秘策
目の前にいるブラックバジリスクが崩れ落ち、大量の経験値が入ったことでレベルアップを告げるファンファーレを聴きながら俺はシーナに声をかけた。
「ご苦労さん、シーナ。ナイス肉壁だったぜ」
「ふんっ、あんな戦い方回避盾じゃないわよ。次はもっと華麗な回避盾を見せてあげるわ!」
「へいへい」
「それと、リュウもお疲れ様」
「おう」
俺はシーナにニヒルな笑みを意識して作りつつそう言い、アイテムボックスを出してその場に置いた。
「それじゃあバルとシーナを出すぞ」
そして、中にいる石化されたバルとシーナを取り出した。
すると2人から光が発せられ、徐々に石化状態が解除されていった。
「……なんていうか反則技よねこれ」
「確かにな」
「それにしても……よくこんな裏技思いついたわね」
「まあな。2番目の街での知識が役に立ったぜ」
「『アイテムボックスの刑』ね……」
そう。
今回活躍した物は弓や剣やグローブだけではない。
アイテムボックスによる人間の収納、いわゆる『アイテムボックスの刑』、及びそれを実践した事による副次的な効果が、あのブレス攻撃を攻略するための肉壁シーナ作戦を行うためにシーナを起用することができた決め手と言える。
アイテムボックスの仕様、それはアイテムボックス内に入れたものはどんなものでも時間を停止させるというものだ。
そしてこのアイテムボックス、実のところ生きた人間も入れることができる。
この事実が判明したのは2番目の街での魔王戦が終結した次の日の事だった。
大蜘蛛との戦いの際、街で大暴れして捕縛された『解放集会』のメンバーの処遇について考える場において、1人の男がこう言った。
『処刑するのは気がひけるからゲームが終わるまでそいつらをアイテムボックス内に閉じ込めておかないか?』
この発言に俺らは全員首を傾げたが、この男は仲間を使って俺らの目の前でその方法を実践してみせた。
男は1つの時計を持ちながらアイテムボックスの中に入り、そして5分経過した後で仲間の男がアイテムボックス内の男を取り出した。
するとその男が手に持っていた時計は5分前を表示しており、その五分の間は全く意識がなかったと証言した。
この方法を目の前で実践させられた俺らは次々に自分らでも検証を行った。
その結果、男の言っていることは全て事実であることがわかった。
アイテムボックスの中身は時間が止まっている。このことには俺自身もモンスターからの素材集めの際に気づいていた。
だがそれでもまさか生きた人間を入れるなんていう発想は持ち合わせていなかった。
アイテムボックスは見た目黒い箱で中も暗闇になっているが、実際にアイテムボックスに入るという方法を試してみたところ、どうやらその暗闇の中に物が完全に入り込んだ時点から時間が凍結されるようだった。
ちなみに取り出す際はアイテムボックスに持ち主が触れば自動的に中身をリストアップし、どれを取り出したいかを選ぶというような仕組みだ。だから中に人が入ったらそのアイテムボックスの持ち主が取り出そうとしない限り絶対に出てくる事は出来ない。これが2番目の街で考案された『アイテムボックスの刑』の全貌だ。
まあその刑は誰のアイテムボックスに入れるかなどで揉めて、その次の日には『解放集会』の脱走騒ぎで結局執行される事はなかったんだけどな。
この方法を広めた男がこのことに気づいたのはフィールドを探索している際、仲間の1人が毒を貰った時であったらしい。
その毒を貰った仲間は瀕死で、回復薬もヒーラーもいないという絶体絶命の時、一か八かでその仲間をアイテムボックスの中に入れて街まで引き返したそうだ。
その後すぐに怪我と毒を治療できる施設まで移動し、不安になる心を抑えつけながらアイテムボックスから仲間を出してみると、その仲間はアイテムボックスに入れたときと寸分たがわずの状態で生きていたという。
こんな経緯があったからこそ俺は石化したバルとシーナを躊躇なくアイテムボックスに入れることができた。
「しっかしまあ、こんな活用の方法ができるとは試してみるまでわからなかったけどな」
そして、この行動には副産物が存在した。
石化したシーナをアイテムボックスに入れた際――『ファントム』使用の残り時間を示す数値が、止まった。
これによりシーナの分身体は1時間という制限時間から解放され、俺らと共に2時間以上の行動が可能になった。本来なら分身シーナを入れておく事でその分身シーナの時間を止め、1時間という制約を突破できないかと思っていた発想だが、それ以上の結果が出せた。
ただこの方法にも2つの欠陥があり、1つ目はシーナなら99人の分身を作り出すことができるが、この分身を消してしまったら再び作り出すためのHPを回復できないという問題がある。
一度分身体を作ってしまうと最大HPが元に戻るのに『ファントム』のスキルそのものを終了させる必要があるため。いつまでも分身任せにすることはできない。
クールタイムも24時間だしな。こんな機会じゃないと使えない。
そしてもう1つの欠陥、それはアイテムボックス所持者が死んだ場合にアイテムボックスから出る方法がなくなるということだ。
今回なら俺が死んだ場合、俺のアイテムボックスの中にいたバルとシーナが出られなくなる可能性があった。
だから俺は最初、ヒョウかみぞれあたりのアイテムボックスに入れる案を提案した。
しかしそれはシーナによって止められた。
そのことについてはシーナ曰く『あんたは守るものがないとすぐ死んじゃいそうだから私達をお守り代わりに入れときなさい。バルもきっとそれを望むわ』とのことだった。
随分信用されてないんだなと思ったが、確かにこうすることで俺は絶対に死んではならないと思いながら戦う事が出来たのだからシーナの言っていることは間違ってはいないんだろう。
だがこの方法は今回だけの特例だ。
このアイテムボックスに人を入れるという方法はよほど切羽詰った状況以外では使いたくない。
人をアイテムボックスに入れるなんて行為は人を物として使っている感じがして嫌だし、アイテムボックスに人が入っている状態で死んだら申し訳が立たない。
そしてなによりそのアイテムボックスの中に入っている仲間はその時あるはずだった仲間との時間を奪われる。時間が凍結されるということはそういうことだ。
シーナはファントムを使えば例外的に意識を保てるが、それで外にいるのはあくまでも本人ではなく偽者のシーナだ。例え実態があろうともそこを間違っちゃいけない。
本物のシーナはたった1人。そしてたとえ分身しようともシーナはシーナ。その認識を崩してはいけない。じゃないともしも今後アイテムボックスを使った裏技を使用するといった場合になった時、本人だけでなく分身のシーナさえもないがしろにして扱いかねない。
「……あ……」
そして石化が完全に解除されたシーナが小さく声を出した。
その後俺の顔を見て、シーナはにやりと笑った。
俺もそれにつられてニヒルな笑みを意識して作り出した。
「あ……ああ……りゅ……リュウ……さん……?」
そんな俺らの傍で石化が解除されたバルが俺を見て目を丸くしていた。
「よう、バル。体の方は平気か?」
俺は軽い調子でバルに声をかけた。
するとバルはいきなり俺に向かって抱きついてきた。
「ああ……リュウさん……リュウさん……生きてるんですね……」
「あ? ……ああ、そうか。そうだぞ。俺は生きてるぞ、バル」
俺はそう言って目の前にあったバルの頭を優しく撫でた。
そういえばバルはシーナとは違って石化してからの事について何も知らないんだよな。
そうするとコイツは俺が一度死んだところで石化したわけだから俺が生きていたことを今知った事になる。
……コイツにも辛いものを見せちまったな。
「バル、すまなかった。だけど俺はこうして生きてるからな」
「ぅぐ……ひっぐ……良かった……リュウさんが生きてて……本当に良かったです……」
俺はバルが涙声でそう言うのを頭を撫で続けながら聞き続けた。
「さっき……リュウさんが蛇に押し潰されるのを見て……胸が痛くなりました……」
「そうか」
「私が……私が……守らないといけなかったのに……私がリュウさんを守らないといけなかったのに……」
「……でも俺はまだ生きている。バルが気に病むことはねえさ」
「でも……でも!!!」
今回はレアを同行させた俺ら全員の責任でバルだけのせいじゃないってのにそれでもバルは自分を責める言葉を漏らし続ける。
だから俺はバルの頭をガシガシ擦って言い放つ。
「ったく。そんなに悔やむんなら次にいかせよ。そんとき俺は黙っててめえに守られてやるから」
バルは自分を責める。だったらそれをバネにして今後の糧に出来るよう励ますだけさ。
「期待してるぜ。バル」
俺はそう言いながら、バルに胸を貸し続けた。
「ぅ……リュウさん……リュウさあああぁぁん!!!」
そうしてバルは俺の服を涙でぐしゃぐしゃにしながらも、俺から離れようとせずわんわんと泣き続ける。
俺はそんなバルの頭を再び優しく撫で続けていた。
「あ、そういえばシーナ。てめえ石化くらった時俺にビンタしてたよな?」
そんな時間が若干こそばゆく感じた俺は、シーナにふと思ったことを聞いてみた。
「え? ……ああ、そういうこともあったわね」
「あれってもしかしててめえが書いた念書の内容に反する事だったんじゃねえか?」
「!? わ、私に何させるつもりよ!!!」
念書という単語を聞いた途端、シーナは俺から若干距離を置き始めた。
「いや別に何もしねえよ。あの時はシーナもいっぱいいっぱいだっただろうからな。だからあれはノーカンな」
「……え? あ、あれ? そ、そう?」
「? なんだよその反応は」
「な、なんでもないわよ!」
俺がビンタの件をノーカンにしたことに安心したのか、それとも拍子抜けしたのか、よくわからない反応をシーナはしていた。
というかあの念書自体俺にとってはどうでもいいことなんだけどな。
あの時は俺もどうかしてた。
というかあの時以外にも俺はちょくちょく暴走してシーナを困らせているが、どうしてそんなことをしているのか俺自身でもよくわからない。
「リュウーーーーー」
と、そんなやり取りをしていた俺らに向かってみぞれが遠くから走ってきて、なぜか俺の名前を呼んでいた。
「あ? どうしたんだ? みぞ――」
「な!?」
みぞれが俺に横から抱きついてきた。
それを見て隣にいたシーナは驚きの声を上げていた。
「ちょ、ど、どうしたんだ、みぞれ?」
「ご褒美」
「は? ご褒美?」
「そう」
そういえばさっきそんな話があったな。
無事だったらご褒美をあげるとかなんとか。
「……で、これがご褒美と?」
「違う」
みぞれは一言そう言って……俺の頬にキスをした。
「ちょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?!?!?!?!?」
それを見ていたシーナが突然大声を上げて俺からみぞれを引き剥がした。
「ちょーちょーちょー!!! 待て待て待てーーーーー!!! え!? 今の何!? 何してくれちゃってんのみぞれ!? あんた頭でもおかしくなったの!?」
シーナはその勢いのままみぞれに詰め寄って問いかけ続けていた。
つかおい。俺にキスしたら頭がおかしいとか酷くねえかシーナ。
……てか、今確かにキスされたんだよな、みぞれに。まあ頬だけどよ。
「あんたのやることはいつも突拍子もないけど今のには流石の私もビックリよ!? あんた何考えてんのよ!?」
「ご褒美をあげました」
「ご褒美ぃ?」
シーナが胡散臭いものを見るような態度でみぞれを見てそう言った。
そしてそんなシーナにみぞれは流し目を意識しているかのような目つきをしつつ、俺らに爆弾を投下した。
「そう。私の世界で一番大切なパーティーリーダーさんに」
「「 」」
……おい。
今、空気が止まったぞ。
シーナが口を開けて止まっているし、泣きながら抱きついていたバルもいつの間にか静かになっている。
なんだこの空気は。
「……みぞれ。ちょっと向こうでお話しましょうか」
「……みぞれさん。私もあなたにお話があります」
シーナとバルがそう言ってみぞれを両脇から捕獲していた。
なんだこれは。
つかバルが普通に喋った。
てめえなんで今普通に喋れんだよ。泣いてたんじゃねえのかよ。
「あーれー」
みぞれは締まらない声を出してバルとシーナに少し離れた場所へと連れて行かれた。
「……みぞれのイタズラにやられたようだな、リュウ」
「あ? ああ、ヒョウか」
そんなことをしているうちに、ヒョウとクリスも俺らのところまで来ていた。
「……そうか、あれがみぞれのイタズラなのか」
「そうだ、あれがみぞれのイタズラだ」
俺とヒョウが一緒に夜の見張りをしていた際、ヒョウは俺にみぞれのイタズラについて話してくれたことがあった。
なんでも、クリスが抱きついてきた時に悪乗りでみぞれがヒョウに抱きついて頬にキスをしたとか。
「……今回は俺にバルが抱きついていたからああなったのか……?」
「多分な……」
「そうか……」
……なんていうか、たちの悪いイタズラだな。
ていうかイタズラに体張りすぎだろ。結果としてバルとシーナに連行されちまったし。
「オレの時はしばらくクリスとの関係がギクシャクしてな……大変だったぞ」
「いきなり『世界で一番愛してる兄さんへ』って言いながらキスしたらちょっとお2人の関係も邪推しちゃうってものですよ~……」
「てめえらもてめえらで大変だったんだな……」
みぞれの体を張ったイタズラはとてつもなくタチが悪いな……
下手を打てばパーティー解散なんてことにもなりうるイタズラだ。
俺らの場合は恋愛とかに疎いからそこまでにはならないだろうが、みぞれの今後が心配になるから後でヒョウを交えて説教だな。
「まあそれはいいんだけどよ……それで、さっき話した件はどうだった?」
俺はここで声を小さくしてヒョウとクリスに訊ねた。
「……ああ、たしかにリュウの言う通りオレ達を見ているな」
「森の中に潜んでいるのでそれなりに距離はありますけどね~」
「そうか」
まあ遠くにいるってことはコイツらの焦りのなさから大体予想はできていたが。
「じゃあそろそろ本番といくか……出てこい! レア!!!」
俺は森に向かって怒鳴り声を上げた。
その声で俺らから少し離れていた事情を知っているシーナとみぞれがすぐに駆け寄り、その後ろから何の事情も知らないバルがついてきていた。
俺は今回魔王戦で『オーバーロード』を使用しなかった。
まだ前回の『オーバーロード』の使用から24時間経過していないが、実のところ俺が一度死んだ事でスキルのクールタイムがリセットされたらしく、現在『オーバーロード』は使用可能となっていた。
だが俺はあえて『オーバーロード』なしで魔王と戦った。
それは魔王戦の後の事を考えての保険だった。
まあもし魔王との戦いでピンチに陥っていたら使っていたが、予想外の事は何も起きず、予定調和的に討伐を完了した。
そしてその魔王戦の後の事というのは……俺らを見ているであろう『解放集会』との戦いについての事だ。
『解放集会』。俺はコイツらが魔王の動向を監視している可能性、それと同時に……俺らをレアが監視しているであろう可能性が高いと踏んでいた。
だから俺は予めパーティーメンバーにどこか人の隠れられそうな場所にそれとなく注意を払えと言っておいていた。それがヒョウ達を後方で待機させていたもう一つの理由だ。また変な横槍を入れられたらたまらないしな。
この念のためとも言える俺の予想は的中し、森の中から人が現れた。
レアだった。
「うぷぷぷぷ。なんでいるとわかったんですかー? リュウさーん」
もはや生物が全て息絶えたかのような無音の世界の中、そのツインテールの金髪少女は俺に向かって問いかけてきた。
「てめえは狡猾だからな。もしかしたら俺らが魔王と戦っているのを見学しているかもと思ったのさ」
「なんですかそれー。全然理由になってないじゃないですかー」
「うっせ。どうせてめえは『解放集会』の教主様に命じられて俺らを監視してたんだろ?」
「……なるほどー。もうそこまで推理されちゃってましたかー」
そうしてレアは口に手を当ててくすくすと笑い始めた。
……どうやら当たりのようだな。
「ばれちゃしょうがありませんねー。そうです。ボクが『解放集会』の序列6位。『名工』のレアちゃんなのでしたー」
こうして『解放集会』のレアが現れた。




