自分より優れてるから人は人を虐げる
冬。
雪の季節。
下駄箱から靴を取り出す。ズタズタにされ、雪が詰められていた。
取り払って、雪が大抵取れた所で履く。
冷たい。
烈を嘲笑うかのように雪が更に吹雪く。
よれたマフラーを握りしめ、帰り道を急いだ。
「ただいま。」
ボロい扉を閉め、雪を落として呟く。
中はほかほか暖かかった。
「お帰り、烈。手洗ってきなさい。今日は烈の大好きなシチューだよ!」
エプロンにお玉という典型的な恰好で、彼女は烈を迎えた。
「・・・ん。ありがとう。灯姉ちゃん。」
1LDKのボロアパート。
服もなにもかもよれよれ。だが、それでもよかった。学校ではいじめはあれど、幸せだった。姉と二人、慎ましく生きれたから。
「お邪魔!ん、久しぶりだね烈!」
ボロ扉が開き、現れたのは騒がしい少年だった。
「!久しぶり!佑兄ちゃん!宿題やったよ!」
嬉しそうに烈が顔を上げる。
その言葉に青年はからからと笑った。
「お!じゃあ問題!解熱鎮痛剤は?」
「アセチルサリチル酸とp-アセトアミドフェノール!」
「抗菌物質!」
「抗生物質(ペニシリン、スプレトマイシン)とサルファ剤と消毒薬!」
「ん!正解正解。良くやってんな。化学は一通りやったか。今日は行列と解剖の感覚器系やるか!」
快活に笑う声に、ゔっ!という悲鳴が混じった。
「・・・佑、烈、手洗いなさい?今日はシチューよ?」
にこ、と笑う顔が異様に怖い。
二人は黒い笑いを見せる少女にはあい、と返事をし、洗面所へと向かった。ーー佑は、殴られた頭を抑えながら。
看護師の姉と、五百夜家を飛び出して二年。
姉の恋人・佑は医師で、たまに烈に勉強を教えてくれ、二人の様子を見守りに来てくれる。二人が困っていれば、さり気なく助けるだけの佑との関係は、家族に等しい程良好だった。
* * * *
いつもと変わらない下校。部活には入らない。金がかかる。こんどは靴の中に大量の泥。よくもこれだけ泥を掘った物だ。仕方ない。靴を鞄に仕舞い、上履きで帰ることにした。
だが担任に呼び止められた。
校則違反だからか。ぼんやり、と立っていると担任は物凄い形相で此方に向かって来た。
「・・・五百夜!走れ!・・・っ!ついてこい!」
物凄く焦っている。烈は引張られるままについて行った。
行き先は車だった。
「・・・?」
訳が分からないままに乗らされ、担任はエンジンをかけた。
「五百夜、落ち着いて聞きなさい。いや、よく聞け。お前のお姉さんが、今しがた事故に遭われた。病院へ行く。捕まらない程度に急ぐから、しっかり掴まっていなさい。」
担任の言葉に、時が止まった。
何言ってる?事故?
今朝出て行く時は元気だった。
は?
「・・・っ!何言ってるんすか!事故なんて!あうわけないでしょ!」
人生で一番大声を出した。
担任は何も言わず悔しそうに前を見ている。
心臓が早鐘を打つ。緊張で苦しい。
嘘だ。
嘘だ。
嘘だ。
病院へ着き、烈は駆け出した。
嘘だ。嘘だよね?
はやく、逢いたくて。
安心、したくて。
検査室の前のベンチに、白衣姿の佑が座っていた。
烈の姿を認めると、微笑んで手招きした。
全力で走って佑の元へ行く。
「・・・っ!姉ちゃんは!?」
聞きたい。聞きたくない。二つの思いが交錯する。祈るように佑の口元を見つめた。
「大丈夫!心配すんな!ちらっと見たけど、意識は不明だけど血色も良かったし出血もしてない。ま、なんかあったらまかせな!絶対助けちゃるよ。連絡受けて飛んできたんか?お疲れ。ほら、一杯やるよ!」
そう言ってコーヒーを差し出した。
「・・なんだよ。」
思ったよりは大丈夫そうだ。最悪の事態も免れた。途端に全身の力が抜けて、座り込む。良かった。本当に、良かった。
* * * *
暫くして出てきた灯は佑の言う通り血色がよく、眠っているだけだった。この分なら目を覚ましそうだ。
「今日は特別に許可出してやるから、一緒に居るか?家族用のベッド出すけど。」
立ち上がった佑がそう笑う。
烈は目を輝かせた。
「いいの!?」
「まあ、本来はあんま良くないけど、家帰っても一人だろ。俺も今日夜勤だし。明日土曜日だし、一緒に帰ろうぜ。」
なんて素晴らしい人物だ。
この人になら灯を預けられる。文句なく。そして、この人と家族になれたらどれだけ幸せだろうか。
「うん!」
元気よく返事をする。
佑はカラッとした笑顔で笑い、夕飯、買ってきてやる、と歩き出した。
烈も付いて行く。
「宿題出来たよ。勉強見て!」
「んー・・まあ白衣着てるけど一応勤務外だしねえ。いいぜ。みてやる!」
うちには金がない。そう、姉に謝られた。奨学金を借りるにも借りれない状況(親と勘当された為、保証人が居ない)だから諦めるしかない、と。
勿論、灯は幾らか蓄えていたのだが、全部親の経営する病院の財政危機に絞りとられていた。
だから、せめても、と佑が勉強を見てくれているのだ。それで烈は幸せだった。医師はダメでも他の分野ならなんとかなるかもしれない。高校入って始めた新聞配達と単発バイトでコツコツと貯めた金で。最低でも国立なら一年間行けるぐらいはなんとかある。
行けなくとも、この日々が続けば、それで良かった。




