人は何れ天国へ行く
「・・私も行きたかったなぁ。」
月を見上げて沖田が呟く。
「まあまあ。病状も少しずつですが回復してますし。・・・・それにしても、嫌な夜ですね。」
なんとなく、水面に揺れる月を見てそう思った。
現在、新撰組は伊東甲子太郎の遺体を餌に御陵衛士の残党を狙っている。
烈は医療方として行こうとしたが、他の隊士が熱を出したので屯所で留守番をしていた。
「烈!烈は居るか!」
玄関の方から閃の叫び声がする。烈は外科道具の入っている桐箱を掴んで走った。
「どうした!閃っ!」
返り血だろうか。狐の面も赤で汚れていた。
「藤堂が危ない!来いっ!」
平助が、斬られた?そんなまさか。
全速力で烈の後を追う。狐の仮面は、久しぶりに被った。
「来たか!烈、こっちだ!」
どうやら騒動は終わったらしい。血生臭い。これまた返り血を浴びた左之が、烈を案内した。
そこには袈裟懸けに斬られた平助が横たわっていた。山﨑が止血はしたらしい。
「平助!傷口見せてもらうぞ!」
服を脱がせ、針と糸を手早く用意する。このままじゃ大量出血で死んでしまう。
ありとあらゆる血管が切れていた。
助かるだろうか?烈は山﨑を読んだ。彼には縫合術を教えた。
「山﨑さん、酒で手を消毒したら、この血管を糸で縫って下さい!手早く!」
幹部連中が見守っている。助からないかもしれない。途端にそんな事が頭を過る。
血が止まらない。待ってくれよ。平助。平助。
「・・・止まれ。頼む。止まってくれ。・・・平助。ふざけんな。生きろ。生きろっつ!!」
* * * *
「・・・気分はどうだ?」
ちゅん、ちゅん、と雀が鳴くのどかな朝だった。
真っ青な顔で目を開けた平助は、ああ、大丈夫だ。と静かに笑う。左之は涙ぐみながら平助を見ていた。
脈は弱い。なんとか夜を越える事は出来たが、明日はどうだろうか。輸血が出来たら、それだけが頭をよぎる。
平助は秘密裏に屯所に運ばれた。事情を知らない隊士にやられたらしい。平助の部屋には幹部連中が揃っていた。
「・・・平助。何か、食べたいものはあるか?」
烈の問いかけに、ゆっくりと口を動かす。
「・・・ああ。閃の料理が食べたい。絶品だよなぁ。暖かいんだ。お袋の味みたいで。」
その言葉に閃はぐ、と何かをこらえる。認めたくはない。だが烈のつまらぬ意地で最後かもしれない料理を食べさせないのは嫌だ。静かに顔を上げる。
「・・・閃、何か、暖かくて消化しやすいもの作ってくれるか。」
烈の言葉に分かった、と閃が立ち上がった。
近藤が何かを堪えた表情で此方を見ていた。
「平助、待ってろ。絶品料理がくるからな。」
烈の言葉に良かった、と笑う。
「・・・左之さんや・・がむしん(永倉)は、味付けが濃いんだよなぁ。・・・烈は、手先は器用な癖に、微塵切りも千切りも出来なくて。・・・土方さんは顰めっ面して食ってたなあ。井上さんの料理は閃の次に美味い。」
ぽろ、ぽろと涙を流す左之が、悪かったなぁ、と呟く。
「これからも沢山、お望み通り食わせてやるよ。だから、ほら。早く元気になれ、平助。」
左之の言葉に、平助はただ笑ってるだけだった。その姿に前が見えなくなりそうになる。やめてくれ。なあ、生きろよ。そんな言葉が言えない。
静寂の中、す、と襖が開き、閃が盆に粥を乗せて持ってきた。一口、口に入れてやる。
すると満足そうに笑った。
「・・・ああ。美味いなぁ。流石だ。・・・・近藤さん、土方さん。ありがとう。・・・・・もう少し、みんなと居たかった・・・沢山、笑いたかった・・・烈。最後まで、諦めないでくれてありがとう、な。」
「・・平助!」
永倉が平助の手を握る。平助は眠たそうに瞼を押し上げた。最後の言葉だ。そんな気がした。一同平助を様々な表情で見守っている。
「・・・俺に、最期の時間をありがとう。・・・・・最後は・・袂を分かったけど・・・俺・・・・・みんなと・・・出会え・・・良かっ・・・・。」
トクン、トクンというリズムが弱くなっていく。もう脈拍は確認できなかった。瞳孔は散大。
「・・・ご臨終です。」
烈の言葉に、誰かがぽたり、と涙を流した。堰を切ったように次々と涙が畳に吸い込まれる音がした。烈はすっ、と立ち上がり、部屋を後にする。途中、鈴谷が此方を見ていたが振り切って走って京の町を駆け抜けた。
『自分に力がないばかりに、なんて思ってくれるな。ひたすら前を向いて、生きろ。』
良順の言葉が蘇る。平助の天命は、今日だったのだろうか?俺が輸血方法を知っていれば?俺が戦場に居れば?無駄な事だと、頭では分かってるものの疑問が後から後から渦巻いて、前が見えない。
「・・っ!すみませ!」
ドン、と衝撃が走り、慌てて謝る。ぶつかってしまったらしい。だが相手は、おや?と声を上げた。
「先生。お久しぶりですねえ。」
少し低い青年の声がして、振り向く。
するとそこには虫垂炎の手術をした伊助が立っていた。
「・・・伊助、さん。・・・お久しぶりです。」
烈の浮かない顔に何かを感じとったのか、お茶でも、と穏やかに伊助は茶を勧めてきた。
「・・私の仲のいい患者を一人、逝かせてしまいました。」
出された茶があまりにも暖かくて、美味しくて。無意識にそんな事を言ってしまう。伊助は穏やかな顔でそうですか。と頷いた。
静寂が心地よい。自然に言葉が溢れてくる。
「・・・私は、果たして良い医者だったのでしょうか。彼の側に居れば。他にも方法があったかもしれない。そんな疑問が渦巻いて、前なんて向けやしない。」
烈の言葉に、伊助は暫く烈を眺めた後、おもむろに傷を出した。
「先生にはもう、治らないと言われた命を救われてます。先生は最後まで決して諦めないお人です。だから、決して悪い医者な訳ありません。それはワシが保証します。だから、先生は胸張って医者だって言っていいんです。先生のせいで助からないとか言うヤツは、ワシが許さん。だから、そのお知り合いの方も、先生にありがとうって言っていると思います。」
「・・ありがとう。」
『俺に、最期の時間をありがとう。』
平助の言葉が蘇る。此方こそ、生きようとしてくれてありがとう。
平助との思い出が蘇る。楽しかったなぁ。色々、あった。年が近いから馬も合う仲間だった。色々な思い出をありがとう。
さようなら、平助。




