合言葉はまたアイマショウ
「撃て!」
土方の怒声の後に銃声が響く。
新入隊士の腕ががくがくと震えていた。
敵方もひゅん、ひゅんと銃弾を浴びせてくる。帷子と籠手は着込んだ。少し重い。
「俺が行く!合図したら来いっ!」
銃弾に慣れている烈の目なら、と思ったが何故か原田も意気揚々とついて来た。
「馬鹿野郎!」
烈の怒声にへへ、と左之が笑う。
「俺は気がみじけえんだ、よっ!」
左之が槍を薙ぐ。すぐ近くで銃声が鳴るが、反応で避ける。
「うっ!」
後ろの新入隊士が撃たれた。しまった、とハッとする。
暴れる左之と背中合わせになり、敵方を次々と倒していく。一通り終わった所で撃たれた隊士の止血と手当をした。
「大丈夫か、しっかりしろ!」
烈の呼びかけにも隊士はかろうじて答える。腕を掠めたらしい。
「烈っ!」
鈴谷の鋭い叫びが上がり、ぐしゃ、と近くで音がした。見ると、敵方が近くで倒れた。
どうやら鈴谷が放った刀らしい。危なかった。
「・・・!ち!」
だが鈴谷の10メートル後ろに鈴谷を狙っている兵士が見え、短刀を投げる。ヒットしたらしく、兵士は倒れ込んだ。
「気を付けろ。」
「互いにな。戦況はどうだ。」
烈が治療しながら隠れている木の砦に、鈴谷もまた入って来て戦況を訪ねた。あの日の約束は守ってくれるらしい。あの日以来、何かと近くに居てくれる。
「ダメだな。こりゃろくに訓練もしないで戦場に立つ新入隊士が可哀想だ。新入隊士は後方にした方が良い。」
晒しを巻いた腕は、みるみる赤く染まってゆく。キツく巻かなければ。
「・・!お前もやられたのか!」
よく見れば脚が赤く染まっている。そういえば烈達後方と違って鈴谷は中盤から前方の至近距離で攻撃する部隊だ。晒しを裂く。
「馬鹿野郎、傷が残ったらどうする!」
慌てて止血をすると、なんでもない、と冷静に鈴谷が答えた。
戦場は怪我人が多い。怪我人が出たら組長が連れてくるか閃が連絡をする手筈になっている。怪我人を治療しても治療しても怪我をする所には流石に閉口する。
「烈っ!こりゃあダメだ!このままじゃ全滅する!俺は近藤さんに掛け合ってみる!10番隊を頼む!」
左之が上手く影に隠れながらそう叫んだ。分かった!と烈も返事をする。
「五百夜伍長!怪我人です!此方へ!」
怪我人も沢山出た。
「今行く!自分の身を守って待ってろ!」
烈の言葉にはい!と返事をした隊士は銃で応戦し始めた。銃弾の雨を避けながら隊士の元へ急ぐ。この隊士は重傷だった。
(応急手当だけするか・・・!)
戦場でじっくり手当をしている暇はない。左之はまだか?
「10番隊、銃で応戦しろォ!俺が行くまで絶対に斬り込むな!各々隠れながら自分の身を守れ!」
銃弾の中、聞こえるよう大きな声で叫ぶ。
はい!と返事の間に、次々と新入隊士たちが撃たれてく。キリがない。
「五百夜!撃たれた!手当を頼む!」
振り返れば、斎藤が2人の隊士の肩を組んで立っていた。どうやら負傷したのは隊士らしい。腹と肩から血が流れてる。
「危ねえ!」
2人を狙った銃弾を刀で弾き返す。斎藤が地面に伏せた。
「そっちはどうです?」
尋ねると、斎藤が暗い表情で答えた。
「新入隊士が続々やられている。即死だった者はもう手の施しようがなかった。此方はどうだ?」
訪ねられて、首を振る。これは敗戦の色が濃厚だ。分かってはいたが、気が重い。
「今、左之が近藤さんに掛け合っています。」
手早く処置を施す。腹を撃たれた隊士は早急に本格的な治療が必要だ。
「一旦、近藤さんの元へ戻って治療します!!斎藤さんはなんとか持ちこたえていて下さい!!」
二人の隊士を背負い込むと、斎藤は頷き、素早く前線へと戻った。
「久米部さん!10番隊指揮を頼みます!!」
此方を心配そうに見ている久米部にそう告げると、近藤の元へと走った。
出来るだけ目立たない道を選ぶ。
「・・・っつ!!!」途端、腕に痛みが走った。斬られたような、熱いような痛み。
傷は幸い掠り傷だ。だが銃弾の傷は初めてだ。気を抜いた。
周囲に警戒しながら二人を抱えて走った。
「アンタは何も分かっちゃいない!!今からでも遅くない、引くんだ!引く事は逃げじゃねえ、このままじゃ全滅するぞ!!」
左之の説得する声が耳に届いた。何やってる?まだ近藤は頷かないのか。
近藤はしかし、と態度を決めかねている様子だった。
応急処置をした隊士を下ろし、近藤の元へと歩く。
よく見れば説得には永倉も加わっていた。
腕の傷が痛みだす。なんでもない掠り傷だが、痛んだ。
近藤の後ろに人影が見えて、短刀を投げる。
気付いていなかったのか、近藤は驚愕に目を見開いた。
「ぐっつ・・・!」腕の傷が痛む。
「怪我をしたのか、烈!」
此方に気付いた左之が、駆け寄ってきた。だがどうでもいい。
「・・・近藤さん。沢山の、新入隊士が銃弾に倒れてる。あの鈴谷も足を怪我した。閃だって、無事に戻ってくるか分からない。そんな戦いなんだよ、これは。」
静かに、怒りを抑えながらそう告げるが、近藤はだが、と言葉を濁す。やってらんねえ。今、この瞬間にも命を落とした者が居るかもしれないのだ。
長巻を抜き、一気に近藤との間合いを詰めた。
「この戦い、一刻も早く引かせろ!いまこの瞬間にも治療を待っている隊士たちが居るんだ!人生そりゃあ勝つ戦もあれば負ける戦もある!!アンタはそんなに隊士達を殺したいのか!!」
衝動的、だった。もう疲れていたのもあるのかもしれない。近藤は烈の言葉に一瞬逡巡し、分かった、と呟いた。
「撤退だ!!そう告げろ!!」
近藤の言葉に、撤退命令が新撰組に一気に駆け巡った。
* * * *
「・・・行くのか。」
甲州・勝沼の戦いは惨敗に終わった。前々から高圧的な態度を取る近藤を見限った左之・永倉は、新撰組を抜ける、と宣言した。荷物を纏めた二人の後姿は、武士の後姿だった。
烈の言葉に、お、と顔を上げた左之が笑って茶化した。
「なんだよ。そんなに俺が愛しいのかあ?だからモテないんだぜ。烈う。仕方ねえなあ。」
わしゃわしゃと頭を撫でられ、ニヤニヤしたおっさんの顔でそう言った。
なんだよ、と烈が呟く。
「んな訳ねえだろ。とっとと出てけや。」
ケッ、と顔を背ける。
左之はへえ、と笑う。
「可愛くないねえ。人生損するぜ?」
「うるせえ。」
もう大分損してる。七年前までは何もない人生だった。花に嵐。渡る世間は壁ばかり。左之は一緒に居て楽しい仲間で、上司で、相棒だった。左之が居なければ新撰組入隊などありえない話だっただろう。
「ほれ。」
左之が刀を差し出してきた。
金打か、と一緒で分かった。烈も刀を差し出す。金打とは女子は鏡、武士は刀の鍔同士を合わせて固く約束を交わす時にする儀式だ。
「武運を祈る。生きて、また会おうぜ。」
キン、と金属音がした。左之とはもうこれで会えなくなるかもしれない。明日はどうなるか誰も分からない。
「・・お前に出会えてよかった。くたばるなよ。」微笑んでそう言えば左之が誰に言ってやがる、と笑った。
「烈。閃。元気でな。また酒酌み交わそうぜ!閃のお鈴ちゃんとの報告も待ってるよ。」
ニヤニヤとそう告げる永倉に、なっ・・・!と珍しく閃が動揺した。うん。良かった。何も、変わってない。
「んじゃ。」
一言。また明日も会うみたいに、手を軽く振って左之が歩きだした。永倉もまた、歩き出す。これでいい。これで良かった。
「あんな別れ方で良かったのか?」
二人の背中を見送りながら閃が問う。その言葉に、目頭が熱くなる。やっと行った。泣き顔を馬鹿にされなくて済む。どうにも年を取ると涙腺が緩くなる。
「男に涙の別れなんて、死んだ時ぐらいでいいだろ。」
あの二人は生きてる。もしかしたら明日、居なくなってしまうかもしれない。それでも、生きて、別れを言えた。
またな。は、言えなかった。




