五十歩下がって二歩進む
たんっ。小気味よく、襖が開いた。
顔を上げると閃が居た。
持っている盆には夕飯なのか、茶碗と箸が影を落としながら乗っていた。
閃は盆を置くと隣の部屋から火種を行燈と火鉢に移し、烈の部屋の真ん中にどかっと座った。橙の光が部屋を包んだ。
「・・・なんだよ。」
変な空気に耐えきれなくなり、烈が口を開く。閃はなんでもないように箸を持ちながら答えた。
「一人で食う飯は不味い。」
そう言うと、白米を箸ですくい、咀嚼し始めた。
閃は何も言わず、ひたすら飯を食べている。
「・・・閃。あの、さ。俺、いつまでここに居ていい?」
ずっと気になっていた事。
声が少し震えてしまった。
手慰みに、小判をくすぐる。
にゃあん、とまた鳴いた。
閃は味噌汁を飲み込むと、口を開いた。
「・・・さあな。自分で考えろ。・・・ただ、一人で食う飯は不味い。」
はっ、と、。顔を上げた。
じんわりと心に何かが広がった。
単純な言葉。シンプルな言葉。
だが、烈にとっては希望にもなる言葉。
「・・・俺、さ。帰っても、誰もいないーー全員に忘れられた、一人ぼっちの人間なんだ。」
強い恐怖と孤独がよぎる。
佑の亡骸の下で泣いた。
灯の心臓を恨んだ。
孤独は、楽だけど、辛かった。
「・・・んぐっ!?」
口の中に何かが入って来た。
しょっぱい。
閃を見ると、ちょうど烈の口から箸を抜いたところだった。
「・・・俺も、帰る場所がないという点では同じだ。この一人だった家以外ない。」
「そういやお前、両親は?」
漬け物を飲み込み、烈が問う。
この家に来た時、閃は一人だった。
「・・・殺された。鬼灯の頭に。」
鬼灯。その言葉に聞き覚えがある。
涼が言っていた言葉だ。
親の仇、だったのか。
「帰る場所なら、ここでいいだろう。去りたくなったら去れ。ここなら、俺も先生も、小判も居る。飯も、働けば出す。雨風も凌げる。お前が何かに追われるなら、振り払うだけの力を付けさせてやる。」
閃の言葉に、不意に涙が流れた。
なんだよ。こんなの知らねえぞチキショウ。あの日悔しさと、恐怖に流れた涙以外知らない。嬉し涙なんて、人生で初めてだ。
あの日の、ボロアパートの続きのような空間。やめろよ、大の大人がみっともないじゃないか。
「・・ほら食え。生きるには飯だ。生きなきゃ何も始まらん。」
再び容赦なく閃が漬け物を突っ込んだ。
しょっぱくて、美味しかった。
* * * *
深夜。星がよく見える空の下、烈は歩いていた。
この季節だった。
全てを失ったのは。
この季節だった。
現実を見ることをやめて、後回しにしたのは。
手には徳利。
前に買った酒を入れていた。
月明かりに照らされた地面の上にどかっと座った。川がよく見える。
猪口を3つ、地面に置き、酒を注いだ。
「・・・姉ちゃん、佑にいちゃん。ごめんな、墓参り一回も行かなくて。俺さ、漸く現実見れそうだよ。帰る場所、出来たよ。・・・・・今まで、現実受け入れたら嫌でも前に進まなきゃいけない気がして、なんもできなかったけどさ。・・・俺、前に進むよ。」
猪口を一つ持ち上げ、乾杯、と上に上げた。
月が水面に映る。一気に飲み干し、がちゃん、と投げ捨てた。
他の2つはそのままがちゃん、と投げる。
「ーーーーさよなら。」
冷たい風が頬を撫でる。夜は冷え込む。だが、暫く水面を見ていた。
ふと、足音が近付く。
「たまには、一献交わすか。」
そこには髪を下ろし、猪口と徳利を持った閃が立っていた。
「・・・・おう!」
寒空と月明かりの下。
二人は盃を交わした。
前進の為の、盃を。




