告白
俺は終に敗北し、その場には俺ら6人と『解放集会』のメンバー、忍だけが残った。
「ちょっと! いつまであんた私の上に乗っかってんのよ! いい加減どきなさいよ!」
「す、すみません! すみません! 終さんたちがこの場を完全に離れるまではこのままでお願いします!」
シーナが地面に顔を擦り付けながらも怒鳴り散らし、それをシーナの上に乗っている忍がいつものハキハキした調子で謝罪を繰り返している。
忍はシーナが終たちを追いかけるのを危惧しているのか。
俺は大の字に転がっている自身の体を起こし、忍に声をかける。
「……忍、シーナを離してやれ。ソイツは終たちを追いかけたりしねえよ」
「い、一応これは終さんから事前に命令されていた行動ですので!」
「……そうか」
……やっぱりコイツは……『解放集会』……終の言いなりなんだな。
さっきまでの会話でそんなことは十分わかってたってのに、改めてそんな事を言われるとショックを受けちまうな……
だからもうコイツと関わりたくないんだが……聞かないわけにはいかねえよな。
「……じゃあ俺としばらくトークしようぜ、忍」
「あ、は、はい!」
俺の提案に忍は乗ってきてくれた。
ここで忍が何も話さないという可能性もあったが、話に乗ってくれるなら何かしらわかる事もあるだろう。
「あんたたち人が組み伏せられてる状態で話とかするつもりなの!?」
そしてそんな俺らにシーナが抗議の声をあげていた。
「しばらく我慢してくれ、シーナ」
「ぐぬぬ……」
……一応我慢してくれるみたいだな。
5分程度が限界か?
まあいい。
会話を始めよう。
「忍、てめえはなんで俺らを、つか俺を監視している?」
まず聞かなきゃなのがこれだ。
コイツは始まりの街で初めて会った時点から既に『解放集会』のメンバーだった。
「そ、それは……終さんにそうするよう命令されたからです!」
……今若干コイツの目が泳いだ。
今言ったことはおそらく本当なんだろう。
しかしそれ以外にも何かを隠していそうな態度だ。
「そうか、わかった。じゃあ次だ」
俺は今の質問の根本にある疑問を口にする。
「てめえは始まりの魔王を倒す以前から俺のことを知ってやがったな? それはなんでだ?」
忍が俺を監視していた。それはわかった。
だがそれがいつから始まっていたのかが謎だ。
忍は始めてあった時から『解放集会』である。
すると忍は俺が始まりの街にいたというそんな初めの頃から俺を監視していたと言う事になる。
もしかしたら俺がブラックゴーレムを倒したから監視が付けられたという可能性もあるにはあるが、そうすると弓の件が不可解だ。
だから忍は始まりの街で、俺が特に何かしらの功績を立てないでいるそんな時期から監視をしていたという事になる。
一プレイヤーにそんな監視をつけるといのか? ありえない。
コイツは何かを隠している。
「え、えっと……私は……実のところ……リュウさんがこの世界に着てからの行動は影から全て見ておりました!」
「…………」
……。
うん、コイツはあれだな。
「てめえストーカーか!!!」
「い、いえ! 違います! 違います! 私はそんな不純な気持ちでリュウさんを見ていたわけでは……ありません!」
「なんでありませんのところで言いよどんだ!?」
なんで顔を赤くしながら言いよどんだ!?
……いやいやいやいや。そんなツッコミしてる場合じゃないだろ。
ついコイツの謎挙動に目がいっちまった。
つか俺の行動を影から全て見ていただと?
コイツはあの夢の中に出てくる女と同じようなこと言ってやがるな。
「じゃあなんで俺を監視していたんだ? 言ってみろよ」
俺はその犯行を起こした動機について被告人に弁解の余地を与える。
「……どうしても言わないとダメですか?」
「ダメだ」
ちなみに黙秘権の行使は認めない。
「……私にとってリュウさんは憧れの人なんです」
そして忍は小さな声で語り始めた。
「リュウさんはこの世界にきてすぐにパーティーメンバーとケンカをしていましたよね?」
「あ、ああ」
「そしてその後リュウさんは1人で2番目の街へ行こうとして……そしてチュートリアルピッグにズタボロにされていましたよね?」
「そ……そういうこともあったな」
その辺もバッチシ見られていたか。
もはや忘れ去りたい過去の思い出なんだが。
「それでその後リュウさんは気絶して……そして始まりの街に運ばれてましたよね」
「……ああ、あったな」
コイツどんだけ俺の事見てたんだよ。
「あの時私は、『ああ、リュウさんは終さんと違って弱いんだな。ヘナチョコなんだな』って思ってしまいました」
「そ、そうか」
弱い、か……
まああの時の俺はこの世界基準でいうとヘナチョコと言われても確かにその通りだったんだが。
「でも、それでもリュウさんはあの時なんの躊躇も無くレイピアを持って外へと出ていきましたよね、ヘナチョコなのに」
「おいヘナチョコを何度も言うな。俺はデリケートな生き物なんだぞ」
「す、すみません! すみません!」
忍はシーナの上に乗っかりながら何度も激しく頭を下げた。
……シーナが睨んでるぞ、おい。
「……でも、私にとってはあれこそまさしく私が憧れたリュウさんだったんです!」
「あ?」
「リュウさんはどれだけ自分が弱いと言われても、どれだけ自分を否定されても、リュウさんは決して屈することなく外へと飛び出しました。……あれは、私にとっては衝撃でした」
「…………」
「そしてリュウさんは見事チュートリアルピッグを倒しました。それを見た時……私は泣いてしまいました」
「……泣くとこじゃねえだろそこは」
「いえ! あの時のリュウさんは、私にとって太陽のような存在だったんです!」
……太陽、ねえ。
随分と大げさに言ってくれるじゃねえか。
たかが一匹のモンスターを倒しただけだろうが。
そこに感動する余地なんかどこにもない。
……まあ俺は喜んでたけどよ。
「あの時私は確信したんです……やっぱりリュウさんは……――」
「…………?」
「……リュウさんは私なんかとは違って強い人なんだなって、そう思ったんです」
「…………」
……今何かを言おうとして止めた?
不自然にならないように言葉を続けたが、本当に忍はただそれだけを思って言ったことなのか?
なんなんだ? さっきから気になっているが、コイツは一体何を隠しているんだ?
「……そしてその後リュウさんはレイピアを奪われました。でも、それでもリュウさんは諦めていませんでした。とあるパーティーから酷使されつつもお金を貯めて、そして再びレイピアを買って外へ出ようと必死に動いていました」
「……まあそれは結局意味なかった事だけどな」
「そ、そんなことはありません! あの時リュウさんが辛い目に合ったからこそリュウさんはあの戦い方を発見したんじゃないですか!」
「まあな」
確かにあの時は『レッドテイル』がいたからこそ『石袋』の原理に気づくことができた。
その部分に関しては『レッドテイル』に感謝している。
別にあいつらが直接教えてくれたわけでもないし、ただの偶然によるものだったが。
「そうしてリュウさんは私達が考えつかなかった戦い方を独自に編み出しました。それまで私はてっきり、リュウさんが始まりの街を出るとしたら終さんと同じ道を辿ると思っておりましたよ!」
「は? 終と同じ道?」
「はい! 『攻撃判定』の凌駕です!」
「それか……」
そういえば終は攻撃する相手に何も思わないということで『攻撃判定』をないものとして扱えるらしいな。
それがもしかしたらハッタリで、終の防具には必中スキルが備わっていたという可能性も否定しきれないが、前に終が説明した方法でも一応攻撃は可能だろう。
「そこで私は思ったんです! 『リュウさんは終さんとは別の道を進むんだな』って!」
「当たり前だろ。俺をあんなやつと同列に語るんじゃねえよ」
「ふふっ、そうですか。すみません! 今の発言は聞かなかった事にしてください!」
「いや……そう言われて聞かなかった事にできる内容でもねえんだが……」
つまりあれだ。
コイツは俺と終を同一視していたって事だ。
それはつまり、俺は終と同じくSTR全振りだからそう見られていたということなのか?
それとも……それ以外にも何か理由が――
「でもあれがあったから私はリュウさんのお手伝いをしたいと、お役に立ちたいと思ったわけです! そして私は終さんに許可を貰ってレアさんに『必中の弓』を作ってもらいました!」
「……ここでやっと『必中の弓』の話か」
ここまで随分と忍は俺の過去を交えながら自分語りをしてくれていたが、ようやくこの会話の根幹にある弓に関する話が出てきたか。
「初めは終さんもレアさんも難色を示しました。『おれたちが意味も無く一プレイヤーの手助けすることは問題になるんじゃないか』、『そんなことをしても忍ちゃんは感謝されませんよー』など言われてしまいました」
「…………」
……まあ確かにプレイヤー解放を目的とする『解放集会』ともあろう輩が、一プレイヤーに助力を与えるなんてほどわけのわからない行為もないだろう。
終が非難するのも当然だ。
だがアイツは俺らにレアを寄越して魔王討伐に有効な装備を作るよう便宜を図っていたりしたんだよな。
どういう心境の変化なんだよ。
「でも! 私はどうしてもリュウさんのお力になりたかったんです! だからその譲れない一線をなんとか譲ってもらおうと私はお2人に頭を下げ続けました。そしてなんとかお2人から了承をとって、誰がこの弓を授けたのかばれないようにという条件付きでリュウさんに弓を届けたというわけです!」
「…………」
……何故そこまでして俺に弓を届けたかったんだ?
確かに俺はあの弓のおかげでかなり戦いを優位に進めることができるようになった。
あの弓がなければここまで来るのにもまだまだ相当な時間を有しただろう。
だがその事と忍は全く関係の無いことだ。
俺が無事ここまで来れようが来れまいが忍には関係無いはずだ。
俺に死んでほしくなかったから? 俺が歩を進める速度を速めたかったから?
俺の役に立つためだけに頭を下げるコイツは一体なんなんだ?
それにコイツは何故今更になってそんなネタ晴らしをする?
……レアという存在がばれたからか。
今回レアは俺らを助けるよう装備の強化を施した。それは今回の魔王が持つ石化攻撃に俺らが対処できないからだ。
何故そんな手助けをしたのかわからないが、それによって俺らはブレス以外の石化攻撃には全く問題ない耐性を持つ事が出来た。
しかしこんなことをしてレアがただの一般プレイヤーだなんて思われるはずがない。
この次点でもはやレアの事もレアが作れるであろう弓についても隠しておく理由がなくなったという事か。
……だがもう1つ、重要な情報が明かされていない。
忍は俺のために色々してくれていたのはわかった。
俺のために弓を用意して人知れず俺に譲ってくれたのもわかった。
どうしてそんな事をしたのかという動機についてがイマイチ信じていいのかわからないが、一応はわかった。
だが、この弓は、この弓の性能はなんだ?
明らかに性能がおかしすぎる。
俺は今までこの弓はブラックゴーレムのドロップアイテムとして無理やり納得していた。
アイテムボックスに紛れ込んでいたことといい、その弓の性能といい、それが一番もっともらしい理由だったからだ。
あのブラックゴーレムはゲームでは中盤以降で出てくるはずだった魔王だ。
だからその魔王を倒した時に手に入るドロップアイテムも中盤以降で手に入るような性能であってもおかしくはない。
ましてや2番目、3番目、4番目の魔王ではアイテムを落とさなかったことを鑑みるに相当のレアドロップだ。
そんなアイテムの性能が多少壊れていてもそれは当然の事だと解釈できていた。
だがそれはまやかしだった。この世界にドロップアイテムなんてものは無い。
そして弓は忍が俺のアイテムボックスに忍ばせた。
だったら弓そのものの性能はどう片付ければいい?
単純にレアの生産の腕が初めから常軌を逸していたと考えればいいのか? 本当に?
命中率関連は3番目の街の装備ですら30パーセントの補正しかつかない。4番目の街でさえも絶対命中やロックオンなどというスキルが付与された装備は無かった。
それなのにレアは始まりの街、あるいは2番目の街の段階で既に絶対命中やロックオンといったスキルをお願いされればポンポン作れるような人材だったのか?
このことはレアが俺らの防具を強化してくれた時にも感じた違和感だ。
レアの生産能力は異常だ。
……そして……終の強さも異常だ。
終は3番目の街で俺らを前にして『オーバーフロー・ハイエンド』というスキルを使用した。
あれは名称からしてまず間違いなく『オーバーフロー』が最終進化したスキルだろう。
そして、今レベルが40で、尚且つスキルポイントを全て集約しているはずの俺はまだ『オーバーフロー・トリプルプラス』止まりだ。
つまり終は3番目の街の段階で今の俺を軽く凌ぐレベルでないとおかしいという事になる。
絶対にありえない。
3番目の街周辺でレベル40以上にすることはまず不可能だ。
やろうと思ってできない事ではないが、それには途方もない時間があってできる所業だ。
指数関数的に増加していくレベルアップまでの必要経験値を稼ぐには途方もない時間を必要とする。
そしてそれは俺らが3番目の魔王を倒すまでの期間では到底不可能。
いくらなんでも時間が足りなさ過ぎる。
それなら実は終達こそがもっとも早く駒を進めていた集団で、実のところ3番目の街に俺らが来た時点で5番目の街くらいには到達できていたと言われるほうが幾らか納得できるはなしだ。
その代わり移動速度があまりに速すぎるという疑問が湧いてしまうのだが。
どちらにせよおかしすぎる。
終とレアの性能はあまりにおかしすぎる。
まるで――俺らとは別のスタート地点から始めたような――
「……そろそろ終さんたちも遠くにいきました。なので私もこれで失礼させていただこうと思います!」
「! ま、待て! まだてめえに聞きたいことは沢山――」
「またお会いしましょう、リュウさん。……リュウさんなら終さんに勝てるって信じてますから!」
「!?」
忍は最後にそう言って俺らの前から走って姿を消した。
そしてそれとほぼ同時のタイミングでバルを抑えていた甲冑も霧になって消えていった。
「…………」
忍が最後に発した言葉が俺の頭から離れない。
『リュウさんなら終さんに勝てるって信じてますから!』
なぜ俺の敵である忍がそう言うのか。なぜ味方である終が負けることを願うのか。
俺にはその理由が全くわからなかった。
こうして俺と終の決闘を終えたその日はひっそりと幕を下ろした。
いくつかの疑問を解消し、そして数々の疑問を生み出したまま、その日を終えた。