普段優しい人ほどキレると怖い
慶応三年。
伊東甲子太郎、斎藤一、藤堂平助らが隊を割り、御陵衛士として分離。
静かに左之や藤堂は酒を酌み交わしていた。
鈴谷は夜道を歩いていた。
(・・・殺気)
いつでも抜けるようにして、夜道を急ぐ。だが敵はそう簡単には返してくれなかった。
「・・・戸坂をやった女だな?」
世闇に溶ける黒服に身を包んだ鈴谷は、へえ、と笑う。
(女だってバレてるとは暇な連中だな。)
だが手間が省けた。仇がのこのことあらわれてくれたのだ。
この機会、逃してたまるか。口角が上がるのを抑えきれない。
「・・・先に、あの人を・・・・私の旦那をやったのは、アンタ達だ。」
鯉口を切り、威嚇をする。
ずっと待っていた。この瞬間を。
「こい。この刀の錆にしてくれる。」
キッツ、と睨むと、呼応するように敵方も鯉口を切った。
人数にして5人。女一人に大層な人数だ。
「あああああ!!!!!!」
待ってて。今、仇を討ってやるーーーーーーー
だが男達はうめき声を上げて倒れた。
空気が変わる。なんだ?
「----闇討ちをする時は、一人か二人、潜ませておくのが布石だ。」
聞き慣れた声が夜闇に響く。そこには烈が立っていた。
ちっ。いい時に。
「・・・邪魔をするなら、お前も斬る。」
だが鈴谷ーーーー涼の威嚇とは関係なしに、ぐ、と涼の腕を掴んでずんずんと進んでいく。
「・・・なっつ!やめろ!離せ!!」
精一杯の抵抗も空しく、黙って烈は腕を引っ張っていく。
考えが読めない。いつもならここで離しているだろうが、引っ張られる腕は痛い。
転がる一人の髪を引っ張ると、顔を上げさせた。
「復讐をもう一度考えるなら、ここで刀をつかえないようお前達の腕を折る。どうする?」
頭を掴まれた敵方は、ひっ、と小さく悲鳴を上げ、ぶんぶんと頭を振った。
「・・・何か、言いたい事はあるか?」
烈の声は酷く冷静で、今まで聞いたことがないくらいに冷たい。
泣きそうになりながら、声を震わせて答える。
もう、なんなの。
「・・・あの人の、最後を教えて。」
それだけだ。それだけ聞ければもう何もいらない。
最後に何を思って死んだの。怖かったでしょう。ねえ。
男は声を震わせながら答えた。情けない。男なのに。
「・・・・最後は、笑ってた。涼、愛してるって言って。それだけ、本当にそれだけだっつ!!」
男の言葉に、涙が出た。
あの人は、最後まで笑ってた。
「・・・・もういい。」
涼の言葉に、烈が男にもう一度念を押した。
「この女にもう一度復讐を考えたら、今度こそお前たちの腕を頂く。もう二度と世界を見れないように、眼も潰してやる。いいな?」
烈の言葉に、男は何回も頷いた。
「・・・痛い、離せよ!離せ!!」
男を路上に放置し、烈はどんどん歩いていく。表情は見えない。怒ってる?
腕を掴む力は相変わらず強い。いつもとは違う雰囲気に泣きそうになる。
屯所に着いたかと思うと人払いをし、烈の部屋に投げ込まれた。
なんなんだ。折角、仇討があともう少しで成功する所だったのに。
「・・・・やめてくれ。頼む。」
烈の声は震えていた。
「やめてくれ。仇討とか、もう沢山だ。二度と考えないでくれ。頼む。」
烈は、泣いていた。体を震わせて。
いつもの烈からは到底想像出来ない姿に戸惑う。
何も出来ずに、ただ烈を見る。
「・・・閃も、お前も・・復讐したい、それが人生の目標だって顔で生きやがって。その後の人生はなんでってんだ?余生とでも言うのか?そんな訳、ないだろう。
それに、お前はまだ人を殺す事の重みを知らない。復讐したって、お前の想い人も、やや子ももう帰ってこないんだ。」
「・・・お前に、何が分かる。身内など居ない、お前に何がっつ!!」
かっとなって、感情のままに口走る。すぐに失言だと後悔した。
烈は、泣きそうな顔で笑っていた。
「ああ、そうだな。俺の唯一の姉貴は、俺の両親に殺されたよ。姉貴の恋人は自殺した。俺の故郷じゃ、もう誰も俺の事を覚えている人は居ないだろうよ。両親には縁を切られた。」
恨み言を言うではなく、静かに。
烈は言葉を続けた。ごくり、と涼は息を飲む。
「・・・頼む。もう復讐なんてしてくれるな。過去に囚われず、振り返らずに自分の人生を生きろ。」
顧願するようにそう呟く烈に、涼はぐ、と手を握った。
「・・・もう、いいさ。あの人最期が聞けた。それで満足だ。復讐はしない。・・・だから、お前がそんな泣きそうな顔をするな。」
泣きそうな表情の烈に、優しくそう呟く。
こくり、と頷いた烈は、静かに月を見上げていた。
この人の為に、否、自分の為にももう復讐は止めよう。あの人もきっと、望まない。
涼もまた、月を見上げる。
暖かい静寂が二人を包んだ。




