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花盗人に罪はない

吉原の遊郭の中でも格式の高い所だと言う、この場所でおよそ似つかわしくない男の殴り合いが聞こえる。


閃の合図に二人は一斉に部屋の中へ入った。

するとそこには、やはり二人の男が取っ組み合いをしていた。閃は素早く指示を出す。


「烈!遊女を連れ出して保護しろ!」

その言葉に烈は室内を見渡す。

遊女と新造と思われる女性が二名、遊女が新造を庇うようにして立っていた。


烈は二人を守るようにして部屋を退出する。

新造はがたがたと震えていた。

遊女は、やるせなさそうに新造を見ていた。


「お助け、ありがとうございんした・・・太夫の千晴(ちはる )と言いんす・・。」

遊女はそう挨拶をする。

新造は部屋の扉を凝視していた。

青い唇と涙目が印象的だ。


「烈!一人行ったぞ!」

鋭い声が飛ぶ。

同時に扉が開いた。


(えん)っ!死んでどうか来世で俺と・・!」


髷を結った男が此方に刃物を構えながら突進してくる。

「いぃいいいっ!?」


烈は慌てて長巻を構えた。

だが男はそれを防ごうと刀を構えている。

が、どこからか飛んできた刀が男の刀の切っ先を変え、隙が出来た。


今だ。


無意識か、意識か。そんな声が聞こえてきて、精一杯重心を低くし、鞘の付いたまま長巻を男の腹へ突く。確かな手応えと共に男は座敷へと突き飛ばされた。


「・・・!いっ、」

腕に走る痛み。思わず長巻を落とす。

激しく痛み出した腕を抑えながら烈は前を向いた。

絶対なんかやったよマジで痛い。

幕府の要人じゃないのか?

痛い痛い痛い・・・

くそう、こんなんばっかだ。


部屋を見ると丁度閃が公家を抑えているところだった。

どうやら刀は閃が放ったらしい。


「・・ご無礼、御許しを。だがここは吉原。男達が夢を見る場。そのような刃物の持ち込みは御法度。」


閃は淡々とそう告げ、公家の上から退く。

公家は悔しそうに目を逸らし、幕府の要人を一瞥すると帰る、と告げた。


「縁!千晴太夫も・・・怪我は?」

そこへ、一人の藍染の着物を着た男が駆けてきた。

縁、と呼ばれた新造がはっと顔を上げた。

そして男の胸へと飛び込む。

男は一瞬瞳を揺らした。

まるで、大切なものに向けるようなーーー

烈は眼を見張る。だが次には戻っており、

無事らしい事を確認すると、男は肩を撫で下ろす。


「来てくれやしたか。九蔵きゅうぞうさん。」

千晴が安心した、と安心の溜息をついた。

「大切な水揚げ前の振袖新造と太夫の為ですから。・・・お手数おかけしました。この鈴定桜楼すずさだおうろう番頭の志摩しま 九蔵と申します。」


その言葉に縁はびくり、となった。

「・・・・?」

烈は九蔵を見る。よく見ると九蔵は腕を回している訳ではない。


「悪うござんした。この新造、縁は器量よし、気立てよしの新造でなあ。公家さんが身請けする事に決まったんですが、幕府の要人が譲ってくれ、と頼みにきた会合でありんしてなあ。」

千晴が説明しながら苦笑いする。

縁は未だ九蔵にしがみついていたが、九蔵が優しくはがした。


「九蔵さん、この二人によおくお礼を言っておきます。あとはよろしく頼みます。」

千晴の言葉に九蔵は頷き、気を失っていた幕府の要人を抱え、烈達に礼をして去っていった。


「さ、お二人さんこちらへ。酌でも致しまっせ。」

にこり、と千晴が笑う。烈と閃は言われるまま座敷へと上がる。

礼?言われる理由などない。だって雇われているんだからーーー。

頭に?を浮かべながら座る。

するとものすごい勢いで扉が閉まった。


「・・・・え?」

ゆっくりと千晴が顔を上げる。先ほどまではしおらしく垂れ下がっていた目尻が、今は悪戯をするような、そんな目で烈達を見ていたーーーーーー

そして極上の笑顔を浮かべ、べそをかいている縁を二人の前に座らせた。

「この縁はなあ。親に売られた子でありんして、自分の居場所をつかみ取ろうと、それは涙ぐましい努力をした娘でありんす。その結果が、好いてもいない者の所へ身請けされる等、神も仏もない。そこで、お願いしとう事がありんす。これはわっちのもっている金子の全て。どうか、この子と九蔵さんの駆け落ちの手引きをして貰えませんか?」


そう言って小判を風呂敷に包んで出した。

烈は思わず眼を見張る。

なんだこれは。これがあれば一生遊んで暮らせるんじゃ?

というか、これぞ大判小判がざっくざく?

思考停止。残金300円ちょっとの自分では考えられない話だ。


「姐さん!おやめください!私は、私は・・・!」

縁が必死で止める。

それを視線で、千晴は止めた。

「・・・縁。あんたは、もう何もなくなった私のただ一つの光。あんたの成長が、何よりの楽しみでありんした。それももう振袖新造。立派に育ってくれんした。」


千晴は艶のある笑みで微笑み、窓の外の紅葉を見つめた。

「・・遊女が幸せを掴むには、心中か足抜け。それも失敗したら厳しい折檻。哀しいではありやせんか。自分の幸せが掴めないなら、妹の幸せを願ったっていいでしょう?」

千晴の言葉に、縁は黙る。

そして、縁はしっかり、と千晴に頭を下げた。

「有難うございます。姐さん・・・この御恩、一生忘れまん。」


そして二人の方を向き、頭を下げた。

「八ヶ代さん、と申しましたか。私と先の九蔵、ひそかにですが恋仲にあります。どうか、駆け落ちの手引きを頼めないでしょうか。」

成程振袖新造なだけある。

少女は年齢に似合わずしっかりと烈達に請願してきた。


閃は何かを思考しているようだった。

そして、縁の眼をしっかりと見つめ、口を開いた。


「・・どんな覚悟も、おありか?たとえその顔傷付けても、周囲を引き裂いても、その全てを背負う覚悟が。」

閃の言葉に縁は千晴を見る。そして、確かな口調で返事をした。


「・・・・はい!」



「・・花魁道中の支度は、軽くする事を勧める。」

否定とも肯定とも取れる、曖昧な表現。縁は不安そうに笑った。

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