知らない環境に放り出されると泣きたくなる
斎藤一がスパイとして御陵衛士に潜伏中、閃は三番隊の組長代わりとして忙しそうだった。朝餉の時くらいしか顔を合わせることはない。だから少しさみしい。
「・・・・女装?」
聞き間違いか?笑顔で嘘だろという意味を込めてもう一度聞く。
これまた良い笑顔で男前な土方から頷かれた。
「今は手頃な隊士が居ねえ。女顔で小柄な閃も今は三番隊隊長の代わりとして働いてる。山﨑は広島だ。よって、お前しか斎藤と情報を繋ぐ事の出来る隊士はいねえ。だが伊東さん達に顔は割れちまってる。よって、女装をしてなら怪しまれないだろう。」
土方の言葉に嘘だろう。と絶望する。
生まれてこの方男として生きて二十数年。それは覆す気はないし覆される様な道があれば全力で避けて通る。
「・・・いや、あの、俺じゃなくても。ほら、鈴屋とか。」
あいつ女だし。本物の女だし。
だが期待は見事に裏切られた。
土方がにこ、と清々しい顔をして笑う。
「鈴屋達の隊は現在護衛任務に出ている。適任はお前しか居ない。心配するな。女物の着付けならしてやる。着物も用意した。」
成る程モテる男は違うらしい。じゃなくて。
「ほら。来いよ。」
女だったら今の言葉、喜び鼻血出して倒れるのだろう。
だが烈にそんな趣味はない。だが迫る権力という名の両腕に、為す術は無くなった。
「・・・。」
恥ずかしい。穴があったら入りたい。てかこれ土方がやれば良かったんじゃね?という疑問は飲み込んでおく。
あの後、沖田の笑い声をBGMに見事な化粧を施され、女姿にすっかり着替えさせられた烈は、屯所を追い出され斎藤ら御陵衛士が近くに駐留する場所へと来ていた。これで斎藤が気付かなかったら死ねる。
遠い所に黒に身を包んだ男が見える。斎藤だ。(・・・ち、どうせ話しかけなくちゃいけねえんだよな。)
ならば仕方ないと、腹をくくる。
相手が左之や永倉じゃないだけマシだ。
「えろうすんまへん。お侍はん、五百夜いう方のおうち知ってはります?最近京に越して来られた方らしゅうて、皆目見当つきまへんよって。」
烈の名前は苗字までは知れ渡っていない。気付け。斎藤一!
一生に居た仲間は此方を見てにやにやとしながら頬を染めていた。だが斎藤だけはじっ、と此方を見ていた。
やがて分かったのか分からないのか、「相分かった。」と返事をし、手を引かれて出会い茶屋へと連れ込まれた。
「・・・・で。何故そのような格好をしている?五百夜。」
斎藤が呆れたように此方を見る。好きでやってるわけじゃないやい。
「土方さんの苦肉の策です。屯所に手頃な隊士が誰も居ないんですよ。俺だって好きでこの格好をしている訳じゃない。」
烈の言葉になるほど、と斎藤が頷く。
「本題に入ろう。報告だ。」
一通りの報告を終えた後、二人で茶屋を出る。瞬間、複数の視線が此方を見ている事に気付いた。
「・・・・!斎藤さん。」
「八ヶ代を探せ。ヤツはまだ伊東さん達にあまり顔を知られていない。それがダメなら、幹部以外の私服の隊士を見つけ出せ。適当に時間を潰して撒け。」
まるで恋人のように、耳元で囁かれる言葉に、こくり、と頷く。
なんで俺は毎回損な役回りばかりなんだろう。という疑問は捨て置く。今は女。斎藤とラブラブカポォなんだ。うへ。吐き気する。
「・・・お侍はん、おおきに。ありがとうなぁ。夢の様な一時やった。うちは幸せもんや。・・・そんなら、さいなら。」
にこ、と恋人にするように微笑みかける。うっへああああ気持ち悪いよ俺。てかよく考えたら彼女居たことなかったああああ
だが目の前の斎藤もまたにこ、と微笑みかけ、頷いた。恐らく今この瞬間二人が思っている事は同じだ。
早急に二人で離れ、烈は小路へと急ぐ。賀茂川を目指そう。一つの気配が着いてくる。ちっ。しくれば斎藤の命はないだろう。
「・・・・!?」
自分の目を疑う。おいおいおいおい嘘だろ?
ボサボサの髪を一束にくくり、草鞋にボロボロの服で街を冷やかして歩く人物。何故京に居るのかは不明だが、これ以上ない適役だ。だけど女装は見られたくない。複雑な感情と闘っていると、男ーーー斎泉は此方へ視線を向けると、にやぁ、と嫌な顔で笑った。
「これはこれは。物語から抜け出て来たかのような美しい姫様のようなお人だ。どうです?そこの茶屋で一杯。」
馬鹿野郎下ネタ絡めんな。
しかもこの様子、確実に気付いていない。
「あ、あのっ・・・・。」
気付け。裏声だ。不自然だろ?ん?
だが斎泉はおかまいなしに茶屋へと手を引いて行く。待てええええこの万年発情期で欲に忠実に生きてる馬鹿男ぉおぉお
茶屋の二階。誰も邪魔する者のいない空間で、尻をまさぐられる。もう我慢の限界だ。
ガッ、と腕を掴み、一本背負いを決めようとする。だが斎泉は途中で態勢を立て直し、遠くへ着地した。
「・・・いい加減気付け!お前の脳内御花畑か!俺だ!」
ばっつ、と拳を振り上げる。だが止められた。当たり前か。
「お前、いつの間に女になったんだあ?」
腰から出した酒を煽りながら、さもどうでもよさそうに呟く。
そんな事より色々あるだろう。色々。
「色々事情があって今日だけ女装してんだよっつ!!てめえは何しに来たこのクソ坊主!!」
烈の言葉ににやり、とおっさん臭い笑顔で笑うと、斎泉はまあな、と呟いた。
「人殺し集団で有名な新撰組に入ったとか言う馬鹿弟子の顔見にわざわざ江戸から来てやったんだぜえ?感謝しろや。・・お前は、なんで追われてたんだ?」
昼間から酒を煽るような師を持った記憶はないがな。
ちゃり、といつも斎泉が愛用している懐中時計が懐から出てきた。拾ったとかなんとか言っていたが、真相は定かではない。やっぱり気付いてたか。
「・・・まだ持ってたんだな。それ。新撰組と敵対する組織にちょっと、な。どうだ?今は居るか?」
窓から京の通りを覗き込む。
それらしき人影はどこにも居ない。
「当たり前だろ。俺の宝だ!・・・追っ手は、ずいぶん前にどこかへ行ったよ。それよりその新撰組とやらに連れてけや。一度挨拶しなきゃ、な。」
もの凄く嫌な響きに聞こえたが、連れて行かなければ自分で烈を尾行して来るだろう。
溜息をついて、分かった。と案内を約束した。
「ここが新撰組屯所だよ。変な事考えるんじゃ・・・。」
いねえっつ!!物凄く嫌な予感しかしない。
「何だ貴様!!」
どっやら烈の予想は的中したらしい。慌てて屯所内へと入る。
物音がする土方の部屋へと走る。途中、倒れていた隊士は見なかった事にしよう。
「・・・っつ土方さんっつ!!」
丁度、決着が着いた所だった。
刀の土方が素手の斎泉に、敗けた。
本人も目を見開いている。
ふと、縁側から気配がして振り返る。
黒い塊が斎泉を襲った。
「・・・ちょ!待て待て閃っつ!!斎泉さんだっつ!!その殺気しまえっつ!!」
慌てて叫ぶ。だが閃はお構いなしに次々攻撃を繰り出していた。
「わかっている・・・今日という今日はこの喉元に刀を突き付けてやる。」
閃の宣言にへえ?と楽し気に笑う斎泉は、どう見ても赤子を相手にしているかの余裕だ。
相変わらず馬鹿に強い。
仕方ない。と室内では不利な長巻ではなく鉄扇を抜く。
どの道閃一人では無理だ。立ち直ったらしい土方も加わるが、丁度いいハンデだろう。
「一気に行くぞっつ!!」
土方の合図で、三人は攻撃を繰り出した。
「・・・・どんどん仕事増やしてくれたな。」
恨みがまし気に斎泉を見上げる。なんだよ、と楽し気に呟き、茶を啜る。
あの後三人で急所を突かれ、土方においては一時身体が動かなかった。
閃は睨み上げるように斎泉をみている。
わはは、と豪快に笑い、斎泉は仕方ねえだろ、と呟く。
「お前らが弱いんだからよお!!それに、やりがいがあってこその仕事じゃねえか。」
なんなんだその極論は。土方は悔しそうに表情を歪めている。
「文句があるやつから何時でもこい!!寝込みを襲おうが、何しようが返り討ちにしてくれる!!」
豪快に宣言する斎泉に、すごいや、と沖田は感心している。
「・・・・で?他にもあるんだろう。話が。」
まあ、な。と酒を飲みながら返事をする。
雰囲気が厳かなものに変わる。何か重要なものらしい。
「今の実質最高責任者はお前か?」
土方を見て、斎泉が問う。
「・・まあ、近藤さんが不在だから、実質、な。」
土方の言葉に満足げに頷いた斎泉は、二人きりで話がある。と切り出した。
「・・・近々、大きく世が変わる出来事があるだろう。あんたも薄々感づいているだろう。はっきりと言う。今は正義である物が、大きく悪へと変わる。」
その言葉を、襖越しに左之、閃、永倉の三人と聞いていた烈は大政奉還か、とすぐに気が付いた。
だが何故斎泉が知っているのだろう、と考えたがすぐに答えへと行き着く。確か、幕府の重鎮に知り合いが居ると言っていた。
「単刀直入に言う。烈はまだしも、閃だが・・・ありゃあ、アンタ達の手に負える物ではない。それに、命を狙われてる。今までは上手く追い返していたようだが・・・俺でも勝てるかは分からない相手だ。アンタ達の為にも、閃の為にも、新撰組から閃を脱退させちゃくれないか。」
隣の閃を見る。閃は大きく顔を歪めていた。確かにそうだ。閃の兄、丁火は人外の力を使う。
それに、本人は気が付いていないが、閃は時渡りの一族だ。
「・・・閃を新撰組から脱退させた後、アンタは閃を如何する。」
土方が茶を啜りながら呟く。確かに、斎泉でもどうにでもならない相手だ。
「身分と名前を隠して、山に籠らせる。それがアイツの為だと、俺は信じている。アイツの身の安全は、俺が保障する。アイツが望むなら、烈もそうさせる。」
「命を狙われてるから、山に籠らせる。か・・・俺たちは閃がどんなのに狙われていようと、アイツと一緒に闘ってやる事くらいは出来る。だから、俺たちはアイツが此処にいても構わねえよ。・・・お前はどう思ってる?閃。」
その言葉と共に襖が開かれ、雪崩のように四人、滑り落ちる。
「・・・お前ら。」
斎泉が吃驚した顔で此方を見ていた。閃がぐっ、と態勢を立て直す。
「俺は、今まで怖かった。だけど、此処には一緒に闘ってくれる仲間が居る。今以上に烈の事も、強くして見せる。だから、俺はここにいたい。」
「・・お前が居ることで、お前の大切な仲間を巻き込む事になる。お前が居ることで、ここにいる誰かが、お前の大切な烈が、死ぬかも知れねえ。その覚悟はあるか?」
斎泉の言葉にぐっ、と閃が言葉を飲み込むと、顔を上げた。
「ある。俺がもっと強くなる。烈の命は俺が背負う。だから、此処に居させて下さい。」
閃が頭を下げる。どうやら覚悟は本物らしい。
「・・・と、言うことだ。俺は、閃に命を預けたらしい。だから俺からも頼む。閃を此処に居させて下さい。」
烈もまた、頭を下げる。ふっ、と斎泉が柔らかく笑った気がした。
「ま、そう言うと思ってたよ。俺だって鬼じゃないさ。お前達に最後の奥義も教える。だから、自分の力で生き抜いてみせろ。」
斎泉の言葉に、閃が大きく目を見開いた。土方も優しい顔をしている。
「はい!」
心なしか斎泉は寂しそうな顔をしていた。




