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それでも俺は  作者: 有馬五十鈴
一章 始まりの街
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バルムント

 遠くにそびえる山々の間から朝日が漏れ始める。

 その光景はこの世界が仮想の世界である事を忘れ、つい見蕩れてしまう程に美しい光景だった。


「もう朝か……」


 結局俺は昨日の夜から徹夜で石の詰まった袋、命名『石袋』の作成をしていた。

 実験成功後、一度街に戻って石をつめる袋をありったけ買い占めて、再び街の外で石100個、石200個入りの石袋をそれぞれ20個。念のための石500個入り石袋を5個作成した。

 これだけあればしばらくは大丈夫だろう。


 流石に疲れた。

 とりあえず街に戻るか。


 俺は宿へと引き返し、昼くらいまで寝ることに決めた。






「ようリュウ、朝帰りとは珍しいじゃねえか」


「まあな。そういうガントは朝っぱらから仕事か。精が出るな」


「あたぼうよ。朝食はいるか?」


「そうだな。頼む」


「あいよ」


 そういえば昨日は夕飯も食うのを忘れていた。

 宿屋の主、ガントの発言で俺は腹が減っていることに気付いた。


 ちなみに俺は、ゲーム初日に気絶した際運び込まれたこのガントの宿に今までずっと宿泊している。

 名前を知っているのも、そういった理由で顔を合わせる機会が多かったから自然と覚えた。


 ベッドの寝心地はあんま良くないが、それなりに掃除が行き届いているようで不衛生な印象はなく、ガントの奥さんであるナターシャさんと一人娘のレイナが作る食堂の料理もそこそこ美味い。

 それでいて一泊のお値段は10Gというお手ごろ価格なのでわりと気に入っていたりする。食堂のメシは一食大体5Gくらいだ。


 今日の朝食『さんま定食』も4Gだった。秋刀魚がなかなか上手い焼き加減で塩のかけ具合もいい塩梅だ。

 まあファンタジー世界で秋刀魚と白米と味噌汁とか雰囲気ぶち壊しもいいとこなんだけどな。


「そのお魚のお味はリュウさん的には何点ですか?」


 俺が定食を食っているとこの宿の看板娘、ガントの娘のレイナがそう問いかけてきた。


「そうだな……90点ってところだな」


「わあ~それってすごい高得点じゃないですかっ!」


「まあそうだな」


 俺の言葉にレイナは満面の笑みを作って喜んでいた。


 コイツはナチュラルにこういう顔ができるからメシを食いに来た客からも評判がいいらしい。

 物腰が柔らかくて可愛らしくて、多分友也が見たら惚れてるな。

 あいつはああいうやわらか系というかゆるふわ系的な女キャラが出てくるギャルゲーばっか押し入れに隠してるからな。


 そういえば陽菜もゆるふわ系だな。

 そう思って見てみるとだんだんレイナが妹に見えてきた。


 ……て、それだと友也の好みは陽菜ってことになっちまうじゃねえか。

 現実世界に帰ったら陽菜を見る友也の目に注意だな。

 妹をあいつにはぜってえ渡さねえ。


「実はそのお魚、私が焼いたんですよ!」


「へー、すげえじゃねえか。これならいつ嫁に行っても安心だな」


「えへへ~ありがと~」


 レイナはまんざらでもないといった顔つきで、綺麗な長い金髪を揺らしながら足取り軽く厨房へと戻っていった。


 そして俺は腹が膨れて食欲を満たしたなら次は眠欲を満たそうとベットに横になった。

 するとよほど疲れていたのか、すぐに俺の意識は途切れ、そしてその後気がついた時には窓から夕日が差し込んでいた。


 ……どうやら爆睡してたらしい。






「なんだ、この時間から出かけるのか?」 


 カウンターにいたガントは俺の姿を見てそう問いかけてきた。


「寝過ごしちまったからな。今からちょっくら狩りしてくらあ」


「そうか、気をつけてけよ」


「おう」


 俺は宿を出て一直線に街の出口へと向かった。


 だが街の外へ後少しというところで俺はぴたりと足を止める。


「そういえば……一旦防具屋に行ってもいいんじゃねえか?」


 そうだ。

 昨日までの俺は命中補正のかかるレイピアを手に入れる為に金を貯めてきた。

 だが思わぬところで攻撃を当てる手段を発見してしまったのでレイピアに固執する必要はなくなった。


 だったら武器よりも防具を揃える事を優先したほうが良くないか?

 全身装備を揃えるには手持ちが足りないが、篭手だけとか部分的にならかなり良い物が手に入る。

 

 そう思い直して俺は今来た道を引き返そうとする。

 ……だがふと街の出入り口を見てしまったために思わずその場に踏みとどまった。


「……あいつらまだあんなことしてんのかよ」


 街の出入り口にたむろっている男だらけの7人パーティー。

 忘れはしない。あいつらはゲーム初日、なけなしの金で買った剣と鎧を俺から奪っていった奴らだ。


 見た感じ7人全員この街では最高クラスの装備を着込んでいる。


 きっと一生懸命カツアゲしたんだろうな。

 つうかそんないい装備あるならさっさと次の街行けよ。


 そんなあいつらはタイミング悪く街へと入ろうとする獲物を俺の時と同じように囲い始めた。


「その兜をここにおいてけ。それで許してやるよ」


 ……なんか聞いたような聞かなかったような台詞をカツアゲ集団が囲っている奴に言っている。

 今回哀れな犠牲者があいつらに捕まったのはどうやら兜装備が良かったからみたいだ。


 どんなものかと目を凝らしてみると……獲物は銀色に輝くフルフェイスヘルムにそれ以外は初期装備という出で立ちだった。


 兜だけ立派なだけに妙なちぐはぐさがかもし出されている。

 しかもその獲物はなんというか……少し小さい。身長は150あるかないかくらいか?

 その小ささが更に兜とのギャップを際立たせているように思える。


 しかもあの兜って防具屋で一度見たが、見た目はカッコイイが性能はイマイチ、それでいて価格は500Gという微妙な装備じゃねえか。


 俺がそんなどうでもいいことを考えている間、そのちびっ子フルフェイスヘルムは無言を貫いていた。


「おいガキ。俺たちを無視してると痛い目見るぜ?」


「ぎゃはは! もしかしておしっこちびっちゃいまちたか~?」


「ほらほら、悪いこと言わねえからさっさと兜置いてきな」


「……る」


「ああ? 今なんか言ったか?」


「断る!!!!!」


 ちびっ子は自分より年上であろう男7人に向かって断固拒否の意思を示した。

 結構度胸あるじゃねえか。


「貴様らのような悪漢にわしは絶対屈したりなどしない!」


「おいおい今の聞いたかお前ら? このガキ俺らの事舐めてんじゃねえの?」


「痛い目見ないとわかんねえかなあ? ……殺すぞガキ」


「フンッ! 殺せるものなら殺してみるがよい!!」


 ……おいおい。

 度胸があるっつうか、あいつただの馬鹿なんじゃねえの?

 いやまあ俺も人の事言えねえけど。


 それでも俺は勝てそうになければ引くくらいのことはできるぜ?

 だがあいつの場合、最初ッから戦う気マンマンじゃねえか。


 それだけ勝てる自信があるって事か? だが兜以外初期装備だぞ?

 今の言葉で剣を抜いてる奴もでてきていやがるし。


 ああもうなんか見てられねえ!


「てめえらそんなガキンチョ相手に大人げねえとか思わねえの?」


「なんだてめえ。関係ない奴は引っ込んでろ」


「関係ならあるさ、てめえらに。俺はてめえらに大事な装備パクられたからな」


「あ? ……そうか、お前初日のボロいレイピア使ってた脳筋か」


「だれが脳筋だ。とにかくそいつを解放してやれ。可哀相だろ」


「ぎゃはは! そんなに助けたかったらお前もセーフティーエリアから出てこいよ! 2人まとめて可愛がってやるからさあ!」


 今俺はギリギリ街の中にいる。

 街の外では緑色のHPゲージも今は保護されているため青色になっている。

 つまりHPが減らない仕様のため、命の危険はない。


「そんなとこからほざいても俺らは痛くもかゆくもねーんだよ腰抜け!」


「まあ出て行ってやっても良いが……むしろてめえらがこっちに来たほうが良いぜ?」


「ああ?」


「誰でも良いから一人か二人こっちこいよ。ぶっ飛ばしてやっからよ」


「はあ? 攻撃の当たらないお前が何調子こいちゃってんの? 町ん中で攻撃されても命は保障されるってだけで痛いのは変わらないって事、わかってて言ってんだろうなあ?」


「ああわかってるさ。それでどうする? 痛いのは怖いか? 腰抜け」


 俺は人差し指をクイクイと動かしてこちらに来るように誘う。

 すると奴らの一人がこっちに向かって歩いてきた。


「上等だ! その減らず口がきけなくなるくらい徹底的に痛めつけてやんよ!」


 その男……チンピラAは俺の挑発に乗り、街の中に入ってきた。

 これで命だけは保障される。俺も人殺しはしたくないしな。


「俺が勝ったら二度とこんなことすんじゃねえぞ」


「ぎゃはは! いいぜ。お前が本当に俺に勝てたらなあ!」


「そんじゃあバトル開始といくかチンピラA!」


「だあれがチンピラAだああああああああああああああ!!」


 チンピラAは剣を抜いて俺に向かって駆け寄ってくる。

 あと3秒もすれば俺は袈裟切りにされるだろう。


 しかし俺の手には既に石袋が握られている。

 俺はそれを全力の8割ほどにセーブし、当てることを重視してチンピラAに投げつけた。


「ごふぉおっ!?」


 どうせ当たらないとたかをくくっていたのか、一切の回避運動を見せずにいたチンピラAは案の定石袋の直撃を腹にくらってぶっ飛び、外壁の内側に思いっきり叩きつけられていた。

 一応最高装備を着込んでいても俺の石袋は耐えられないらしく、チンピラAはそのままピクリとも動かず気絶してしまったようだ。


「さーて、どうやら俺の勝ちみたいだな。他の奴らはどうする?」


 今の現象が信じられないという風な唖然とした顔で、カツアゲ集団は俺を見ていた。

 中には顔が青ざめて、プルプルしている奴すらいる。


「今のを見てまだやるってんならかかってこいよ。4、5人は道連れにしてやっからよ」


「何だよ今の……、今の吹っ飛び方尋常じゃねえよ……」


「ブタを吹っ飛ばすとこは見てたが……一発で当てやがっただと……?」


「なんで……当てられないはずだろ?」


「……チッ。ずらかるぞお前ら」


 俺の脅しが効いたのか、奴らは気絶しているチンピラAを背負って街の中に潜っていった。

 

 ……あいつらは旗色が悪くなるとすぐ逃げ出すのか。

 まあ1人はちゃんとぶっ飛ばしたし俺の怒りも少しは治まったからいいんだけどよ。


 そうしてその場には俺とちびっ子が取り残された。


「どうやらわしを助けてくれたようじゃの。礼を言うぞ」


「あ? ああ……別に良いさ。俺もあいつらにはムカついてたからな」


 ちゃんと礼は言えるみたいだが……なんかコイツのしゃべり方おかしいな。

 声が高いから多分女なんだろうが、ワシとか言ってるし。


 ……これは、あれか。

 いわゆるロールプレイとかそういうの。

 あんま突っ込んで聞かないほうが良いのか?


「……じゃあ俺は行くぜ。また絡まれないように気をつけろよ」


 俺がそう言って街の外へ行こうとした瞬間、この世のものとは思えない爆音が俺の鼓膜を揺らした。


「な、なんだ! 爆発か?!」


「……今のはわしの腹の音じゃ」


「は、腹の音?」


「……そうじゃ」


 ……普通腹の音ってグゥ~とかキュウぅ~とかそんなもんだろ。

 今のはグゴオオォオン!って音だったぞ。


「最後に口にしたのは3日前木に生えていたキノコじゃったかの……」


 3日前て、木に生えてたキノコて。

 コイツどんだけひもじい思いしてんだよ……。


「なんでそんなことになってんだよ……。街で何か買って食えば良いじゃねえか」


「……金がないんじゃからしょうがなかろう」


「金がないって……ちなみにその兜は? たしか500Gはしたと思うんだが」


「これか? これはゲームを始めてこの世界に来た時に持っていた500Gで買ったものじゃ」


「てめえ馬鹿だろ」


 そんなもん買ってるから金がねえんじゃねえか。


「いやでもそれならモンスター狩ればいい話だろ? てめえさっきまで外で何してたんだ?」


「……モンスターと戦っておった」


「じゃあ倒した時金も手に入っただろ?」


「……たんじゃ」


「あ? なんだって?」


「倒せなかったんじゃ! 何か悪いか!!」


「そ、そうか」


 おいおい。俺じゃねえんだからこの辺の敵に苦戦するなよ。


 ん? でもまてよ?


 でもモンスターと戦ったにしてはこいつはピンピンしてるな。

 服は汚れているが外傷らしきものはどこにも無い様に見える。


 金が無いんじゃ回復薬も買えないだろうし一体どうしたら……



 ……あっ



「……な、なあ。一応聞いてみるが、てめえは才能値、どんな感じに振ったんだ?」


「……VIT全振りじゃ」


「うわぁ……」


 VITってたしか頑丈さだっけか。

 VIT全振りって、つまり防御のみに完全特化したわけかよ。


 防御に才能値振り過ぎてDEXやSTRに全然振ってないんじゃないかと思ったが……予想の斜め上をいかれた。

 ある意味コイツは俺の対極なのか。


 VIT全振りってことはつまり自分はモンスターからのダメージを食らわないが、そのかわり攻撃ダメージは微々たるものなのだろう。

 いや、それ以前に攻撃そのものが当たらないのか。



 あ、なんか親近感沸いてきた。


「そうか……てめえも大変だったんだな。わかるよ、てめえの気持ち。さぞつらかっただろう?」


「な、なんじゃいきなり態度を優しくしおって……。あ、頭をなでようとするなばか者!」


 おっと、しまった。

 いきなり馴れ馴れしすぎたな。

 こんなの俺のキャラじゃねえよ。

 クールになれクールに。


「すまん。だがまあ困ってることがあるなら俺のできる範囲で助けてやるよ」


「そ、そうか。うん、ありがとう。お主いいやつじゃな」


「へっ、そんな褒めるなよ。腹減ってるならメシ食わせてやるよ。ついてきな」


「ほ、ほんとか!? お主とってもいいやつじゃな!」


「おう。でもな、いつでも優しい訳じゃねえぜ? 勘違いすんじゃねえぞ?」


「うむ!」


 俺はいつも使っている宿に向かって歩き始めた。

 そしてちびっ子が駆け足で俺の隣にやってきた。


「あーそういや自己紹介とかしていなかったな。俺はリュウってんだ。てめえは?」


「う、うむ、よろしくじゃ、リュウ。わ、わしの名前は……そ、その……」


「何もったいぶってんだよ。そんな恥ずかしい名前なのか?」


「は、恥ずかしくなどないわい! よく聞くがいい! わしの名はバルムント・C・フレアデスじゃ!!!」


「ふーん」


「反応薄っ! この名前を聞いてお主は何かピンとこんのか?!」


「えっ、な、なんか有名な名前だったのか?」


 やべっ。

 教養がないとか思われたらどうしよう。

 まあ別にそう思われてもだからどうしたって話ではあるんだが。


「いや、お主が知らんのならそれでよい。……馬鹿にされるより何倍もマシじゃ」


「そうか? まあなんだ。よろしくな、バル」


「バル!? おいお主! 人の名前をそんな馴れ馴れしく略すでない!!」


「うるせー、バルムントとか名前が無駄にカッコイイんだよ。てめえなんかバルで十分だ」


「なんじゃと!?」


 こうして俺はバルという一人の少女と出会った。

 少女っつってもなんか変な奴なんだけどな。

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