全員が主人公でヒーロー
携帯が鳴る。
夜中、布団に入ろうとした時だった。
確か、烈の電話番号を知る人物は佑と灯しか居ないはずだ。
ディスプレイを見ると、佑の文字。
「・・・はい?」
一拍置いて、通話ボタンを押す。
すると珍しく慌てた佑の声が響いた。
『烈!・・大変だ!灯が!灯が搬送された!』
「・・・へ?」
『いいから来い!五命だ!』
「・・・!」
五命病院。五百夜家代々の病院だ。
どういうことだ。前の病院でも十分治療出来たはず。
それに、あの両親が居る。
すごく、嫌な予感がした。
* * * *
「脳死!?」
佑の声が響く。
脳死?いや、そんなわけ無い。自発呼吸もしていた。佑が確認して、瞳孔の散大も見られなかった。
説明する医師に詰め寄る。
「そんなわけないだろ!昼には自発呼吸も脳幹反射も脳波もあった!そろそろ意識も回復するはずだ!」
「夕方に事態が一変した。再チェックも済んだ。わかったなら帰れ!これから心臓を移植する!貴様も医師のはしくれなら見ていくがいい。」
医師が乱暴に佑を剥がした。
「・・・っ!待て!執刀医は!?執刀医はだれだ!」
佑の言葉に医師は閉まりかけの扉の中、答えた。
「五百夜 達先生だ。」
パタン、と扉が閉まった。
五百夜 達。烈の、父親だ。
嫌な記憶が蘇る。遊びたい盛りに勉強させられた事。冷徹な瞳をした達に、打たれた事。
「・・・止め、なきゃ。止めなきゃ。灯が!灯が殺される!」
「・・・!兄ちゃん・・・!」
佑と共に手術室の扉へ向かった。
今止めなきゃ、灯は確実に死ぬ。
あの両親だ。自分の名声や功績にしか興味のない、手段を選ばない両親だ。
姉ちゃんーーーー
途端、衝撃が頭に響く。
身体が重くなる。
瞼が、重くなった。
* * * *
身体がだるい。頭痛に思わず顔を顰めた。
布団が硬い。白い天井。銀の棒から垂れる細い管は、烈の腕に繋がっていた。
人の声がして、ぼんやりとした頭で其方に顔を向ける。そこにはテレビが置いてあって、ニュースが流れていた。
『次です。昨晩、県内5例目となる心臓移植が行われました。患者は、拡張型心筋症を患う10代男性で、執刀医は五百夜医師ですーーー』
まるで他人事のように、烈はぼんやりと女性キャスターが淡々と喋るニュースを見ていた。なんだか、ここだけ別世界みたいだった。
「目覚めた?烈」
酷く甘く、穏やかに紡がれた声は、彼女に良く似ていた。
「・・・お久しぶり、です。」
身体が緊張する。心はどうでも良かったが、身体が拒絶していた。
「高校はどうかしら?灯との生活は、窮屈だったでしょう。ーーー烈、五百夜家に、戻りなさい。」
そう、烈の母親は切りだした。
烈は歯をぎり、と噛み締めた。
「ーーー姉さんは、何処ですか。あなたの病院に運ばれたのでしょう。」
やっとの思いでそう、紡ぎ出す。
未だに恐怖を覚える。この人には。
「あそこ、よ。」
女が指差した先には、放送される患者の姿。思わず烈は身体を抱きしめた。
「・・戻りましょう。学年トップを取っているんですって?なら、大丈夫でしょう。今から東慶大へーーーー「ふざけるな。」
自分でも驚くほど低い声。
母親の動きが止まる。
「ふざけないで下さい。一度、受験に落ちた俺を五百夜家名折れと、捨てたのはあなたでしょう。政略結婚に応じない娘を名声の為の道具にしますか。幾ら母親だとて、許せない。」
「ーーーそう。なら、ここで絶縁。せいぜい足掻くがいいわ。知り合いも友達も頼れる人が誰もいない、この世の中を。ーーーさよなら。」
母親が去った後、一気に感情が込み上がってきた。灯は居ない。その事実だけが目の前を暗くさせた。
漸く退院出来た烈は、アパートに戻った。
きっと、生きてる。そう、少しだけの希望を抱いて。
だがやっぱり、誰も居なかった。
少し前まで持ち主の居た靴が寂しげに烈を出迎えた。
ふと机の上を見ると、缶箱が3つ、重ねて置いてあるのに気が付き、荷物を置いて部屋に入った。
烈へ、と達筆な字で書いてあった。
かんっ、と開けるとそこには、
大量の札束が入って居た。
『烈へ。これは灯に内緒で烈の学費にと、貯めておいた金です。烈。君達兄弟には、家族、という物を教えてもらいました。
親は海外で、一人だった俺に、家族という暖かさを教えてくれたお前に、家族として、兄弟として、贈らせて下さい。
それから、ごめん。俺には生きれそうにないんだ。これからの世界を。きっとこの事はもみくちゃにされるし、闘っても灯は帰って来ないから。何より、自分自身を許せないから。
お前達の両親と、患者を許せないから。
ごめんな。弱くて。
お前は絶対に生きろ。負けるな。
お前の幸せを、灯と見守ってる。
ありがとう。
さようなら。』
何時の間にか反射的に烈は走り出していた。
大丈夫、嘘だ。だって、なら、なら俺はーーーーー
だが烈の願いを裏切るかのように、烈と佑が初めて出会った森、そこに佑は居た。
既に帰らぬ人となって。
「・・・は、は・・・・。」
なんだよ。それ。
『ーーそう。なら、ここで絶縁。せいぜい足掻くがいいわ。知り合いも友達も頼れる人が誰もいない、この世の中を。』
母の言葉がよみがえる。
なんだよ。本当に。
親とは絶縁。
友達なんて、小中の連中は勉強の事しか考えていない。高校では貧乏ゆえか、虐められ、友達なんて居ない。
本当に、俺はこの世界で一人ぼっちーーーーーーーーーーー
就職も、受験も、全部親の手回し故か、うまく行かなかった。医学部に行きたかった。もう、諦めるしかないと思った。
* * * *
にゃあん、と鳴き声がして、襖の隙間から器用に小判が入って来た。
足元に寝転がる小判を撫でてやる。
「・・・そっか。そういや俺、誰も、居なくなっても気付かないんだなぁ。世界から、忘れられてるんだ。戻っても、誰もなんとも思わないんだ・・・なぁ、小判。俺どうすりゃいーの?
・・・・何処にも、居場所ないじゃん。」
烈の言葉がぽつん、と暗い部屋に響いた。




