都合が悪けりゃ猫かぶれ
ぱち、ぱちと火花が散る音がする。
身体が怠い。所々痛い。
「・・・?」
真っ先に見えたのは木造の天井だった。
とりあえず、生きているらしい。視線を横にうつす。見慣れた景色だ。敵方の拷問場でもないらしい。更には隣に薬と茶碗が置いてある。
不意に人の気配がした。
烈だろう。口を開いた。
「・・烈、あれから何刻経った?」
だが部屋に進入して来たのは予想とは違う人物だった。
「あら。八ヶ代様、お目覚めになられましたのね。」
よく通る綺麗な声。鮮やかな桃の着物。朱色の帯。それから、少し小さい背。
「・・・!?!?鈴殿!?」
思わず身体を起こす。途端、痛みが走った。
「・・・っ!」
顔を顰めると、鈴が慌てて近寄ってきた。
「いけませんわ、まだ怪我が治っていません!水をお飲み下さい!」
鈴が茶碗を閃の口に近付ける。
されるがまま、閃は水を口に含んだ。
口を拭い、漸く頭が覚めてくる。
身体は包帯で巻かれ、烈が着せたのであろう、藍染の着物はぐちゃぐちゃだ。
心配そうに見てくる鈴から少し離れ、床に伏した。
「・・・あれから何日が経ちましたか?」
閃の質問に、鈴はにこ、と笑って答える。
「3日です。外守先生が1日1回来てくださりました。」
・・・3日か。とりあえず一月とかの類ではないのでホッとする。
「・・烈は?烈は何処ですか?」
「道場です。八ヶ代様のお仕事の代役をなさっています。五百夜様も、それは丁寧に看病をなさっていました。」
「・・・そうですか。」
鈴の言葉に項垂れる。
仕事、5日先まで入れるんじゃなかった。
頼みの綱の烈に看病を交代して貰おうと思った。
身体は動かない。あとどれくらい伏せていなければならないだろうか。否、考えている暇はない。鍛錬だけは怠れない。3日も伏していたのなら筋肉は落ちている筈。
烈は鍛錬を怠らなかっただろうか。
こうしては、いられない。
「八ヶ代様!?」
立ち上がった閃に驚いたのだろう、困惑の視線を向ける。
「鍛錬をしなければならないのです。こんな事、している場合では・・「八ヶ代様?」」
あれ。
部屋の温度が下がったのだろうか、はたまた今のは幻聴だろうか。否、何処からどう考えても今しがたの地獄から這うような声は目の前のニコニコしている少女から発せられた。
「あなたが倒れたと聞いてどれ程の人が心配なさったか分かりますか?どれ程心配したと思いますか?五百夜様はそれはもう涙ぐましい程心配なさっていたと言うのに・・・貴方様はそれをまたさせる気ですか?・・さあ、お戻りなさい。さもなければこのお鈴、全身全霊をかけて貴方様を看病所存。」
般若が見えた。これだから苦手だ。というか般若は形相を次々と険しくしていく。なんだあれは。鬼か。正座してニコニコしているだけなのに。
「お鈴さん、そこまでにしてあげてください。病み上がりなのですから・・・今日は。具合は如何ですか?」
嘉六が診察道具をよいしょ、と置きながらニコニコと笑って言った。どうやら食休みがてら来たらしい。
「御手を煩わせてしまい、申し訳ありません。」
頭を下げる。傷の一つがズキン、と痛んだ。
「診察を致しましょう。お鈴さん、少しはずしてもらえますか。」
嘉六の言葉にはい、と頷き、鈴は盆を抱えて退出した。
「・・最低、あと4日は立てますまい。鍛錬はおやめなさい。代わりの兵法本を貸してあげますので。」
嘉六の言葉に項垂れる。4日。閃にとって千日にも等しい長さ。それまで、立てないのか。
「・・それから、閃。あの癖はまだ治っていなかったのですね。」
嘉六の言葉に目を伏せる。
侵略者達に対する一番初めの振る舞いの事だろう。
「はい。」
隠したって仕方ない。目を見て真っ直ぐ答える。
「・・貴方は、今でも闘ってる。彼から受けた心理的な外傷を、今でも引きずっている。ですが、閃。貴方の師が貴方に棒術を教えたのは、人を生かすための筈です。それだけ念頭に置いておいて下さい。・・それから、焦りは油断を生む。普段の貴方ならば分かるでしょう。」
嘉六の言葉に、布団を強く握る。
感情的になりすぎた。焦りは禁物。そう、教えられたではないか。
「・・養生なさい。それでは、失礼します。」
嘉六の言葉がやけに響いた。




