告白その2
俺はバルの言う事に反論できなかった。
バルは今、俺を思って怒っている。俺の受けた親友からの仕打ちに怒っている。
そんなバルに俺はどんな言葉をかければいいんだ?
気にするな。大したことない。些細なことだ。
そうバルに言って軽く流せばいいのだろうか。
バルは優しいな。バルがそう思ってくれるだけで十分だ。俺にはバルがいてくれるから平気だ。
そうバルに言って俺のために怒っているバルに優しく接すればいいのだろうか。
ユウは俺の事を思って俺を街に置いていったんだ。ユウは正しい。ユウのことを悪く言うな。
そうバルに言ってユウへの信頼を崩さないようにすればいいのだろうか。
ユウはバルの言うように酷い奴だ。ユウは俺の事を何もわかっていない。ユウはもう親友なんかじゃない。
そうバルに言ってユウへの不信感を共有すればいいのだろうか。
わからない。俺はバルにどう言っていいのかわからない。
と、いうよりも、バルがここまで怒っているのを見るのは始まりの街での誘拐事件以来だからどう対応していいのかわからない。
俺は、どうすればいいんだ?
「リュウさんは本当にユウさんを許すんですか?」
「……許すつもりだ。俺にもゲームの事前知識を入れていなかったという非があるしな」
これについては俺が悪い。
俺は基本ネタバレを含む事前知識は無しでゲームを楽しみたいと思っているタイプの人間だ。
そのことをユウも過去の経験から知っていて、ゲーム内の立ち位置程度の話はしたがそれ以上の知識を俺に進んで与えるようなことはしてこなかった。
だからユウが俺にゲーム知識を与えていなかった事についても非は無い。
「……リュウさんの非ってこの世界に来る前の事についてじゃないですか。私はそのことについてリュウさんが悔やむことは無いと思います」
しかしバルはそことは違う部分で怒りを持っているようだった。
「私が許せないのはユウさんが親友であるにもかかわらずリュウさんを1人にしたことです。なぜユウさんはリュウさんを置いて先に進んでしまったのですか?」
「それは……ユウは自分が魔王と戦えばより早く俺らが解放される日が来ると信じて――」
「そんなことは詭弁です。もしユウさんがそんなことをリュウさんに言ったというのなら、やっぱり私はユウさんを許せません」
「バル……どうしたんだよ? いつものてめえらしくねえぞ?」
「今は私の事なんてどうでもいいんです。今はリュウさんとユウさんの関係が一番重要です」
バルはいつものおどおどした態度ではなく、はっきりとした口調で俺に強くそう言った。
何がバルをここまで怒らせているんだ?
そこがよくわからない。
俺のために怒ってくれているのは確かだろうが。
「バル、てめえは一体何に対して怒ってんだ?」
「……私が許せないのはユウさんが親友であるはずのリュウさんを1人街に置いていったことです」
「それはさっきまでの話でわかってる。俺が聞きたいのはもう少し本質的な部分だ」
「……ユウさんが親友をあっさり見限ったことです」
バルは静かにそう言った。
「親友って助け合うものじゃないんですか? 親友が困っていたら一緒に悩むものなんじゃないんですか?」
「バル……」
そうか。
てめえはその部分に怒りを感じていたのか。
「私は……その……友達が少ないから、もしかしたら間違ってるのかもしれませんが……それでもこれだけははっきり言います」
そうしてバルは俺に向かって真剣な目つきを向けてきた。
「私は、レイナが困っていたら、助けを必要といていたら、絶対に助けます」
バルは俺にはっきりとそう言ってきた。
……レイナか。
久しぶりに聞く名前だ。
そういえばバルはレイナと親友になって別れたんだよな。
そして俺とユウは親友なのに別れた。
この2つの出来事は似ているようで全く違う。
前者は互いを認め合って別れた。
後者は自身を信じられずに別れた。
ユウは俺を守りきれるという自信を、俺はユウのお荷物にならないという自信を、俺らは2人とも自分自身を信じられなかったんだと思う。
「リュウさんは私と会うまで何をしていましたか?」
「何って……」
「今までは特に聞く機会もなかったのですが……リュウさんは始まりの街で1週間、街の中でひたすらお金集めをしていたんじゃありませんか?」
「……よくわかったな。さてはてめえ、エスパーか」
「これくらいわかりますよ。前に忍さんがそれらしいことを言ってましたし、それに私はリュウさんの事、よく見てたんですから」
「…………ん?」
よく見てた?
それって俺と出会ってからの事を言ってるんだよな?
「……実は私、リュウさんが声をかけてくれる前から知ってたんです」
「…………へ!?」
は!? 何!? どういうことだ!?
「……リュウさんは自分が有名人だってことを自覚したほうがいいですよ」
「ぐ……」
有名人ってあれか、俺とユウがケンカしてるところを周りの奴に見られていたことの件だよな。
あれが一部のプレイヤー間で話題になったという話は知っている。あの追い剥ぎ軍団も知ってたことだしな。
だがバルが俺の事を知っていただと?
「私が最初、リュウさんに才能値の話を振らなかった事に違和感を覚えたりはしませんでしたか?」
「それは……あの時追い剥ぎ共を蹴散らしたところで俺が物理アタッカーだとわかってもらえてたんだと思って特に気にしてなかったんだよ」
でも確かに俺はバルに俺の才能値について喋ったような記憶は無い。
それなのにバルはいつの間にか俺の才能値がSTR全振りだという事を知っていた。
今更ではあるが、それは少しおかしなことだったんだ。
「私は初めからリュウさんがSTR全振りだっていう事を知っていました。……そして石袋を作っていたあの夜も偶然ですが見ていました」
「は?」
石袋を作っていたあの夜ってアレか。俺とバルが出会う前の日の夜のことだよな?
なんてこった。
あの時は忍にも見られてたんだよな。
つまりあの夜はバルと忍、その2人に影から見守られてたのかよ。
多分あの時の俺ニヤけてたぞ。時々笑い声も上げてた気がするぞ。
てめえらそんなに俺の行動を見るのが面白いのかよ。
「あの夜、私も街の外にいました。そして外で野宿する場所を探していたら、夜中だというのに戦闘をしている人がいたんです」
「……それが俺だったってことか」
「はい」
なるほどな。
あの時俺は外に出て金貨入りの袋を投げて石袋の理論を組み上げた。
そしてその後も石袋のテストを兼ねて2、3回戦闘を行ったりしていた。
バルはその時の事を見ていたのか。
「薄暗くも月明かりで照らされた夜の中で1人黙々と作業をして時折戦闘をしているリュウさんを見た時……忍さんは感動を覚えたようですが、私は言いようのない敗北感を味わいました」
「敗北感?」
なんだよそれは。
なんで俺の姿を見てバルが敗北感を持つんだよ。
「はい。今だからこそ言いますが、私はそれまでリュウさんのことを哀れんでいました。仲間に見捨てられた一人ぼっちの寂しい人……て」
「……マジか」
それは……俺にとっては結構な衝撃的なカミングアウトだな。
まあ俺も俺でバルと最初会った時哀れんでたと思うからその辺はおあいこか。
「自分の事を棚に上げて……ホント、バカですよね、私」
バルはそう言って視線を下に降ろし、アイスココアを見つめていた。
「……あの時の私は誰かを哀れんでいないと耐えられなかったんです。私より苦労している人がいる。私より不幸な人がいる。そう思っていないと……自分を保てなかったんです……」
グラスを持ったバルの手は小刻みに震えており、アイスココアに波紋が広がっていた。
「私はこの世界に来てからリュウさんと会うまでずっと人目を遠ざけて生きてきました。フルフェイスヘルムを買ったのもリアルの顔を晒したくなかったからです。私にリアルの顔で人と接する勇気はありませんでした。それに加えて名前はバルムントです。兜を買うまでは恥ずかしくて死んじゃいそうでした」
「バル……」
「……でも、それだけだったんです。VIT全振りは別に不遇な扱いを受けていませんでしたし、むしろ率先してリアルなモンスターに立ち向かう盾役は需要が高かったくらいです」
バルはそこまで言い切ると唇を噛み締めて俺の目を見据えてきた。
「そんな私なんかよりリュウさんはずっと辛い立場だった。私なんかよりずっと酷い立場だった。それなのに……リュウさんは諦めていなかった。私は諦めかけていたのに」
「バル……」
「リュウさんは……それでもリュウさんは諦めなかった。この世界の理不尽に抗って、そして乗り越える努力をしました。リュウさんは凄い人です。凄くて、とても強い人です。……顔を隠して街から離れるしかできなかった私とは大違いです」
「……俺は別にそんな大層なモンじゃねえぞ」
バルといい忍といい、どうも俺を美化しすぎじゃねえのかな?
あの時の俺は別にそこまで褒められるようなことはしてねえと思うぞ?
「いえ! そんなことはありません! リュウさんは凄くて強くて優しくて……それに……か、カッコよくって……とても凄い人だと思います!」
「今凄いって2回言ったぞ」
すかさず俺はそんなツッコミをバルに入れたせいか、バルの顔は耳まで真っ赤に染め上がってしまっていた。
「そ、それだけ凄いということ……です」
「そうかよ」
まあバルがそう思う分には特に問題はねえか。
悪く思われてるんじゃなく良いように思われてるんだから、これは俺にとって良いことだろうしな。
「でも……だからこそ許せません。そんなリュウさんを蔑ろにしたユウさんが、私は許すことができません」
そう言ってバルは再びアイスココアを見つめ、そしてグラスを口に運んでグッと一気に飲み干した。
「リュウさんが戦っている間、私がリュウさんを絶対に守りぬきます。そしてユウさんにはそんな私達を見て後悔してもらわないといけません。あの時リュウさんを見捨てなければよかった、あの時自分がリュウさんを守っていればよかった、と」
バルはいつになく饒舌な口調で俺に言い切った。
そうして俺らはしばらくの時間をそこで潰し、シーナ達と合流した。