助けられた時はまず先に敵が誰かを探れ
死ぬ瞬間まで諦めまいと、意地でも開いていた目に映ったのは、唐竹割りに斬られる侵略者達の姿だった。
あー、日本刀ってこんな斬れるんだ。すげー。
なんて呑気に考えていた烈は、達人の姿を見つめる。恩人かどうかはまだ分からない。だから、真っ直ぐ見据えた。
「・・・怪我は?」
達人は此方を振り返り、血を振りながら問う。烈は視線で威嚇するのが精一杯で、答えることは出来なかった。
達人は舌打ちを一つすると烈の腕をぐいと引く。烈はされるがままだった。
揺れる背中にもたれながら烈はぼんやりと考える。あれ。やっぱり夢かぁ。
* * * *
ぱちぱちと火の粉が舞う音がする。
薄くて硬い布団から烈は目覚めた。
どうやらまだ生きているらしい。
最小の動きで辺りを確認する。
四畳半の部屋に、火鉢が一つ。
それから、頭がつるつるの爺さんがうつらうつら船を漕いでいた。
「・・夢じゃ、ないか。」
ぼそりとそうつぶやいて、烈は爺さんを起こさないようにそろり、そろりと移動した。
恐らく達人は恩人だった。だが面倒だ。いちいち説明する義理もない。
襖に手を掛けた所で、目の前の襖がするりと開いた。
心臓が止まるかと思った。チキショウ。
はやる心臓を抑え、視線を上げる。
そこには恩人が盆を持って立っていた。
恩人はかなり冷たい視線で烈を見下ろしていた。
「・・・ちゃっす。お世話になりました。サヨーナラ。」
そう言って部屋を出ようとする。すると恩人は襟首を掴み、布団へ投げ飛ばした。
「・・・!いっ・・」
痛みに顔を顰める。日本語おかしかったか?なにかカンにでも障ったか。だがこちとら何年かぶりに人と話した身だ。コンビニのおっさんにありがとうごさいましたーと言われたくらいだ。勘弁して欲しい。
陽の光の下で改めて見た恩人は、以外と若い。烈くらいだろうか。黒い髪を後ろで束ねて、黒い町人の格好をしていた。冷徹な瞳をしている。
「・・先生、嘉六先生・・・起きてください。朝です。」
恩人はつるつる坊主の爺さんに話しかける。
爺さんはん、ん、と声を上げ、ゆっくり目を開いた。
「寝てしまいましたか。お恥ずかしい。おや・・・体調は、どうですか?」
そう、爺さんは物腰柔らかく烈に尋ねる。
「・・・あ。大丈夫です。快調で・・・。」
我ながら少し変な日本語だ。苦笑した。
「ふむ。では大丈夫だね。その服ではあまり出歩かない方が宜しい。閃、服をこの方に貸してくれますか?」
どうやら恩人は閃というらしい。
閃ははい、と言って部屋を退出する。
「・・・何も、聞かないんですか?この服・・・。」
ぼんやりと、そう呟く。
そんな烈に、老人ーー嘉六はにこり、と笑う。
「大方、夷狄から逃れて来た所、といった所でしょうか。並々ならぬ事情をお持ちのようですね。攘夷志士に斬られなくて良かった。」
(*夷狄 外国のこと)
攘夷志士。ということは江戸か。
そしてどうやらこの爺さんは佐幕。
上手く勘違いしてくれたらしい。
烈はその勘違いを利用する事にした。
「ええ。・・実は。」
そう呟いて、思考する。
ふっざけんなぁああ江戸時代!?切り捨て御免の時代じゃないか。武士が刀差して闊歩する時代じゃねぇかぁああ
銃刀法違反もクソもねぇ、辻斬りなどという危ない連中がウヨウヨいる・・・
あー。頼むからもどしてくれ。夢なら覚めろ。平和で自分の殻に篭っていられた現代に帰りたいよ。息苦しさ大歓迎だから誰か戻してえええまだ死にたくないいい
頭を抱えて顔面真っ青にしている隙に閃が戻ってきた。手には服を抱えている。
「これしかありませんが・・・」
嘉六はその服を受け取り、烈に渡した。
「着替えて下さい。」
「・・なんで、見ず知らずの人間にこんな優しくするんですか・・・?」
「今は、私の患者だからね。完全な体調になったら出て行くなり好きにすれば良い。」
「・・患者?」
一つのワードに、烈は反応した。
ゆっくりと嘉六を見据える。
確かに、江戸時代の医者は剃髪だったらしい、と・・・。
「医者、なんですか?」
烈の質問に嘉六は乾いた笑いを漏らす。
「ええ・・・。ただの町医者ですが。」
「・・・!」
『ごめんね烈。医学部は寄付金が要るらしいけど、もうお金が・・・。』
こだますのは一つの言葉。屈辱。悔しさ。人生でぶち当たった壁のうちの一番大きくて、自分だけではどうしようも出来ないもの。
「・・・お願い、します!
医者に、なりたいんです。どうか、どうか・・助手にして下さい!」
気付けば口が勝手に動いていた。