命を大切に
九月。だんだんと涼しくなり、新緑も紅葉へと姿を変えようとする季節。
烈の叫び声が、屯所に響いた。
「なんでですか!!松原さんが何をしたというのです!?彼は誰よりも新撰組が大好きだった!!切腹させる理由なんて無い筈だ!!」
縁側に立つ土方は、此方を見ずに呟いた。
表情は見えない。声は何時も通りだ。
「・・・私ノ闘争ヲ不許。だ。新撰組の隊規を破った。それだけだ。」
それだけで、人は消えると言うのか。苦虫を噛み潰したような顔で、く、と呻く。
話にならない。松原の元へ行かなければ。
「烈!!」
諌めるような閃の言葉が聞こえたが、振り返らずに松原の元へと走った。
「・・・っつ松原さん!!」
松原が居る倉庫へと向かう。番をしていた鈴谷と左之を眠らせ、中へと入る。
そこには顔を腫らせた松原が縛り上げられて倒れていた。
烈の声にかろうじて反応したらしい松原が、烈君か、と顔を上げる。
烈の胸中には、何故、という疑問で一杯になった。
「なんでです!?あなたが何をしたというのです!!」
縄を解き、仰向けに寝かせる。手を下さずとも虫の息だ。心なしか声が震えた。すぐに竹筒から水を飲ませてやる。
零しながらも完全に飲み込んだ松原が、言葉を紡いだ。
「・・・許せませんでした。新撰組をバカにされて・・・彼は、強い。僕の世界でも名を残した人だった。・・・なんとなく、彼を消せば、僕たちの時代は、少しは良くなるんじゃないか、と思ってしまいました。バカですね。人ひとりが世界を変える訳無いのに。結果、この様です。」
「・・・っつ松原さん!!貴方はまだ死んではいけない!!」
烈の必死の呼びかけにも、ただ笑うだけだった。
「もう、疲れました。そろそろ・・・・・この異端な人生に幕引きをするとします。貴方は、まだ生きる人だ。その命を大切に使ってください。貴方が貴方の生きたいように生きれる事を願っております。・・・それから、忘れ、ないで。」
悲痛な言葉だった。最後の言葉だけは悲痛な叫びだった。
「・・・歴史から、私は消されるかもしれない。わがままかもしれませんが、貴方だけは覚えていてください。私がここに居た事。それから、もし戻れるような事があったら。私の先祖に宜しくお伝え下さい。・・・・貴方は、生きて。」
ぎゅ、と烈の首に下がるペンダントを握った。涙でぐちゃぐちゃの顔で、烈は一生懸命返事をした。
「ええ。ええ。忘れません。貴方の事は私が忘れない。」
烈の言葉に満足したのか、す、と松原の力が抜けていった。
彼は、満足だっただろうか?それはもう、誰も答える事の出来ない質問だった。
これで、烈だけだ。(・・・俺は・・・)
烈は、松原のようにこの時代で死んでいくのだろうか?それともジョンみたいに戻される?
分からない。だが決断の時はそう遠くないような気がした。
* * * *
烈の手の中の物に、皆一様にうわあ、という顔をして視線を反らしてゆく。斎藤でさえも、一瞬で勢いよく顔を反らした。そんなに慣れないものだろうか?鳥はよく食べているのに。
牛の屠殺の仕方は分からなかったから、烈に手伝って貰い、一頭潰した。
ものすごくグロテスクだった。平成の世は屠殺現場を見なくて肉が味わえるのだから、便利な世だ。
心も痛んだ。ようやく可食分を取り出した頃には、二人共精神状態がボロボロだった。
「調理の仕方は分かるのか?」
閃の言葉に、うん、と生返事をする。
凄くステーキを食べたい。だが純日本人の口のステーキは合わないだろう。
出来るだけ臭みがないように調理しなければ。
「・・・・・。」
「沖田さあん。出来ましたよお。」
主に茶色が入っている膳を沖田の傍らに置く。
途端に、うわあ、と沖田は顔を歪ませた。
「なんです?それ。」
沖田の言葉に答える。
「肉味噌とすき焼き炒めです。近藤さんが牛を仕入れてくれたんですよ。カワイイ牛を捌くのには心がボロボロになりました。」
「精をつけなければ治る物も治らんだろう。ほら、残さず食べなさい。」
近藤の言葉に益々顔を歪ませる。そして口を開いた。
「なら、味見してください。そうしたら食べます。」
沖田の言葉に、土方と近藤は顔を見合わせた。
この時代では牛肉を食べるのは珍しいから、仕方がないだろう。
心の中で溜息をついて、一芝居打つ。
「えっつ?こんなに美味しい物、食べなくていいんですか?なら俺が頂きますね。」
烈の言葉に、近藤と土方は嬉しそうにそ、そうか。と言った。おいしいのに勿体ない。
数年ぶりの牛肉だ。心が弾む。
「・・・・ん、おいしい。」
やっぱり肉だ。ステーキ食べたい。
もう二口。いや三口。とろりととろけるこの食感を味わいたい。
「・・・・・食べます。」
烈の様子を見て、沖田がそう言った。
近藤と土方はほっとした様子を見せている。
「・・・・おいしい。」
意外そうな表情をした沖田は、一口、一口と食事を進めてゆく。
よかった。純日本人の口にも合ったらしい。
沖田の治療は出来る事から始めようと、食事療法から始めていた。
沖田本人は不服そうに食べるので、病人でも食べれる特別食を閃に指示して作らせている。
根気のいる治療だ、焦らず、ゆっくりと出来る事から進めていこう。
9月の晴れ渡る空にそう誓う。
松原から貰ったペンダントが揺れた。




