世の中あざとく生きたもん勝ち
「・・・ふんっつ!!」
普通の刀の何十倍も重い木刀(もはや持ち手のみをげずった丸太)を振る。
黒影はいとも簡単に後ろに飛び退き、クナイを投げつけてきた。
くそう。忍者かアイツ!なんでこんなモン持ってやがる。
なんとか丸太で防ぎ、仕込み刀を投げた。
簡単に避けられる。それは予測済み。狙いは、足元の落とし穴を出現させる為の線。
この為に何時間かけた事か。
黒影は罠の存在に気付いたらしい。だがもう遅い。
烈は丸太をめいいっぱい振り上げる。まだ慣れてないせいか、結構疲れる。
クナイを再び手に持った。
烈も対抗すべく、丸太を素早く振りぬく。
だが、思わぬ刺客が居た。
「にゃ~ん」
にゃ~ん?
久しぶりに聞いた気がする鳴き声の、発生原は。
今まさに烈が避けかけたクナイの、切っ先に居た。
「・・・っつ!!」
* * * *
「すまぬ・・まさかあそこに猫が居ようとは思いもしなかったゆえ・・。」
閃が申し訳なさそうに手当てをする。
切り傷って結構痛い。
あの時、咄嗟に丸太を手放し、長巻でクナイを弾く。なんて芸当の出来る筈のない烈は、頭をフルに使って腕でクナイを弾いたのだった。
「仕方ないさ。誰もあんなとこにいるなんて思わないし。結局、致命傷は免れたけど猫の腕切れちゃったしな。」
手当てをしてもらいながらそうなだめる。
閃の膝で、猫がにゃ~ん、と一声鳴いた。
「猫、か。珍しいな。」
包帯を巻き終えたらしい閃が顔を上げる。
「へ?珍しいのか?」
烈は仕込み刀の泥を落としながら質問する。
三毛猫はにゃあん、とまた鳴いた。
閃は毛をなぜながら答える。
「鼠を獲るから、貴重なんだ。数も少ないしな。お前の所は違ったのか?」
閃の質問に烈は言葉に詰まる。
江戸時代って猫が少ないのか?
「まあ・・俺んトコはな。」
目を逸らしながら曖昧に答える。
猫かあ。猫なあ。良い思い出ねえな。
いや、一個だけ・・・
「こいつどっから来たんだか・・」
閃の膝に寝る猫をなぜようと、手を伸ばす。瞬間。
「キシャーーーーッ!!」
「・・いっ!!!」
怪我をしていない方の足で猫は烈の腕を引っ掻いた。綺麗な3本の傷。何これ。やっぱ猫には好かれない性分らしい。
「こんにゃろ・・」
守ってやったのになんだこの仕打ち。ふざけんなよ。閃は烈の殺気に気付いたのか、さっと猫を後ろに隠す。なんなんだ。厄日か。
「猫は貴重なんだ。やめろ。・・猫の体の構造は分からない故、止血しかしてないが・・どうにも動かないな。」
閃は三毛の猫を心配そうに見つめる。
「・・・前足、出させてくれるか?引っかかないように。」
俺もそんなの、分かんないけど哺乳類だ。大体構造は一緒だろう。ちょこん、と閃によって出された腕から包帯を取り去り、白い毛を掻き分ける。肉が少し抉れていた。
「こいつぁ・・すこし、筋切ったな。」
心配そうにのぞく閃に、そう言ってまた包帯を巻き付ける。安静とリハビリが必要だろう。だが残念ながら烈に知識はあまりない。切り傷なんて三日前に来た侍ぐらいだ。しかも手。10cmに及ぶ怪我だった。当人は浅いので放置していたが、膿んできたので診察に来たらしい。
「嘉六先生に見てもらうか・・」
ぽつり、と呟いた言葉に閃が眉間に皺を寄せた。
「医学では・・猫を使って薬を作るとか。三味線の皮にも使われる。」
想像するだけでも寒気がする。曲がりなりにもこんなに可愛い猫に、なんということをするのだ。江戸の人は。
「・・・嘉六先生には秘密にしておくか、うん。」
二人でうんうんと頷き合う。
「だが・・忘れてた。本日、嘉六先生はうちへ来るらしい。」
「・・へっ!?」
閃の驚き発言に烈は吃驚する。
くる?ここへ?聞いてないぞ?
「なんでも、弟が親戚の集まりで一家丸ごと一日だけ逗留するんで、俺の家を診療所にかして欲しい、と。」
「・・・お前、仕事は?」
「今日は先生の警護だ。」
「・・・・」
訪れる、静寂。
可愛い猫が。いや可愛らしくないけど。むかつくけど。猫の危機だ。一大事だ。生憎この家はそんなに広くない。なんとしても、隠し通さなければ数時間後に、現代人(元)な烈には、耐え難い風景が出来上がるだろう。
* * * *
「おや。どうしたんです。その怪我は。」
診察道具一式を担いで来た嘉六が出迎えに来た烈に尋ねた。
「いやあ・・・あはは。鍛錬で少し無茶をしまして。」
閃に罪をなすりつけよう。うん。気に食わないんだよあいつ。助けたのは俺なのに気に入られてるし。猫に。
「引っ掻き傷まで作って・・閃に手加減するように言っておきましょう。閃は何処ですか?薬籠を持って行って貰いたいのですが。」
ドキリ、と心臓が高鳴る。こんなの脱走を図ろうとして閃に見つかった時以来だ。
「ああ・・閃なら今、裏口を掃除してます。俺が持って来ますよ。」
本当は閃が今、猫を見ている。
見つからない所を見繕ったら出てくるだろう。
「そうですか?ならお願いします。重いので気を付けてください。」
そう言って渡された籠は本当に重い。擦れて切り傷が痛む。うん。腕が千切れる。
急いで座敷に籠を置くと、烈は閃の居場所へ回った。
「おい!先生が見えたぞ、場所あったか?」
もぞもぞと動く黒い背中にそう呼びかける。
「ああ・・棚の後ろに隠した。これなら出て来れないだろう。・・殿、暫しお待ちください。」
・・・トノ?
「おいお前、そりゃまさか・・・。」
「名前が分からないのだから仕方ない。それに昔仕えていた殿に似てるのだ。」
「お前主君をどんな目で見てたんだよ・・。」
トノってなんだトノって。そりゃ部長とか名前でつける人現代にもいるけどさ。ちらりと三毛猫を見れば、にゃあん、と一鳴きした。なんかふてぶてしくてムカつく。
「烈?閃!どこですか?」
嘉六の呼ぶ声がして、急いで二人は戻った。
「烈は薬を並べておいて下さい。申し訳ありませんが、閃は診察道具の準備を。・・・おや?なんだか、獣の匂いがしますね。」
本日最高潮に胸が高鳴る。
やべえ。誤魔化せ。という意味を込めて隣に視線を送る。
隣は隣で瞳孔が開くかと思うくらい目を見開いて睨んで来た。
やめろよ。俺に猫の生命を預けるというのか。
「あ、はは。鼠がいよいよ出たんですよ。この家。それで、猫が捕獲でもしたんじゃないでしょうか?ときたま米減ってる事もあるし。」
毛穴という毛穴から汗が吹き出る。手が湿っぽい。
苦しい。苦しいよう。
「・・・猫!?」
烈の言葉に嘉六は顔つきをまるで獲物を狙うトラのように変えた。心なしか声も鋭かった。
やべえええええ
やべえよ。やべええええ
絶対バレてはならない。さもなければあの猫は確実に今晩の夕飯あたりに出てくる。
そして明日から薬棚に並ぶだろう。
「猫といってもすぐに何処かへ行ったようで・・「にゃあーん。」・・は、ナイデスネ。」
なんてタイミングの悪さ。もうダメだ。サヨナラ殿。来世ではいい世の中だといいな。
「お二人の様子がおかしいのはこの為ですか。人が悪い。言って貰えればよかったのに。私、猫には目がないんですよ。それで、何処にいるんです?」
猫には目がないらしい。食べるのか。食べられちゃうのか。おいしくペロリと。想像したら悪寒がした。
今度こそ隣を見つめる。まるで拾ってきた犬を捨ててこいと言われた子供みたいな絶望に満ちた顔で、閃は歩み始めた。
仕方ないだろ。ちくしょう。我が子を殿に献上する母親ってこんな感じかな。裏切った気分満載。
ごめんな、トノ。
* * * *
「烈、鉗子と糸を出して下さい。通仙散は丁度切らしているので、暴れてしまうでしょう。閃、動くことのないようしっかり持っていて下さい。」
嘉六の指示に従い、二人はそれぞれおとなしく役目についた。閃は不安そうに殿を見ている。
する、する、する、と、まるで布を縫うように傷口を縫う。猫は賢いらしい。にぎゃあ、と鳴きながらも大人しくしていた。
縫合が終わり、木の枝で患部を固定し、包帯を巻いてゆく。烈は神がかった針さばきに感動した。
「終わりです。暫く安静にさせて下さいね。・・全く、何故言ってくれなかったのです?私、猫が大好きで仕方ないのですよ。」
膝の猫を撫でながら嘉六は少し不満気に言う。どうやら猫は共に朝陽を拝めるらしい。先の眼光はこういうコトか。
「・・医学に、猫が薬として使われる、と。」
閃が気まず気に口を開く。
「ああ。いますねえそんな方も。私は断固反対ですよ。こんなに愛らしくて貴重な命を、何故無下にするのです。」
先にきちんとした手当てを受けた烈は、ホッと肩を撫で下ろす。猫の命も、年下の少年の笑顔も守れた。いや、敵居ないけど。
「名前はなんと言うのです?飼うなら寝床を用意して差し上げなさい。」
ニコニコと、嘉六が満面の笑みで笑いながらそう言った。
閃は嬉しそうに顔を上げた。
「はい・・!小判といいます!責任を持って守ります!」
「・・っ、飼うの!?」
「当たり前だろう。お前は厳しい世にまた捨てろと申すのか。」
「烈、命は平等ですよ。」
いやいやいや。お前らには懐いてるけど俺めっちゃ嫌われてるんですけど引っかかれたんですけど!めっちゃこっち見下した目で見てるよ!フンッとか今にも言いそう。
・・というか、殿じゃないんかい!




