意外な奴程早く結婚する
松本良順。確か、奥医師となった後に新撰組お抱えの医師となり、軍医になる人物。
・・・めっちゃくちゃ有名じゃねぇかぁああ
「・・・どうしました?」
不審に思ったのだろう、男が声をかけた。
「あ、いえ。先生ですね?生憎診察中ですので・・・此方へ。」
そう言って烈がくるり、と方向を変えた。
かたじげない、と良順も付いてくる。
うわあああ俺松本良順と話してる!話してるよぉおおあ
心臓が興奮でばっくんばっくんしてる。
うっわああああ。
烈は良順を座敷に通すと、お待ちください、と退出した。いいのか?俺関わっちゃっていーの!?
興奮冷めぬまま嘉六の居る場所まで急ぐ。
うわっ。やっぱ床冷たい。靴下欲しい。足袋じゃダメだわ。
診察をしている嘉六の元へ行く。
丁度1人の患者の診察が終わった所だった。
診察の代金だろう。患者は大根と卵を置いて行った。嘉六の診療所に人が沢山来るのはこういう理由だ。"生きるのに必要なもの"を、金が払えない患者には貰っている。
足袋や野菜、手拭い、羽織なんかだ。
嘉六曰く、食うのに困らなければそれでいいらしい。
嘉六の元へ近付き、耳打ちをする。
「先生、松本良順先生がお見えになっております。」
その言葉に嘉六は目を細め、そうですか、と呟いた。患者はあと2人。とりあえずここで一旦終了する、と嘉六が宣言した。
烈は札を裏返しに行き、茶を出そう、と調理場へ向かった。
* * * *
「久しぶりですね。まだくたばっていませんでしたか。順之助。」
ずず、と茶を啜りながら嘉六がそう笑顔で呟いた。ちょ・・・何言ってんのこの人ぉおぉぉお腹黒もいい加減にしろよ!てか先にくたばりそうなのアンタだからあああああ
「曾孫に囲まれるまで死ねません故。お久しぶりですなぁ。六斎殿。どうですか?斎泉殿は?」
ろくさい?さいせん?
烈が首を傾げていると、嘉六は溜息をつきながら口を開いた。
「あの歳になっても野山を駆け巡っていますよ、あの馬鹿は。銈太郎殿は?」
「相変わらずですなぁ。こちらのは、語学勉強に励んでおります。」
訳の分からぬ会話から抜け出そうと、烈は立ち去ろうとする。だが思わぬ人物が説明してくれた。
「銈太郎殿は良順先生のご子息だ。斎泉は嘉六先生のご子息。・・だ。」
「閃!」
仕事帰りだろう。狐の面を腰に下げ、黒い襟巻きをしていた。
というか、今聞き捨てならない言葉を聞いた気がするが。
「久しぶりだねぇ。閃君。元気だったかい?」
良順が穏やかな物腰で問いかける。
閃はお久しぶりです、と挨拶をした。
「・・・ごしそく?」
気になるワードを声に出す。
むすこ?え?そんなの、一回も聞いたことない、けど?
「更に言えば、閃の師匠、でしょうかねぇ。お帰りなさい、閃。」
のんびりと嘉六が呟く。
え、ええええ。
結婚してたのかこの坊主!!!!
医者がモテるのは万国共通?いや、よく見ればなんかイケメンかも。
自信がどんどんなくなってゆく。
うわああああ。
更に、師匠!?世も末だ。閃はちっ、と舌打ちをしていた。
「しかし、久しぶりですねえ。本当に。今は、良順、でしたか。噂は届いていますよ。」
「ええ。久しぶりです。・・・弟子を取ったのですか。弟子を取らないので有名なあなたが。」
くす、と良順が烈を見る。
とらない、というよりは逃げ出す、の間違いじゃ・・・
本気でそう思う程ここでの仕事はハードだ。そのお陰か、めきめきと知識は育っている。
「ええ。誰よりも経験と知識は負けさせないつもりですよ。知識の吸収も速い。もう一、二年すれば医師試験にも合格するでしょう。・・・足りないのは、経験だ。」
一、二年は買いかぶりすぎだろう。確かに既に医学部3.4年相当の知識は持っているつもりだ。まあ、これはニート時代に培った少ない睡眠で効率よく身体を動かそうとした結果、勉強時間が確保出来たお陰だが。
ニートやってて良かった!
感謝する日がまさか来るとは。
「・・・順之助。これから、如何する気です?」
嘉六の質問に、良順は茶を啜り、んん、と感嘆を漏らしてから口を開いた。
「とりあえずは江戸で数月は過ごす気です。蘭方医との寄合もここの方がやり易い。その間、仮の診療所を開きます。」
その言葉にふむ、と嘉六が漏らす。
少し考える仕草をしていた。
良順が、江戸に居る。その言葉に少し、興奮した。あの良順に出会えた。あの良順と話せた。感無量。一生の自慢にしようではないか。
そんな烈の興奮を更に加速させるかのように、嘉六が口を開いた。
「・・・順之助。これは、私、嘉六のお願いです。ここの弟子なる者、五百夜 烈を弟子にしては頂けぬか。」
烈の思考が完全に、停止せた。




