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サヨナラじゃないまたねだ

「閃。」

最近なんだかぼんやりする事が多くなった閃の名前を呼ぶ。呼ばれて初めて烈が後ろに立っている事に気が付いたようだ。戦いで疲れたのかもしれない。縁側に座る彼の背中を見つめながらそう考えた。


「朝司に送る手紙、これでいいか?」

あれから朝司を安心させるため、手紙をまめに書いていた。17歳といえど子供だ。20になった時も大人だという自覚はなかった。いつの間にか年をとったらしいとしか考えなかった。

一人で心細いだろう。沖田も居るが、頼れるのは閃や烈だけになってしまったのだから。


「ん。ああ。送っといてくれ。」

江戸に着いた時に新撰組はほとんど髪を切り、短くし、洋装にしたのだが彼は黒衣のままだ。狐面も腰に下げている。烈もまた、閃と同じ格好だ。


時間が平和に流れていた。

束の間の休息。庭のふきのとうが、朝露で太陽に光っていた。ふきみそを作ろうか。なんて考えていたら、足音がして、振り返った。


「・・・烈君。閃君。二人に、狐火としての依頼がある。」

そこには疲れた顔の近藤が立って居た。連日の敗戦で精神的な疲れもあるだろう。


「新撰組が、火急に会津若松侯の護衛を頼まれた。まあ、おかしな話だがそこまで二人共、新撰組の護衛を頼めるかい?これは報酬だ。」

そう言って差し出された袋、二つには小判や豆粒銀などが沢山詰まっていた。


「多いですよ。どうしたんです?これからが金の要る時じゃありませんか。」


笑って受け取りを拒否する。だが隣の閃は分かった、と二つ共受け取った。


「・・近藤さん、左様ならば、またお会い致しましょう。」

閃の言葉に、近藤はすまないね、と笑った。


「どうしたんだよ?明らかに多いじゃん。」烈の問いに、有無を言わさぬ表情で閃が行くぞ、と面を付けて立ち去った。慌てて追いかける。



「土方さん。会津若松侯から護衛の任務が下りました。近藤さんは靖兵隊と掛け合うそうです。会津まで急ぎ、出陣せよ、との事です。こちらが書状です。それから、先程様子を確認した所、数人が此方を伺っておりましたので念の為裏から静かに出ていきましょう。」


いつの間に受け取ったのか、閃の手には書類が握られていた。土方が受け取る。書面を読んだ土方は、頷いて号令をかけた。


「会津若松侯から護衛の任務が下った。これより会津へ至急向かう!表には密偵がいる!裏から出るぞ!」


応、と返事をした隊士達が、手早く荷物を纏める。烈も旅に出る格好をして、身の回りを整理した。


「・・・烈、面を被れ。」

用意が終わると、閃が面をしたまま烈の後ろに立っていた。いつの間に、と心の中で呟く。

「?・・・・・・なんでだよ?」

顔が割れては困る依頼ならいざ知らず、閃はともかく烈は最近指揮を取ることがあったので面はあまりかぶって居なかった。訝しがる烈に、狐面で表情が読み取れない閃が答えた。


「・・・狐火としての依頼だから、だ。」

その言葉に全てを悟る。外を見ていた閃。閃の言動。近藤の背中。昔見た文に乗っていた気がする。まさか、と顔を上げれば閃が首を振る。面を被って表情が分からない筈なのに、哀しげに見えた。


手先が震える。だがもう閃や烈、新撰組だけでは解決出来ない問題なのだ。だからこそ閃は受けた。閃だって馬鹿じゃない。


「よし、一番隊から静かに抜けろ!閃についてけ!」土方の言葉にハッとして、急いで面を被り、閃と頷き合う。俺は最後尾に。


全員が出たのを確認し、此方を襖から伺っていた近藤に頭を下げる。近藤は穏やかな表情だった。

「左様なら。」


近藤の放つ言葉に、動悸が速くなる。

彼の表情はひどく穏やか。そのことがいっそう動悸を加速させる。

俺は一つの命を見殺しにするのか。

急に鈍器で殴られたように意識が重くなる。

なんとかならないか?どうにかならないか?頭をフル回転させる。近藤と、別れたくない。

だが何も見つからない。烈には何もない。

きゅ、と歯をくいしばる。


「・・・・近藤さん、俺は、貴方に出会えて良かった。左様なら。また会いましょう。」

痛む心でそう告げ、最後に深く、一礼をした。近藤は優しい顔で頷いた。



雑木林を駆け抜ける。整備されてない道だが、獣道という訳ではない。屯所が見えなくなった頃、列が止まり、休憩、との号令がかかった。頃合いらしい。閃の元へと走る。


二匹、土方の前に跪いた。土方が驚いた表情で此方を見ている。


「どうしたんだ?会津若松へ早く・・・。」

「申し訳ございません。」


閃の冷静な声が響く。ざわついていた隊に静寂が訪れた。

「流山は西軍に包囲され、近藤局長が投降致しました。会津若松の護衛は、全くの虚偽にございます。」

閃の言葉に、ざわざわと再びざわつきだした。涙を流すのを必死にこらえ、閃と二人、土方の言葉を待つ。土方は驚愕に目を見開いていた。信じられない、といった表情だった。


「西軍は100~200。今の新撰組では全滅を免れない、と判断致しました。我ら狐火、新撰組近藤局長より新撰組逃亡の手引きを依頼された故、安全な場所まで護衛致します。・・・近藤局長からの、書状です。」


差し出した紙には、達筆な字で土方歳三義豊殿、と宛名が書いてあった。

土方は震える手で手紙を受け取った。どうやら手紙は金が沢山入っていた巾着の中に入っていたらしい。

暫く手紙を凝視した後、手紙がはらり、と土方の手から抜け落ちる。

手紙には、こう書いてあった。


『トシ。すまない。どうやら俺はここまでのようだ。最期は武士らしく切腹しよう、と思ったが、隊士達を厳しい局中法度で切腹をさせておいて、死んで逃げるのは死んだ隊士達に申し訳が立たない、と考えた。


最大の理由は、トシに怒られそうだから、俺は最期に投降して、闘って自分の運命に賭けてみようと思う。トシ、最期まで付いてきてくれて、田舎の道場で侍の真似事をしていた俺をここまで担ぎ上げてくれて、ありがとう。夢のような人生だった。


お前と、総司と、山南さん、永倉くん、原田くん、斎藤くん・・・皆と出会えて、よかった。俺は幸せ者だ。だがそろそろ疲れてしまったので、人生に幕引きをするとするよ。新撰組を頼む。トシ、お前は後からゆっくり来い。またな。』



「・・・俺達は、お前達に頼って甘えてばかりだな。」


困ったような、泣きそうな表情で土方が呟く。この面を何人が恨んできたのだろう?狐火は、恨みも背負う。


「斎藤!来い!」

度重なる戦や離脱で、今や試衛館派の幹部は斎藤と土方だけだ。


「俺は近藤さんの助命嘆願に閃と共に江戸城へ向かう。その間、お前は新撰組を引き連れてこのまま会津へ迎え。それから、烈。総司の事、頃合いはどうだ?」


土方に聞かれ、逡巡する。恐らくこのまま江戸には帰らないだろう。連れていくなら、今だ。良順に頼んで沖田は診察をして貰っている。


「連れてきます。今が頃合いかと。」

烈の言葉に、土方は頷く。それから難しい顔をして、総司に悟られないよう連れて来い、と呟いた。


「手頃な隊士数人引き連れても良い。すぐに斎藤達に追い付け。俺達も後から向かう。いいな!」

土方の言葉に頷き、閃から短刀を少し分けて貰い、閃には医薬品を少し渡した。


「必ず戻れ。会津で落ち合おう。」

烈の言葉に二人、こくりと頷き、斎藤率いる新撰組は会津へ、烈は鈴谷と江戸の沖田の元へ、土方は閃と近藤の助命嘆願へとそれぞれ走った。

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