油揚げにはチーズ!!
「そろそろ終いにしましようか。冷え込んできた。」
良順の言葉で今日の診療は打ち切りとなり、烈は井戸で顔を洗っていた。
ふ、と誰かの気配がして、なんとなく後ろを振り向く。
「・・・・?」
そこには血塗れの狐が座り込んでいた。
「・・・!おい!」
閃、と呼ぼうとして戸惑う。
狐の面の時に閃、と呼ぶなと言われたからだ。
慌てて駆け寄ると、黒い着物から血が滴る程出血していた。
「どうした?誰にやられた!」
「なんですかあなた達は!!!」
烈の声と被るように良順の声が響いた。
「・・・!」
閃を一瞥し、持っていた包帯で強く止血する。いくつかは残りの力で自分で止血したらしい。閃を担ぎ上げると、座敷を目指した。
慌てて閃を寝かせて良順の元へ向かおうとする。だが、腕を掴まれた。
「・・・手当は、お前がしろ・・・・正体をバラす事は出来ん。」
「・・っ!だけど縫合なら確実に先生のほうがっ!」
「・・盲腸の手術をやっただろう。・・っ、お前、なら、出来るっ・・・頼む!」
「・・・まってろ。」
複雑そうな顔をして烈は良順の元へと今度こそ向かった。
そこには胸を押さえた男と、それに肩を貸す黒い着物に身を纏った男がいた。黒い着物の男は頭か目かは分からないが、血が出ている。
「・・・手当を、しろ・・・・・こいつは願いじゃない、命令だ。」
男が銃を良順に突きつける。
「・・・!」
咄嗟に長巻に手をかけた。だがそれを良順が制し、口を開いた。
「・・座敷に、運んでくれ。」
ふ、と閃を思い出す。もしかしたら。
「・・先生、座敷は今諸事情で空いておりません。・・診療台の方が宜しいかと。」
烈の言葉に良順は目を見開く。そして頷いてくれた。男達が診療台に向かったのを確認し、烈は耳打ちした。
「・・私の道場の級友が怪我をして、重体です。訳あって素性は明かせませんが、私はそちらの治療をさせて下さい。」
良順はしばし思考を巡らせ、眉間に皺をよせた。そしてわかった。と返事をした。
「器具は君に与えた物を使って良い。必ず助けなさい。」
良順の言葉にしっかりと頷き、烈は駆け出した。
* * * *
「待たせた!脱がすぞ!」
万が一に備えて渡されていた狐の目の部分のみの半面を閃の顔に被せ、着物を脱がせてゆく。じわりと汗と血が烈の手に伝わった。依然として閃は苦しそうに呼吸している。気管は無事らしい。
帷子を脱がせ、キツく巻かれた晒しや包帯を大きい出血原はそのままに、解いて行く。
すると大きな傷や小さな傷が様々に顔を出した。
「・・・!」
火鉢を寄せ、必要な器具を作業域に置く。
臓器は奇跡的に傷付けられていないらしい。だが袈裟懸けにやられている大きな傷と、第二胸骨部あたりの突き傷を止める必要がある。
手早く絹糸を取り出し、人生最大限に集中した。
* * * *
「・・・あれは、誰だ?」
現代で言うカルテに墨で経過良好、と記しながら烈が呟く。
大分筆で文字を書くということに慣れたと思う。これは鈴から習った。
時は早朝。術後の経過が心配だったが、帰ると言い張る閃に渋々家まで背負い嘉六を叩き起こして頼んだ後、良順宅で縫合を手伝った。胸を押さえた男はなんと、三國だった。彼は今も意識不明だ。
へとへとで帰った烈を、眠りこける嘉六と大量の掻巻に埋もれる閃が迎えた。掻巻から閃を助け出した所で、
目を瞑る閃は暫く目を閉じ、口を開いた。
「・・・・鬼灯の手下だ。呼び子と三國に見つかって、三國を反射的に・・・・。」
閃はぐ、となにかを堪えるように言葉を飲み込んだ。にゃあん、と小判がすり寄ってくる。
「・・閃。仇討ちはおやめなさいと言っているでしょう。」
いつの間にやら起きたらしい嘉六が、小判を引き寄せながら呟いた。声は心なしか低い。
「・・・俺から襲撃した訳じゃない。襲撃、された。恐らく・・・狐火が俺だとばれたんだ。あいつに。」
「ふぅむ・・・名前を変えたり、細心の注意を払いましたがねぇ。・・・閃、暫く斎泉の元に身を寄せなさい。この家にも帰らないこと。それから・・・睦と名乗りなさい。」
嘉六がそう呟く。
・・・ばれた?いや、それより・・・・
「・・家に帰らない、とは?」
聞き違いか、と嘉六に尋ねる。鬼灯に狙われたくらいで、そこまで?
「言葉通りです。今の我々では、鬼灯には太刀打ち出来ない。貴方も見たでしょう。鬼灯が閃より傷を受けていない事を。あれから必死に鍛錬を重ねた閃がこの様です。閃は暫く身を隠します。」
嘉六の決断を、烈は黙って聞いていた。
鬼灯の男は、確かに閃程の傷では無かった。
閃の顔を見る。閃は悔しそうに俯いていた。
「・・なにも、今生の別れではありませんよ。烈。暫くは接触は禁止ですが・・・腕は確かな者の下に置いておきます。心細いのは分かりますが、閃の為です。」
烈の心を見透かすように嘉六が笑う。烈は曖昧に笑った。
・・・閃が、知らないうちに死んでいたら・・・・?
そんな不安がよぎる。だが頭を振り、必死に考えを纏めた。
「夜が明けたら三本杉の寺に閃・・いえ、睦を移します。」
三本杉の寺。死刑囚の解剖の夜道で襲撃された時に行って以来だ。
言いようのない不安がよぎった。
* * * *
「・・・それではお願いしますね、朝司。ほとぼとりが冷めたら引き取りに来ます。」
嘉六の子供であり閃の師である斎泉は今丁度不在で、あの時出てきた小姓の格好をした朝司という少年が出てきた。
朝司と呼ばれた少年は閃に肩を貸しながらこくり、と頷いた。
閃は難しそうな顔で此方を見ている。
「・・・嘉六、から「む」烈、から「つ」で、睦、です。」
そんな閃を見かねてか、嘉六が口を開いた。
「繋がっていますよ。安心して下さい。・・・恋人の別れではないんですから、そんなしんみりしない。」
嘉六の言葉にう、と詰まる。
だって、だって。
明日からどうやって生きよう。
夜中とか怖くて寝れねえええリアル江戸時代だよ?浴衣着た人とか落武者とかいるよ?うわあああああだから一人暮らしは嫌なんだよビビりだよわりーかよぉあああああああああ
一方、閃の胸中は師と一緒に生活するのか?殺されかけた思い出しかないぞ?え?てか烈と離れるの?怪我したらどうすればいいの?え?という思いで一杯だった。
こうして不安な別々の生活が始まった。




