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お腹痛いと神様に謝りたくなる

「先生!急患だ!腹を痛がってる!」

平和な冬晴れの昼下がり。松本良順の診療所に一人の男の声が響いた。


良順の代わりに慌てて飛び出た先には、戸板の上に顔を真っ青にしながら腹を押さえる一人の男が運ばれてきた。


「・・・!座敷に運んでください!すみません、貴方、今すぐ勝手場に行って湯を沸かしてください!」


一番近くの男にそう指示し、運ぶのを交替する。座敷に運び込まれると、直ぐに腹を触診した。


(右上前腸骨棘と臍を結ぶ線を3等分した、右から3分の1の点・・・!)


症状からある一つの病名が浮かび、佑にならったマックパーネー点と呼ばれる点を指で押す。すると、男は更に痛がった。


・・・ビンゴ。

(虫垂炎、か。)

念のため左側を下にして側臥位にし、同じ点を押す。すると、更に痛がった。

物凄い足音が聞こえた後、診察を終えたらしい良順が飛び込んできた。



「急患か!どうだね烈君!」

良順の言葉にすぐに烈が答える。

「・・・虫垂炎・・盲腸です。」


烈の言葉に運んできた四人と、良順がざわり、とざわめき出す。

良順がすぐに触診に入った。


「・・先生、どうなんでぇ?伊助(いすけ)は!」

不安そうに運んできたうちの一人が不安そうに良順を見る。良順は難しい顔をして首を振る。


「・・・見立て通りだ。もう何も出来ん。」


四人が顔を真っ青にする。

ずっ考えていたらしい烈が顔を上げた。


「いや、開腹手術をして、虫垂を一部切り取れば助かります。・・先生。縫合術は出来ますね?」

烈の言葉に外野がざわめいた。

「開腹って・・・助かるんかえ?そんなことしたら「助けたいかどうかです。・・このまま見殺しにするか。確率は少ないながらも開腹手術をして助けたいか。2つ、です。」


烈の毅然とした言葉に四人と良順は黙った。

うう、とただ男が呻く声だけが響く。

そのうち一人の一番年をくっているだろう白髪の男が口を開いた。


「・・いい刀を持ってますなぁ。お侍さん。ワシらは、鍛冶屋をやっとります。お侍さん達はワシらの刀に命を預けて戦うんですなぁ。・・そんなワシらが、お侍さんに命を預けんで何が鍛冶屋と言える。」



穏やかに、しっかりとした口調でそう、言った。


「・・・平次(へいじ)さん、音松(おとまつ)さん、勝己(かつみ)さん。伊助さんの命、このお侍さんと先生に預けてみませんか。」


老人の言葉に、四人はぐっ、と押し黙る。そのうち、平次、と呼ばれた男が頭を下げた。

「おねげえします!伊助は一番若い鍛冶職人。どうか、どうか助けてくだせえ!」

男に続くように三人が頭を下げた。


「おねげえします!!おねげえします!」


手足がすくむ。できるかどうか、わからない。だがこのままでは確実に死。こわい。もし、死んだら。人の死は重い、と姉が言っていた気がする。

だが良順にも、出来ない。自分しか、出来ない。

やるしか、ない。


烈は深呼吸をし、指示を出す為、不安を取り払う為、叫んだ。


「先生、外科器具と絹糸はありますか?」

「ああ!もちろん。」


「では平次さん。台所で外科器具と絹糸を湯の中に入れて消毒して下さい。先生、生阿片の準備をお願いします。それから音松さんは伊助さんの服を腹が見えるよう脱がせてもらえますか?勝己さん、焼酎の準備をお願いします。御老人、伊助さんが気を失わぬよう声をかけて下さい。」


一気に叫んだ烈の言葉に、各々が承知、と駆け出した。


やるしか、ないんだ。

後悔をしない為に。


烈は白い術着に袖を通した。


* * * *


すう、と線の通る場所を左右に開き、烈は人生で初めて人を切っている。

斬る、と切る。前者は確実に現代では聞かない言葉だ。少なくとも、この国では。


烈は最大の集中力を持って手術に臨んでいた。額に汗を浮かばせながら、良順はしっかりと烈の手元を見ている。


思い出せ。今まで、散々やらされてきたし、此方に来てからも何回かやった。佑に練習を沢山させられた、摘出手術。

主に魚や蛙でやってきた。時たま鼠などもあったが、お陰で現代っ子よりは幾らか開腹に耐性がある。


勿論良順も卵巣水腫摘出開腹術の助手を務めた事もあるし、死刑囚の解剖もした。だが、摘出手術においては数は烈の方が多い。


畜生、絶対ニートの俺ならやらなかったよ。


そうこうしているうちに赤黒く光る物体の中から目的の物を見つけた。

「先生、栄養血管を縛ります。糸を下さい。」

絹糸は異物反応が出ない。だから現代でも最近まで使われていたのだ。ちなみにこの手術、摘出が終われば縫合は良順がする事になっている。


手渡された紐で栄養血管を縛り、虫垂を根元で手早く縛る。まだ1月だと言うのに部屋の中は熱気で溢れている。其れ程各々興奮しているのだ。


いよいよ、摘出だ。


ふ、と眼前が暗くなった。


・・・え?

前も、何も見えない。暗闇。闇。闇。そこはかとない。闇。

不味い。ヤバイ、やめろーーーー

地を這うような声が耳に響いた。


【医師免許も持たぬお前が、本当に良いのか?本当に、人を殺さないと誓えるか?迷いのあるお前に、手術を成功させられるのか?怖いだろう、哀しいだろう。姉も、義兄も、殺したお前に、なにが出来る?】



やめろ。やめてくれ。出してくれ。


身体が強張る。汗が沢山出てきた。


途端、耳に声が響いた。


「しゃんとせえ!五百夜 烈!」


はっ、と声のする方を見ると、そこには息を切らした鈴と閃が立っていた。どうやら、鈴の方が叫んだらしい。


「・・馬鹿野郎、アンタが不安でどうする!?その患者さんはどうするのよ!アンタしかいないのよ!アンタがしゃんとしなくてどうするの!」


鈴の言葉に、烈は頭を殴られたような気がした。


閃が諭すように続ける。

「・・烈、不安を覚えることで、何の得が生まれる?何の利益がある。・・・『お前は何を、迷う?』」


それは嘗て烈が閃に言った言葉。

烈は、にこり、と笑った。


ああ。いい仲間を持って幸せだ。

だから、俺は心置きなく進める。


メイヨー剪刀に似た鋏を持ち、他の臓器を傷付けぬよう、虫垂を切除した。


「・・摘出完了!創部と残りを縫合お願い出来ますか?」


烈の言葉に良順はニコリと笑い、心得た、と答えた。



「・・!烈!」

ばたり、と烈はその場に崩れ落ちた。

慌てて埃を立てぬよう、閃が駆け寄る。


「・・気疲れしたみたいだ。隣の部屋に寝かせてくれるかい?」


良順がにこ、と笑い、閃は仕方ない、と烈をおぶった。


心なしか、笑っていた。


* * * *



ぼんやりとした景色が、やがてはっきりとした物になる。木目が視界に入り、あれ、寝てたっけ?と目を擦る。


「・・起きたか?」

優しく問いかける閃の言葉に、なんだか寒気を覚えつつ、答える。


「・・気、失ったのか。恥ずかしい。・・・お鈴ちゃんは?」


「良順先生の所だ。・・お前が手術をする、と彼女が朔乃殿から聞いたそうで、教えに来てくれた。」


あのおばさん、本当なんでも知ってるな。


「気が付いたようだね。気分はどうだい?」

すう、と襖が開き、良順と鈴が入って来た。


「・・先生、伊助さんは・・・?」

烈の言葉に、良順はにこり、と笑う。


「経過は良好だよ。隣の部屋で平次さん達が看てる。お疲れ様。」


経過は、良好。

その言葉に、何よりの安堵を覚えた。

良かった。まだ安心は出来ないが、本当に。本当に。


「良かった・・・・!」

思わず涙が流れそうになり、必死に手の平で目を抑えながら安堵の言葉を放つ。

良かった。本当に良かった。


助かった事。生きている事。


「・・・お鈴さん。貴女の声がなければ、手術は失敗していた。閃。・・ありがとう。二人とも、本当にありがとう・・・!」


烈の言葉に、二人は微笑った。


「・・・烈くん。いいや、五百夜先生。」



良順が、そう切り出した。五百夜先生?


「やめてください!五百夜先生って、私はまだ医師試験にも・・」

「いいや、呼ばせて頂きたい。盲腸は、私達の知識では患者が苦しみ死にゆくのを黙って見ている他ありませんでした。だが先生はそれを治した。見たこともない、摘出手術で。聞けば、閃くんの脚気も治したとか。」


その言葉に、うわ、と烈は思考した。

恐らく言いふらしたのは嘉六だ。あのジジイ、余計な事を。


「私と先生、2人が知っている事を合わせれば強大な医療の力になる筈。先生は、夷狄から逃げ出してきたとか。・・お願い致します。先生の知っている術全て、ご伝授頂けないでしょうか。」


良順がしっかりと、頭を下げた。

烈は逡巡し、うん、そうだ。と頷く。


「ひとつ、条件があります。私の知っている術を、本などに書き記して後世へ遺さないこと、それから、決して口外なさらないこと。」



良順は顔を上げた。それでも、と、まるで泣きそうな子供のように頷く。


「お願いいたします。この良順、全力を尽くして約束を守る所存。」


「・・・よろしく、お願いします。」




ぎゅっ、と、少しかさかさの手で、良順は烈の手を包んだ。

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