人体で一番大切なのは頭
暦の上では霜月。
烈は嘉六に従って死刑囚の腑分け(解剖)に立ち会っていた。白衣を纏った医者がするすると説明を加えながら解剖してゆく。そして周りの医者は議論しながらメモしてゆく。腑分けとはよく言ったものだ。分けるのだ。臓器を。
うええ。もう無理。グロいグロい。
現代って幸せだ。歴史の偉人が頑張ってくれたおかげだ。みたくない物は選択すれば見ずに済む。
大腸って管になって人体の中にあるもんだと思ってた。くっついてるんですね。
うええええまじで吐きそうリバース5秒前ええええええ
だが耐えなければ。医者は見なければならないんだ。避けては通れぬ道。現実を拒否する頭でなんとかメモを書き留める。
「おや。如何しました?顔色が悪いですが。」
ひっそりと嘉六が声をかけてきた。
退出させて貰おうか。師匠が気遣いの出来る人だと弟子は幸せだ。
「・・まさか、これ如き、気持ち悪くて見れない、なんてことはないですよね?」
物凄く爽やかな笑顔で、いや笑顔という仮面の下にほくそ笑む素顔を隠して、嘉六は笑う。なんでもする覚悟はおありなんですよね?と言っているみたいで恐ろしい。
「い、いやいやいや。まさか。朝ご飯食べてなくて。」
「無理をなさらないで下さいね。体を壊したら元も子もありません。」
分かってる。この坊主頭、絶対分かってるよ。おっそろしい。全身全霊で前言撤回だ。
精神を繋ぎ止めるという地獄と、烈は初めて向き合った。
* * * *
もうすっかり暗くなった道を、閃と烈、嘉六の三人は急いでいた。
寒い。まじで寒い。いい加減服装変えよう。いや、閃のだけど。なんかあったかいものを貸して貰おう。
なんて思っていた、月の下。
閃が纏う雰囲気を変え、飛び出して行った。
長巻を鞘から出し、物凄い殺気を纏って振り上げる。烈は漸く反応し、提灯を持っていない方の手で長巻を抜いた。
そして確信する。あいつ、絶対に殺す。
初めてこちらへ来た時の侵略者達もそうだった。綺麗に、半分に。
「・・・閃!やめなさい!」
目を開いて成り行きを見守っていた烈の後ろで嘉六が凛とした声で叫んだ。普段温厚な嘉六が。しかも烈より早く反応した。こいつ、こういう事がしょっ中なのか。
纏う殺気が少なくなり、閃は長巻をひっくり返し、柄で突いた。後ろから襲いかかってきた黒影も、素早くひっくり返して突く。それから鞘をかぶせ、棒で首の後ろを叩く。
「・・!」
嘉六の背後から襲いかかって来た敵の凶刃を、烈は真っ直ぐ叩く。刀は飛んだ。だが黒影は次の刀を抜いた。慌てて重心を低くし、腹のあたりを狙って突く。だが止められた。
ここまで反応出来たのは閃との鍛錬のお陰だろう。でなければ嘉六と仲良く串刺しか唐竹割りだ。
次の一手を繰り出そうと、烈は長巻を振り上げた。
速い。こんなに速く出来るなんて、考えてもいなかった。丸太を振り回してただけある。閃の指導は効果的だ。
黒影に刀を一閃すると、足音がして影が増えた。
呆気に取られていると容赦無く黒影は襲いかかって来る。間に合わなーー
烈と黒影との間に閃が飛び降り、一撃した。
「走れ!振り向くな!一本杉を通れ!後から追う!」
閃が叫ぶ。だがこの人数、いくら強いとはいえ全滅させるのは不可能だろう。
だが、三人で全滅は元も子もない。
「ーー絶対来い!」
そう叫び、嘉六の手を引く。
一本杉を通れ、は合言葉。
実際は三本杉の寺で落ち合おうという意味合いだ。万が一付けている者が居たら、家を特定されてしまうからだ。
嘉六の隣を走る。
前から来る黒影を棒で振り払い、動脈あたりを叩く。つらい。しんどい。
なんて呑気に考えているが、分かっていた。一瞬でも怖れたら、終わりだ。刺されたら痛い。人間、痛みは本能で回避するものだ。だからあえて意識を鼓舞させ、アドレナリンを出す。長巻が軽い。信じろ、師を。
夜道を二人は駆けた。
* * * *
寺の戸を叩く。困ったらここに来い、と言われていた。
三回目、騒がしく戸を叩いた時に中から小姓の格好をした少年が現れた。
年は下だろう。眠そうに烈達を見る。
「夜分遅く申し訳ない。少々この方を匿っては頂けないだろうか。数刻後、迎えに参ります故。八ヶ代の使いで御座る。」
心なしか口調が閃に似てきている事は仕方ない。
少年は嘉六をちら、と見た。
「久しぶりですね。積もる話もありますが、中でゆっくり。引き受けました。安心して下さい。」
そう烈に微笑んだ。どうやら知り合いらしい。御免、と叫び、走り出す。今は速く行かなければ。恩人を、死なせてはならない。
またいつ怪我をするか分からない世界に飛び込む。ぎゅ、と長巻を握った。
* * * *
橋を渡り、突き当たりの呉服屋を右に行った所。閃はボロボロになりながら戦っていた。傷が痛む。満身創痍だ。倒しても倒しても湧いてくる。恩人は殺すな、と叫んだがそろそろキツイ。更に相手は肉弾戦を使うものだからめんどくさい。残り三人。
一人の急所に素早く一閃しようとするが、相手は察知したのか飛び退いた。仕方ない。隠していた紐に石を括り付けた物を投げ、一人の身体に巻き、縄ごと蹴る。急所を叩くのを忘れずに。残り、二人。
脳天がかち割れるような物凄い衝撃がして、ふらり、とよろめいた。火花が見えた。
しまった。一人、隠れていたらしい。目の前の敵が刀を振り上げる。視界が揺らめく。万事休す、か。
二人は無事逃げただろうか。
視界の端から、何かが飛び込んできた。
それは目の前の敵の刀を弾き、膝を蹴り上げてから腹に一撃を決めた。
「・・・・烈!」
残りの全神経を集中させ、精神を繋ぎ止める。
自分のお下がりを着た烈は、次の相手へと襲いかかる。
「先生は無事届けた!これくらいでへばるタマじゃないよな!?師匠よぉ!」
烈の言葉に閃は口角を上げる。言ってくれる。あの馬鹿弟子。最強の達人じゃないんだぞ。
だがお陰で頭が冴えてきた。
残るは二人。最後の力を振り絞って、相手にかかった。
烈が死に物狂いで生きるために目の前の敵を丁度倒し終えた時、背後で鈍い音がした。
振り返ると閃が倒れていた。
「・・・閃?」
青白い顔で息を切らしている閃を揺さぶる。
「閃!おい閃!」
落ち着け。自発呼吸あり、応答なし。自立歩行不可能。爪を押して見る。辛うじて反応あり。蝋燭で瞳孔確認。左右で瞳孔の大きさが違う。頭が真っ白になった。
「閃!しっかりしろ閃!」
落ち着け、落ち着けーーーーー
「ーーーっ閃っ!」




