゃ。)
がたがたと手足が竦む。
実の両親が?まさか、ありえない。
願うような思考が揺れる。
違う、違うよ。そんなの。
信じてる。でも、死にたくない。
(大丈夫だ。聞き間違いに決まってる。)
隣に眠る幼い弟を抱き上げて、天上に隠れた。暗闇によく目をこらす。襖が開いて光が漏れた。
見えたのは、自分達が寝ていた布団に刀が刺さる光景だった。
「・・・・〜〜〜〜っ!」
逃げなきゃ、
逃げなきゃ、
本気だ。殺される。
素早く天井裏を移動して、なるべく遠い部屋で部屋に天井裏から降りたつ。なるべく着地は軽く心がけた。気付かれないように、しなきゃ。
何かに躓いて、転びそうになった所を慌てて態勢を立て直す。
丁火が躓いた其れは、
「・・〜〜〜〜ふ、」
縄に縛られた文の遺体だった。
殺気がして、振り向きながら火を吹く。
トン、といくつかの短刀が燃えながら畳に落ちた。
そこには兄のように慕っていた数歳上の叔父が黒服で口布をして立っていた。
「・・・どうして、僕らは殺されるの?」
震える声でそう問えば、冷たい声で答えが返ってきた。
「お前達が忌み子だからだ。」
さも当たり前であるかのようにつぶやいた。唯一見える目は恐ろしく冷たい。彼は、誰だ?無口だけれど、もっと暖かい目をする人物な筈だ。
「ん、あにうえ・・・?」
寝ぼけ眼で弟が起きた。
幼い彼も、殺すというのか。
「忌み子って何?僕達は、普通の子供だ。」
「いいや、普通じゃない。」
彼よりも少し低い声がしたかと思うと、四方の襖が開かれた。そこには祖父、祖母、叔父、伯母、両親、果ては従兄弟の一族郎党揃って刀を構えて丁火と天火を取り囲んでいた。
「お前達は、本来なら外の世界など知らせずに座敷牢の中で育てるべきじゃった。お前達の力は人に知れればたちまち悪用され、下手をすれば世界は滅びてしまうじゃろう。今日までは様々な争いに備えて生かしておいたがもう生かしてはおけぬ。この部屋にはあらゆる邪魔が入らぬよう結界を張った。さらばじゃ。安らかに死ね。」
告られた言葉に喉と心がからからに渇く。
争い?生きながらえた?
僕達は、生かされた?
信じられない気持ちで両親に視線を移せば、彼等は此方を睨んできた。
「・・・父さん、母さん。僕達の事、愛してた?」
混乱する頭で言葉を紡ぐ。上手く話せない。
それだけ、確認出来れば良かった。
ねえ、貴方達は僕達を守ってくれる?
「・・・・貴方達の力に気付いた時、神様は残酷だと思ったわ。わたし、私ね、忌み腹って言われたのよ・・・・貴方達に罪はないのは、分かってるけど・・・」
そう静かに語る母親は、まるで僕等のせいだと言うような語り口で、涙を流した。なんだよ、なんだよそれ。
「・・・は、はうえ。」
天火を見ればひどく憔悴しきった様子で狼狽えていた。顔は青白く手足は震えている。
「・・・大丈夫だよ、天火。」
何が大丈夫なのかは分からない。泣きたい。けれど兄として、しゃんとしなければ。
近くの文の虚ろな目が目に入る。どんな気持ちで彼女は死んだのだろう?ごめん、僕達に関わったばっかりに。辛かっただろう。怖かっただろう。悔しさでじわりと涙が滲む。
途端、ぼうっと音がしたかと思うと鋭い断末魔が響いた。
「・・・!?」
見渡すと辺り一面火の海だ。それに、母親らしき人物が燃えている。
「て・・・んか・・・。」
気が付けば天火の瞳は黒かった。深い、深い闇のような黒だった。狂気の、目だった。
「やはりっ・・・!生かしてはおけん!取り掛かれェ!!!!」
「・・・!?あ、れ?ははうえ・・・!?」
どうやら弟は最悪な時に正気を取り戻したらしい。
(このままじゃ、天火が一生ーーーー)
刀を振りかぶり、母を切り捨てた。
呆然とする天火の首根っこを掴む。天火の炎で結界が一部溶けたらしい。全力をこめて振りかぶる。愛情は、憎悪に変わるとどこかで聞いた。
襲いかかって来た祖父を蹴り、火に押し返す。一瞬出来た通り道に、腕を振りかぶり、弟を投げた。
「・・・・目が覚めたら、全部忘れな。全部、全部悪い夢だから。」
軽い弟の身体は、簡単に屋敷の外へと飛んだ。
そう、これは悪い夢だ。
悪い、悪い、わるい、ゆめ。
目が覚めたら、きっと全部元通りになる。
いつも通り、文が笑って、
天火が膨れっ面をして、
父さんと任務をこなして、
母さんの暖かい茸汁を食べて、
叔父さんと勝負をして、
いつも通りの毎日が訪れる
そんな夢を見た。




