隣のあの子は部屋が汚い
「・・・?如何したかな?」
頭に?を浮かべる近藤を置いて、良順、烈、閃の三人は固まっていた。
一同言葉が出ない。一番最初に立ち直った烈が、いやいや、と首を振る。
「とりあえず、他も見てみましょう。ね?」
烈の言葉に、良順がお、おうと生返事をした。閃に至っては開いた口が塞がっていない。
だが他の案内された場所もこれまたひどい。江戸の衛生環境が劣悪な事を差し引いても、これは酷すぎるだろう。新撰組の屯所は、烈達が居た時より遥かに衛生環境が悪かった。
「・・・れ、烈。体調が悪い隊士はどれくらいだっけ?」
震える声で良順に尋ねられ、烈もあ、あははと乾いた笑い声を漏らしながら答える。
「全体の三分の一・・・強です・・・。」
烈の言葉に肩を震わせた良順は、何かを呟いた。
その横でえ?え?何か問題でもあった?という顔で近藤がおろおろとしている。
「・・・・掃除だ!!!!こんな劣悪な病気の生産工場みたいな所で診察なぞ出来るか!!掃除をしなさい!!烈と閃のお墨付きが出るまで、俺は二度とこの屯所には来ないっつ!!」
健康診断に来ていた筈だったが、こんなに怒った良順を見たのは、初めてだった。
「ええー。掃除なんてめんどくせえ。良順先生は何にそんなお怒りなんだあ?」
「・・・・あ?」
面倒そうに部屋の荷物を片付けている左之を睨み上げる。
正直、いくらなんでもこれはない。ないない。
あの後、土方に一番部屋が散らかっていそうな左之や永倉の部屋を手伝ってくれ、と命じられ、いつも土方の手伝いをしている閃は書類整理に駆り出された。
散らばっている褌やら、血にまみれた羽織やら。よくもこの男は病気にかからないな、と関心する。
洗濯係は確か松原達だ。左之と永倉の部屋の分の洗濯物を拾い上げ、洗い場に持っていく。
が、拾い上げた上着から何かがひらり、と落ちた。
「・・・・・?」
拾い上げてみると、浮世絵風の男女が絡まっている絵だった。
なんだっけ。これ。確かーーーー
「・・・・春画?」
ぽつり、と零した言葉に、犬のような速さで反応した隣の部屋の永倉がスタンッッ!!と襖を開けた。
「まじまじ!?俺にも見せてくれよっつ!!人がわりいぜ左之っつ!!」
きらっきら。きらっきらとした目で。
左之は真っ青になって光の速さで烈の手から紙を奪った。
「馬鹿野郎っつ!!これは俺のだ!俺の宝物だ!誰が渡すか!!」
いつの時代も人は変わらないなあ。うん。
正確には奪おうとした紙が、衝撃でパラッツ、と廊下に落ちた。
丁度歩いていた鈴谷が紙を拾い上げる。
「丁度いい所にっつ!!鈴谷、それ寄越ーーーーー」
フンッッ、とバカにした笑みを浮かべた鈴谷は、ビリッツ!!と容赦なく紙を破り捨てた。
「な・・・・んなああああああ!?!?!?!?」
悲鳴を上げた左之に、容赦なく鈴谷が言葉をかける。
「隊長、こんなの後生大事に持ってんだったら奥さん大切にしたらどうです?」
左之に止めを刺した鈴谷は、パラパラ、と紙を散らして去っていった。
「・・・・容赦ねえ。」
女ってああいう反応するのか。いいじゃないか。生理現象だ。
「あーあ。なんでえ。烈には貸してやろうと思ったのによう。」
口を尖らせながら宝物が、と拾い上げる左之が呟く。誰がいるか。エロ本のが100倍ましだ。
「興奮しなそうなんでいいです。」
烈の言葉に、心なしか永倉と左之が引いてる。
「お前・・・だから生息子・・・・・。」
「違うわ!!普通の健全な男子だ!!」
「うるせえっつ!!てめえらちゃんと掃除しろっつ!!!!!!」
鬼の土方がスパアンッツ!!!!!と襖を開けた。
* * * *
「・・・喀血に、続く咳。高熱。・・・・もう、間違いはないでしょう。」
烈の見立てに、良順が頷く。
出来れば違ってほしかった。だが運命とは大抵が残酷だ。
「・・・・労咳、ですか。」
前に会った時よりも酷く儚い印象を受ける青年が、ぽつり、と呟く。
言葉は静寂へと消えた。
こほん、こほん、と咳が響く。あとどれくらい彼は生きられるのだろうか?
間違いなく刀はもう二度と生きられないだろう。
状況は最悪。喀血したとなればもはや終末に近い。
一刻も早く治療を開始しなければ。でも治療法は?
答えようのない疑問が渦巻く。
「・・・・この事、近藤さんや土方さんには言わないでください。」
沖田の言葉に、良順が首を振る。
「そういう訳にはいかない。労咳はうつる。それに、君はここを離れて一刻も早く静養すべきだ。」
良順の言葉に、でも、と珍しく沖田が声を荒げる。
そして、彼は静かに、泣いた。
「・・・剣に、全てを捧げて参りました。ずっと、ずっと。全てを捨てて。剣が、ここが、私のすべてでした。・・・・・ならば、私は最後まで剣に生きたい。最後は新撰組一番隊隊長として、死にたい。お願いします。私のすべてを差し上げますから、土方さんや近藤さんに、言わないで下さい。お願いします。」
ぼろぼろと涙を零す沖田に、良順がしかし、と言葉を続ける。
「じきに君は立つ事さえも儘ならなくなる。そんな自分自身に絶望するのも、辛くなるのも君だ。」
良順の言葉に、分かっています、と青年は声を荒げる。
「それでも、どんな事に耐え抜いてでも、私は新撰組で居たい。私は剣を持ちたい。」
「・・・・俺が、彼を看ます。」
烈の言葉に、良順は表情を険しくする。
「いくら君でも、それは・・・・「俺なら、労咳にはかかりません。そういう薬を、俺は小さい頃に受けている。種痘みたいなものです。」
烈の言葉に、良順が驚いた表情をする。
「だから、俺が看ます。というか、俺しか看れない。だから良順先生、お願いします。土方さんや近藤さんには、まだ言わないでください。」
誰かの為に頭を下げたのは初めてだ。俺もそんな年になったらしい。
隣の驚いた視線が、やがて涙に変わり、ありがとう、ありがとう。と呟いていた。
仕方ない、という表情をした後に、良順は笑った、
「・・・君たちの言い分はよく分かったよ。今の所は、まだ言わないでおこう。沖田君、烈の言う事をよく聞くんだよ。」
まだ難しい顔をしていたが、諦めたように良順が笑った。
全直を尽くしてみよう。人事を尽くして天命を待つ、だ。
この時代で出来る最大限の事をしてみよう。
ありがとう、と礼を言う沖田を横眼に、烈はそう誓った。




