負けるな日本男児
チュン、チュン、と朝日が差し込む。
なんて平和な朝。ニート時代は人が怖くてカーテン締め切ってたなあ。
「・・・。」
身体が硬い。
そういや、あのまま寝ちゃったのか。
肌蹴た半襦袢を直しながら起き上がる。
閃を探すとそれらしき姿は見つからない。
まだ朝の5時くらいだというのにもう起き出して朝餉を作っているらしい。いい匂いが漂ってくる。
器用に身体を丸めて寝る良順に夜着をかけ、髪を紐で結ぶ。水晶がかちり、とぶつかった。
* * * *
「今日は一橋公の診察をしに登城する。恐らく数日間はそうなるだろう。烈、閃、付いてきてくれるかい?知恵を貸して欲しい。」
味噌汁がおいしい。今日の具材は大根と白菜。日本人で良かった。
絶妙な塩加減だ。
「了解しました。・・一橋公はどこか、具合が悪いんですか?」
烈の言葉に良順はああ、と頷いた。
「度重なるご公務で無理が祟ったんだろう。やせ細り、疲れているようだ。」
「そうですか・・・。」
徳川慶喜。第15代目の将軍。
そして、最後の将軍。
確実に歴史は進んでいる。
それも、知っている通りに。
良順がどんな人生を過ごしたかは知らないが、死亡フラグは確実に立っている。
(・・・少し、流れに身を任せすぎたな。)
生きる為に、武術を身につけた。何時の間にかそれが人を救う為になっている。
そろそろ、行動しなければ。
嵐の前の静けさのような平穏に、目を閉じた。
* * * *
「面を上げよ。」
凛とした声はどこか弱々しい。
初めて謁見する烈は武士階級でもなんでもない。医師として、謁見が許されたのだ。
「・・・久しぶりにございます。慶喜様。道中お変わりはありませんか?」
にこり、と人好きのする笑顔で良順が労わる。慶喜はどこか疲れた顔でああ、と呟いた。
「早速、診察させて頂きます。失礼致す。・・・烈。」
「はい。」
烈は聴診器と打診の為の打器を取り出す。
念のため、この部屋には護衛と閃以外の人員は人払いした。
「それでは。」
トントン、トントンと左手の中指を右手の中指で叩く。横隔膜の可動域と肝臓の大きさ等を調べる為だ。
これは姉の灯から習った。
原始的な診察方法だからとあまり練習しなかったが、役に立つ時が来た。
(・・臓器に異常はなさそうだな。)
* * * *
「・・・異常が見つからない?」
良順が声を潜めながら眉を寄せる。
こくり、と烈は頷いた。
「先生もご覧になったでしょう。問診を聞く限りは眠れない不眠だけです。恐らく精神的なものによる不眠、それから過労です。暫くは公務を休ませ、人から離れさせた方がよいでしょう。」
烈の見解に良順はうーむ、と唸った。
この時代は精神病については医学的対処はあまり確立されていない。
「それでは阿片を・・「まだか。家茂の能無しの犬。何をこそこそしている。」
苛立ったようにガンッと慶喜が畳を叩く。
畳が擦れた。
(鉄扇とか・・・なんて危ないもんもってやがる。)
よく見れば慶喜の周りは畳が擦れまくっている。
良順がはっ、と慶喜に傅く。
「不眠を改善する為に、少量の阿片を処方致します。食事量を増やして数日お休み下さい。」
良順の言葉にひゅっ、と何かが良順の頬を掠めた。
鉄扇、だった。
「必ず治せ。何が何でもだ。できなかった暁にはそちの首を頂く。」
「・・・っ!!」
良順の頬には一筋の赤。
長巻に伸ばしかけた手は、閃によって慶喜から見えない位置から抑え込まれた。
「この不快な診察、暫くは受けてやる。はやく阿片とやらを処方しろ。所詮貴様らは薬に頼らねば何も出来ぬ能無なのだからな。」
びしゃあ、とそばにあった熱々の茶を慶喜は良順に投げた。
良順は頭を下げたまま耐えている。
「・・・っ・・!」
反対の手を懐の鉄扇に伸ばす。だが閃の抑え込む手の方が早かった。
(落ち着け。今ことを荒立てれば死だ。)
閃に腕を精一杯抑え込まれながら諭され、烈はぐ、と言葉を飲み込んだ。
こんなに人を馬鹿にした大将が居るだろうか。こんな人が最後の将軍?
左之は、沖田は、新撰組は。
こんな人の為に、死ぬのか?
浮かんだ幾つもの疑問は悔し涙と共に消えていった。




