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現実は何よりも厳しい

新撰組では、六番隊隊長井上源三郎が戦死。淀藩が入城を拒否した事で隊士の三分の一近くが死亡。江戸へ向かう途中の船で山﨑丞が容態が急変し、帰らぬ人となった。

山﨑は生前、俺に医療を教えてくれてありがとう、と烈に感謝の言葉を述べていた。


山﨑は皆に見送られて、水葬された。

新撰組の発展の為に重要な人物であった山﨑。師匠より先に弟子が行くとはな、と自嘲した。

医療の事となると、きらきらした目で知識を吸収していった。

お疲れ様。おやすみなさい。と心の中で呟いて見送った。


「・・・本当に、此処で合ってるのか?」

鈴谷が不服そうに呟く。それもそうだ。さっきから山道しか歩いていない。

江戸についた烈と閃、鈴谷は、沖田を療養させる為に目立たない斎泉の寺を目指していた。

あそこなら大丈夫だろう。嘉六も居る。


「ああ。大丈夫だよ。お前も江戸出身だろう?」

もう少しで見える筈だ。沖田は体調が良いようで、さくさくと歩いていた。


「・・・あ、れ?お鈴ちゃん?」

寺の前に、鈴らしき人物が見える。それどころか嘉六の家周辺に暮らしていた住民が、寺の前に座り込んでいた。


閃もまた、目を見開く。

何事だろう?此方に気付いたらしいお鈴が、駆け寄ってきて閃と烈の顔を見て泣き崩れた。

よく見れば鈴の服はボロボロだ。あちこちが焼けこげ、髪もボサボサだ。

鈴谷が慰めるように鈴の背中をさする。

匂いが酷い。


後から遅れてゆっくりとやってきた青年は、面影を残して成長していた。

3.4年ぶりに再会した青年は、茫然と此方を見ていた。

よく見れば青年の身体にはあちこちに傷がある。


「・・・朝司。なあ。なんだよ、これ。どうしたんだ?何があった。」

その言葉に朝司がぐっ、と何かをこらえて、懐から何かを出した。

斎泉が大切にしていた懐中時計と、嘉六が愛用していた鉗子だった。


「・・・死んだ。師匠と、先生は・・・死んだ。薩長の奴らが急に、襲ってきて・・・お前は近所のみんなを安全な所へ避難させろって・・・二人で、薩長の奴らに向かってった・・・薩長の奴らが、火、つけて・・・この寺も、何回か襲われて・・・戦った・・・・・閃、と、烈、が。帰ってきたら、これをやっといてくれって。二人に、強く生きろ、って伝えろ、って・・・」


途中、つっかえながら喋る朝司の腕には、血が固まっている。

「・・・っつ!!もう、いい!!もういいから!!もういい、もういいんだ・・・よく頑張った。ごめん、ごめんっつ!!」


朝司を抱きしめる。朝司は張りつめていた気が抜けたのか、烈に全体重を預けた。

鈴の泣き声が、やけに耳についた。



「・・・何やってる。烈。立て!今すぐに行かないとっつ!!」

閃の怒声が鳴り響く。

腕を引っ張られ、態勢が崩れた。



パンッ!!と乾いた音が響く。

成り行きを見守っていた沖田が、閃に手を上げた音だった。


「それは此方の台詞ですよ。現実を受け止めるのが辛いのはよく分かる。だがもう、君も分かってる筈だ。どう見ても彼の傷は一日以上前の物だ。君の師匠はもう、この世界には居ない。」


沖田の言葉に、閃が崩れた。

なんで、と虚ろな目で呟いている。

全部、全部失ったんだ。

ぼやける頭でその事実だけがどうしても理解出来なくて、一番現実的だった。


「・・・久しぶりだね。」

静かな女の声が響く。

そこにはずいぶんやつれた朔乃が立っていた。呆然と朝司を抱きながら、ぼんやりと見つめる。


「長い旅路、ご苦労様。疲れただろう。アンタ達の故郷はね、もうなくなっちまったけど、アンタ達の師匠が守ってくれた場所なんだよ。」


朔乃の言葉に、閃がびくり、と反応する。


「・・・だからね、アンタ達も、生きなきゃね。命掛けでアンタ達の師匠が守ってくれた命で、私たちも、アンタ達も、生きなきゃね。

アンタ達の師匠が言うように、強く、生きなきゃね。泣くのは一回だけにしなさい。泣いている時間が勿体ないわ。だけれど、泣かなきゃ、涙の居場所がないからね。そしたら、アンタ達は行きなさい。こんな事で足踏みしてたら、先生達も怒って枕元に出てくるから。アンタ達にはやる事が沢山あるでしょう。」


朔乃の言葉に、閃は立ち上がり、一人で何処かへ消えた。お鈴が心配そうに閃の名前を叫んだ。目頭が熱い。だけど、そうだ。俺にはやる事が沢山ある。

嘉六(ししょう)に、習ったこと。


「・・・朝司。怪我を見てやる。今日はもう休め。誰か、怪我をした方はいらっしゃいますか?」

住民に呼びかける。涙は時間がある時に仕舞っておこう。だけど、時間がある時っていつだ?分からない。

現実を受け入れられない頭で、振り切るように体を動かした。




「烈。」

粗方治療が終わり、住民が安楽に過ごせるよう環境も整えた。夕日が烈の顔を照らす。

手伝ってくれた鈴谷が、寺の石に座って此方を見ていた。


「・・・もう、いいだろう。」

唐突に、鈴谷がそう言った。なんだか彼女の方が泣きそうな表情だ。

風が吹き抜ける。嘲笑うかのように、穏やかな時間。全部、悪い夢であるかのように。

「もう、いいだろう。本音を言え。・・・お前の、そんな姿は見ていられない。」

鈴谷の言葉に、出すまい、と思っていた感情が、言葉が、自然に溢れ出る。理解できないんだ。ただ、簡単な事実だけが理解できない。


「・・・もう、無理だ。全部、全部消えた。俺がここに居る意味も、何もない。俺もじきに消える。もう、無理なんだ。」


松原も消えた。もう二度と手放すまいと思っていた繋がりも、全部。全部。

怖い。凄く怖い。全部が、怖い。

烈の言葉に鈴谷・・・涼は、すっ、と立ち上がり、烈の目を真っ直ぐに見つめた。



「消えない。まだ、消えてない。彼らはここに・・・この地で、人の心の中でずっと生き続ける。

お前が生きる限り、彼らは生きる。・・・・もしお前が消えたら、俺が・・・私が、絶対に忘れない。

それから、消えないように守る。全てを捨てても守る。貴方に、私の全てを預けるから。私が全てを捨ててもこぼさないように持ってて。私が生きる為に、貴方も生きて。彼らが生き続ける為に、貴方は生きて。私は、貴方に生きてほしい。貴方と、一緒に生きていたい。」


暖かい、こんなにもぽかぽかする陽だまりのような、それでいて朝のような言葉は初めて聞いた。

涼の涙ながらの告白は、烈の暗い心を溶かす。

初めて見た彼女の泣いた姿は、美しかった。

ぽた、とひとりでに涙が溢れる。

(さようならも、言えなかった。)

当たり前のように、江戸へ帰れば居るものだと信じていた。

泣きたくなかった。人の前では泣きたくない。


でもそれは、氷山を溶かす太陽のような言葉の前には無意味だった。


「・・・っ、ありがとう。ありがとう、ありがとう・・・・。」


思わず目の前の小さな身体を抱きしめて、泣いた。

涼もまた、烈を抱きしめた。

久しぶりに、大声を上げて泣いた。

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