火遊び注意
「お里ちゃん。」
一人の、少し低い男の声に、少女はびく、と肩を震わせた。無意識に犬の根付をつかむ。助けて。助けてーーーー
「あれ、覚えてない?良順先生の手伝いしてる、烈、って言うんだけど。」
その言葉に、少女は記憶を探る。
ああ、うん。確かに居た気がする。
こんな男が。
懐の薬を握りしめ、男の方を向く。
気づかなかったが、男は一人ではなかった。闇に溶けそうな黒い着物を着た男が、烈の少し後ろで里を見下ろしていた。
「・・こんばんは。」
警戒を孕んだ声に、烈は苦笑する。
出来るだけ優しく、ゆっくりと声をかけた。
「こんばんは。こんな夜に、どうした・・・」
ひゅん、と一迅の風が吹き抜ける。
「・・・!?」
カン、と乾いた音がして、不味い、と瞬時に烈は後ろを向いた。夜の不意打ちは、閃が暴走する。
だがそんな心配はいらなかったらしい。
悪い意味で。
あの閃の刀を、弾いた侵略者は、閃の首に刀をつきつけた。
「動くな。」
低く、殺気を孕んだ声。
閃でさえ、反撃出来ない程の達人。
瞬時に烈は負けを悟る。
「・・・久しぶりだな、若。」
男の声に、閃は暴れ、拍子に男の腕から逃れた。
「・・・っ!この瞬間を待ってた。殺す!最大限の痛みを与えてからぐちゃぐちゃに殺してやる!てめえの原型留めずに皮剥がしてからゆっくりと殺してやるよ!」
通常とは明らかに違う血走った目で閃はそう叫び、何かを口に含んだ。
次の瞬間、明るい光が目の前を覆った。
閃が、火を吹いた。
少女の顔を咄嗟に庇い、自分の顔も伏せる。
少しだけ見えた景色では、閃の倍もある火を男が吹き、閃の火を包み込んだ姿だった。
閃は高く飛び、火を避けながら布を巻いた長巻の先に火を宿し、男に向かっていく。
男は目にも留まらぬ速さで閃を、斬った。
漫画みたいに、閃の腕から、胴から、頬から。ぶしっ、と血が出た。
「・・閃っ!」
閃の元に駆け寄ると、閃はぎり、と歯軋りをした。
「・・・げほっ!げ、ほっ!うえっ・・・げほ、げほっ!!!」
男が、激しく咳き込む。
閃は立ち上がり、男の元へと向かおうとした。
「・・・やめろ!閃!」
すかさず後ろから羽交い締めにする。
閃は暴れた。
「・離せ!烈!そいつは鬼灯だ!俺の・・・親の、仇!!」
鬼灯、その言葉に烈は詰まる。だが、確実に負けてしまう。今は。
そうこうしてるうちに、一人の少女が閃達の前に立ちはだかった。
「やめて!肺炎なの、この人死んじゃうわ!」
目尻に涙を沢山ためて、少女は悲痛な顔で叫ぶ。だが閃は止まらなかった。烈は瞬時に理解した。今までの薬は、全て。
「・・ごめんな。」
ぼそり、と謝り、烈は強く閃の頚椎を叩いた。だらん、と閃が下がった。
* * * *
「やっぱり、薬、飲んでなかったんだね。」
烈の言葉に少女はこくり、と頷いた。
「あの左門さん、悪い組織、やめたんですの!だから悪い事やめたんです!そしたら頭にひどい目に合わされて、肺炎を患ってしまったんですのよ。」
必死に少女が弁解をする。
鬼灯は、やめたのか。烈は柳の木に寄りかかる閃を眺め、左門、と呼ばれた男に向き直る。
「・・睨まないでください。今の貴方には、私だって負けません。肺が弱いのに、肺を使って・・・・」
溜息をつきながら男を診察する。どうやら、薬は毎度飲んだらしく、病状は回復過程にある。が、こんな寒い所では治るものも治らない。
「・・・あんた、家は?」
烈の言葉に左近は言葉を飲んだ。
代わりに、少女が慌てて答える。
「今はっ!無いんですけど、これから・・・」
「・・・治療する代わりに、一つ、答えろ。それが出来なければ治療はしない。」
烈の突き刺さるような声に男はけっ、と笑った。
「それのどこに俺の利点がある。治療なんて「いいのか。」
ぐ、と左近と距離を詰めて少女に聞こえぬよう囁く。
「いいのか。このまま彼女は肺炎で死ぬ。お前に薬をやるばかりに。」
烈の言葉に、ぐ、と男は言葉に詰まった。
「・・・答えられる範囲なら、答えてやるよ。」
男の言葉に、烈は口角を上げた。
マフィアの取引ってこんなもんか?随分精神が図太くなったもんだ。
* * * *
ぱち、ぱち、と火の粉が音を立てて舞っては消える。閃を里に任せ、烈は宿屋の一室で正座をしていた。
「・・・聞きたい事、とはなんだ。」
なかなか口を開かない烈に痺れを切らしたのか、左近は口を開いた。
烈は手短に言おう、と顔を上げる。
「・・・鬼灯、とはなんだ?何故お前と閃は火を操れた?」
核心をつく。余計な事はしない。
聞いていいものか、分からない。
男はギロリと睨み上げると、ひげを摩りながら口を開いた。
「・・・頭は、代々火を操れる一族。その火芸を頭は手下達に教えた。だから、俺は火を上手く操る術を知っている。」
その言葉にこくり、と頷く。
あの時閃と左近は恐らく酒を口の中に含み、蝋燭の火を顔の前に持っていく事で酒を吐き出し、火を吹いたのだ。布には恐らく酒が付いていた。あくまで烈の推測だが。
「俺は一団をいざこざから抜けた後に頭に見つかり、ある術をかけられた。恐ろしい、それは恐ろしい術だった。」
がたがた、と左近は急に唇を青くし、身体を震わせた。余程恐ろしい術らしい。
「・・っ!その、術、って・・・?」
思わず息を呑むほどの様相に、烈はなんとか言葉を捻り出す。拷問だろうか?だが、その痕がない。目立った古傷等も目に入らない。
男は顔を真っ青にし、物凄い形相で首を振る。
「・・・言えない。だが、言えることがある。若は、鬼灯の一人たりとも勝てない。」
* * * *
「・・・っ!」
意識を戻したらしい閃が跳ね起きる。
烈を認めると、烈に掴み掛かった。
「あの男は!ここは、どこだ?」
「落ち着け。お前の家だ。あの男は、鬼灯を抜けたらしい。」
烈の言葉に閃はすとん、と座り込んだ。
「・・・知るか。それでも、仇なんだよ、」
泣きそうな声で閃が呟く。
その姿に烈は口を開いた。
「・・・最後の鬼灯の居場所は、多摩らしいぞ。」
烈の言葉に閃は目を見開く。
その様子を横目に、烈は左近の最後の言葉を思い出しながら、夜の月に目を向けた。
『最後に・・鬼灯の頭は、若・・今は、閃だっけ?の、兄貴だ。』




