肉を食べてる時の音ってシュール
10月。気温が少し下がり、新緑が紅葉へと姿を変えようとしている季節。
良順はあちこちと忙しく動き回り、良順の代わりに診療所で烈が番をするのにも慣れてきた頃。
良順の診療所に、意外な訪問客がやってきた。
「御免下さい。松本先生の診療所は此方でしょうか。」
どこかで聞いたことのある声に、勉強していた手を止め、居間から顔をだす。
「そうです。先生はお忙しい為助手の私が番をしていますが・・・。・・・近藤さん、ですか?」
見覚えのあるガタイに、纏う人懐こい雰囲気。数か月前までよく見ていた人物の物だ。
「・・・その声は、烈君?烈君かい!?」
パッツ。と顔をあげた編み笠の下にあったのは、思った通り人懐こい、迷子の子供が親を見つけたかのような顔をしている近藤だった。心なしか声に覇気はなく、纏う雰囲気は疲れているかのようだった。
「・・客か?烈。」
丁度仕事終わりに帰ってきた閃が裏口から怪訝そうに此方を見ていた。
にゃあん、と小判が閃の足元から歩み寄ってくる。
どうやら仕事帰りに一回家に寄って小判を連れてきたらしい。
「・・!!閃君かい?」
近藤が目を丸くして呟く。閃は一瞬驚愕した表情を見せた。
「・・・!!近藤先生!!」
近藤は穏やかな笑みを浮かべ、久しぶりだね、と呟いた。
「立ち話も何ですから、お上がりください。とはいっても満足に持て成しはできませんが。」
烈の言葉に近藤はにこ、と笑うと、そうさせてもらおう、と草鞋を脱いだ。
* * * *
「江戸へは、隊士募集で?」
ちょうど鈴に貰った茶受けを出し、落ち着いたところで話を切り出した。甘い。寒天か何かか?
「それもあるよ。けど、最近どうも胃の腑が痛むんでねぇ。良順先生に診てもらおうと思ったんだよ。良順先生の顔も見ておきたかったしねえ。」
ずず、と茶を飲みながら近藤が呟いた。
良順は今日は会合とかで朝から離れた場所にいる。
「良順先生は今日は会合で夜遅くまで戻られません。・・俺が診察致しましょうか?今日はこの後、鍋を食べる予定ですから、一緒に食べていかれません?」
「うむ・・・それじゃあ、折角だから頼もうかな。」
近藤の言葉に、烈は笑顔を浮かべて頷いた。
「・・最近、変わった事はありますか?変わったものを食べたとか、新撰組で何か大きな人の入れ替わりがあったとか。」
閃は鍋の具を切りに勝手場へ行き、小判とじゃれてる近藤に問診を行う。まるで孫を見るかのように小判とじゃれてる近藤は相当疲れていたのか、表情は見たこともないくらい柔らかくなっている。小判は客人にはとびきり愛想がいい。
「食べ物は相変わらず隊士が作った料理を食べているよ。閃君が居た頃は良かったなぁ・・・彼は良い包丁人になれる。」
近藤の言葉にああ、と新撰組でたまに貰った食事を思い出す。漬物は不格好に切れ、味はしょっぱかったり甘かったり様々だった。見かねた閃が偶に空いてる時などに作るようになったのだ。閃の料理は間違いなくうまい。
「人の入れ替わりは、そうだなぁ。平助の先輩の、伊東甲子太郎という方が新しい入隊したんだ。これがまた勉学に精通なさっている方でなぁ。参謀兼文学師範を任せているよ。」
近藤の言葉に烈は眉を顰める。
伊東甲子太郎。後に新撰組を陥れようと御陵衛士という集団を作る人物だ。
・・・いきなり、参謀?しかも近藤の様子を見る限り伊東の事を崇拝しているように見える。
おそらく、原田や永倉あたりはあまり面白くはないだろう。
確かに胃の消化機能は少し衰え、弱っている。・・・ストレス性、それも無意識によるストレスの胃腸炎?
伊東は隊を二分させる人物だ。
「・・分かりました。胃に効く薬を処方致します。しばらく水で飲んで下さい。更に症状が悪化するようならまた医者にかかって下さい。」
「うむ。ありがとう。」
人の良い笑みを浮かべ、近藤は烈に礼を言った。その時、からから、と聞きなれた音と共に玄関の戸が開いた。
「ただいま。今日は会合が早く終わったよ。草鞋が置いてあったけど、誰か来てるのかい?」
丁度のタイミングで良順が帰宅してきた。
何時もは更に遅い時間で、安全の為に閃が迎に行っている。
「おや?・・・近藤君、かい?」
最初こそ誰だろう、という顔で客人を見ていたが、近藤の姿を認めた良順は、驚いた顔でそう問うた。近藤の顔はみるみる明るくなり、更に子供のように目を輝かせた。
「良順先生!お久しぶりです!おかわりはないようで、何よりです。」
「おお、おお!久しぶりだねえ!こんなボロ屋にようこそ。よく来たね。丁度今夜は鍋だ。夜通し語らおうじゃないか。」
まるで旧友のような親密さで二人は再会を果たした。そう言えば新撰組と烈達の仲を取り持とうとしたのはなんだかんだ良順だ。
「帰ってたんですか、良順先生。今日は早かったですね。」
勝手場から下仕込みが終わったのか、前掛けを外しながら閃が顔を出した。
「ああ。今日は隣町の俊法先生に送って頂いたから大丈夫だったよ。鍋の準備が出来たようだね。」
閃から香るねぎの香りに、烈は囲炉裏に火をくべた。
「ええ。持ってきます。」
笑みを残して閃が居間を後にした。
「にゃあん。」
ちりん、と鈴の音が鳴り、足元に温もりが現れる。普段はしないくせに、体を押し付けてくる。腹が減ったらしい。
「はいはい。閃に何か貰ってーー「ああそうだ。小判にもお土産があるよ。はい。」
そう言って良順が取り出したもの。
ーー鼠?
「・・・先生、鼠は衛生上あんま・・・」
「うん、だから手拭いに包んで来たんだ。会合場所の家の先生の所の米櫃に潜んでいてね。猫を飼っているだろうって、貰ったんだ。小判は鼠はあまり好きそうじゃ・・・」
瞬間、物凄い音がしたかと思うと 良順の手拭いの上から灰色の物体が消えた。そして目にも留まらぬ速さで縁側の下に隠れた。
「・・・好き、みたいだね。」
「・・・ええ。」
何アレ。
あんな小判初めて見たんだけど。
・・・つーか鼠食うのかアイツ。今頃縁側の下には・・・やめておこう。
「持ってきましたよ。鍋にしましょうか。」
閃の言葉に、一同見た光景を忘れ、囲炉裏を囲んだ。
「それでは、再会を祝って。乾杯!」
熱燗の程よい熱さが喉を通る。心地よい。
月が綺麗な夜だった。良順がふと口を開く。
「・・・そう言えば、そろそろ良い人の一人や二人、居ないのかい?烈。」
酔いが回ったのか、珍しくそんな事を言われ、顔が強ばる。
「あ、ははは・・・居ませんよ。今は、医学が恋人と言いますか・・・あはは。」
いい人の一人や二人ぃ!?
コミュ障でおっさんな俺に今更出来るか!!!むしろ紹介して欲しいわ!!!!
投げやりな気分で今まで接した女性を思い出してみる。
あれ・・・・俺こっち来る前家族しかまともに接した女性いなくね・・・・
「そりゃあダメだよ、烈君。家族というのは、いつでも心の支えになり、自然と帰る場所にもなるんだよ。暖かい気持ちになれる。それが、家族というものだ。必ず所帯は持った方がいい。」
鍋の軍鶏を頬張りながら、近藤が口を出す。
そういえば誠実そうな顔して不美人という理由で嫁さん選んで妾も京都に何人もいるんだっけ・・・・・
世の中おっそろしい。ちなみに良順が遊郭などに通っている姿は一度も見たことはない。バレないように上手くやっているのかもしれないが。いやそりゃ俺だって所帯持てるもんなら持ちたい。
「・・・せ、閃はどうなんだよ?」
こうなったら転嫁だ。悪い閃。
今だけ酔っ払い共の餌食になれ。
閃は一瞬此方を睨んだが、取り乱した風もなく冷静に答えた。
「今はそのような事に現を抜かしている暇はない。」
ぴしゃり、と冷静に答える閃に、酔っ払いは不満そうな声を出す。
「お鈴さんはどうするんだい?閃。中途半端に期待させておくだけではないだろうね。」
ぎろ、と良順が閃を睨む。めんどくせええええよ酔っ払い。
近藤も良順も顔を真っ赤にして杯を傾けていた。明らか飲み過ぎだ。
だが二人とも日頃の会合や遁走で疲れている。だからこういう時でなければ悪ふざけや悪酔いは出来ないのかもしれない。
「・・・熱燗、追加してきます。」
だが酔っ払いの酒の肴になってやる謂れもない。頑張れ閃。リア充には容赦なくがモットーなんだ悪い。
助けを求める閃の視線を振り切り、盆を持って廊下へ出た。やっぱり月は変わらず綺麗だった。




