誤算
「それじゃあ速攻でいくぞ! 『オーバーフロー・トリプルプラス』!!!」
俺は目の前にいる魔王を倒すべく、攻撃力アップのスキルを唱えた。
『オーバーフロー・トリプルプラス』は俺の持っていたスキル『オーバーフロー・ダブルプラス』に更にスキルポイントを消費して得たスキルだ。
このスキルの効果は1分間攻撃力を7倍にする代わりに防御力を5分の1にするスキル。並みのモンスターならひとたまりもない。
だが今回の敵は並のモンスターなど目じゃないほど巨大だ。正直1分で倒せるかわからない。
しかしそれでも俺は弓を引く。今回は薬指と小指の間も使って計3本の矢を手に持っている。
今回はテストする時間が少なかったから不安だったが、3本の矢を弦で引いても特に問題はなさそうだった。
俺は赤いオーラを迸らせながら3本の矢をブラックバジリスク目掛けて放ち、奴の胴体を貫いた。
3本の矢を射ったのだから3倍のダメージが与えられるとかそんな単純な計算にはならないと思うが、1本の矢の時よりも数段上のダメージを与えられたと思える。
『キシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!』
そして体を貫かれたブラックバジリスクは奇声をあげてのた打ち回った。
その動きはおそらくは偶然の結果だろう。しかしその動きは確実に俺らを押しつぶそうとしていた。
「うっ!」
「まずい!」
「うぉ、『ウォールガード』!」
間一髪バルがスキルを使用して俺らと魔王の間に壁ができ、俺らはなんとか助かった。
だがそんな魔王のあまりにも大きな胴体の重量で、バルは押しつぶされそうになって膝を屈した。
「く! うぅ……」、
「大丈夫か!?」
「だ……大丈夫……なの……じゃ」
俺がバルに声をかけるとバルは小さくそう答えた。
「『アイスジャベリン』!!!」
そして俺の隣にいたヒョウは魔法を唱えて巨大な氷の槍を形成してブラックバジリスクに向かって放った。
『キシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』
その槍はブラックバジリスクの硬い鱗を突き破り、胴体に突き刺さるような形で残った。
「オラア!!!」
俺も負けじと矢を3本持って頭部へと打ち込んでいく。
それによってブラックバジリスクの右目を潰した。
「もう一丁ォ!!!」
そして更に俺はクールタイムを待たずに矢を放つ。
今回は的が滅茶苦茶でかい。俺の腕でも十分当てられる巨大さだ。
だったらわざわざ『ロックオン』を待つ必要もない。
俺は矢を放ち次第、再び新しい矢を持って魔王へと放ち続ける。
「!? おいリュウ! あれを見ろ!!」
「っ!」
ヒョウが声を上げて指をさしたその先には、俺が最初の攻撃で貫いた蛇の胴体部分があった。
黒い血がドバドバと出ていたそこは、今見ると流血が収まっていた。
そして徐々に傷口が塞がっていく光景が見えていた。
「ちっ、再生持ちかよ!!!」
俺はその光景を見て悪態をついた。
だがその回復速度は3番目の街にいたブラックヴァンパイアほどではない。
あの調子なら完全に回復するのに10分はかかるだろう。
「回復する暇など与えるか! 『アイスブラスト』!!」
そしてその回復しかかっている傷口へ向かってヒョウが範囲魔法を仕掛けていた。
するとその傷口は一瞬で凍りつき、再生をも食い止めた。
「よし! このまま押し切るぞ!」
俺は3回目の攻撃を魔王へ向けて放つ。
魔王は3本の矢をまともにくらってのた打ち回っている。
「うぅ……リュウさん……壁がそろそろ壊れます……」
と、そこ今まで魔王の攻撃を抑えていたバルからそんな声が上がった。
「ああ、わかった。一旦距離をとるぞ!」
俺らは町の横道に逃げ込んで蛇の攻撃から逃れる。
そうすると俺らを守っていた青い壁が時間切れで崩れ去っていった。
「おら喰らえや!」
俺は横道から見えるブラックバジリスクの長い胴体に攻撃を加える。
これでもうあの魔王は穴だらけだ。動きも若干鈍くなっている。
「『ブリザード』!」
そしてその穴に向かってヒョウが氷魔法を当てていって凍らせる。
これによって魔王から血は流れ出なくなるが、同時に回復もできないという状態にすることができる。
俺らはその攻撃を見届けると素早く移動を開始し、裏道を通って魔王の正面近くの横道に移動する。
「うし! 間に合った!」
俺はそう声を出しながらブラックバジリスクの顔面に射撃を行った。
『ギシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!』
俺らの攻撃が相当効いたのか、ブラックバジリスクはよろよろと動くだけになっている。
『オーバーフロートリプルプラス』も残り15秒。
ここでトドメだ。
俺はアイテムボックスから金色の剣を出した。
剣の名は『超聖剣スーパーエクスカリバートライゼットエクステンドスペシャル』。このふざけた名前の剣は3番目の街での戦いの時、終が回収せずに俺の手の内に残っていたものだ。
正直これを使うのに躊躇いの気持ちはないではないが使えるものは使うべきだ。
それにこの武器は俺には『オーバーロード』使用中にしか使えない。
実のところ4番目の街に到着するまでに俺はこの武器を『オーバーロード』無しでもなんとか使えないかと模索していた。
だが結局のところそれは無理だった。どうしても命中率の壁が邪魔をする。
だから俺はこの剣を『オーバーロード』専用の武器として考えている。
まあ今はそんな事を考えている場合じゃないか。
今は目の前の敵にトドメを刺すことが重要だ。
俺は剣を構えて残り十数秒の攻撃力アップ中にもう1つスキルを発動させる。
魔王を単騎で打倒すべく、夢の中で出会ったあの謎の女から託されたスキル。何故か終もまた持っていたスキル。
そのスキルの名を俺はここで再び声に出す。
「『オーバーロード』!!!!!」
――そして世界は停滞し…………なかった。
「え…………?」
俺はその場で茫然自失となった。
「リュウ!? どうしたんだ!」
「っ!」
そうだ。今は目の前の敵をなんとかしないと。
だがなぜか俺の体からは力が出てこない。
俺の体からはスキル発動中ということを知らせる黄金色の光とそれを取り巻くように赤い光が舞っている。
『オーバーフロー・トリプルプラス』と『オーバーロード』は確かに発動している。
だったらどうして?
「…………っ!!!!!」
……いやな予感が俺の背筋を這い上がった。
俺は1つの可能性、1つの原因に心当たりがあった。
その心当たりに気づいてしまった俺の指が勝手に動き出す。
メニュー画面を開き、俺はいつの間にか自身のステータスを確認していた。
NAME リュウ
CLASS『魔王討伐者 ドラゴンロード』
HP 100
MP 100
STR 1
VIT 1
DEX 1
AGI 1
INT 1
MND 1
LUK 1
ああ、やっぱりか。
全てのステータスが最低値になってやがる。
これは、つまりあれか。
スキル『オーバーロード』の使用で全ての才能値が俺の現時点での最高の才能値の数値を基準にして均一化がなされた結果なのか。
ということはつまり……今の俺は最弱という事になるな。
なぜこんな数値になったのか。なぜこんな現象が起きたのか。
そんなこと、1つしか考えられない。
なあ、そうだろ?
「どうして……」
俺はレアの方を向いた。
レアは俺を見た。
俺らは互いを見つめあい、やがてレアが笑い始めた。
「うぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷ」
レアは口に手を当てて笑い出す。
まるで些細ないたずらがばれた子供のように。
「なんとか言えよ! レア!!!」
この現象が起きる原因を考えると俺の頭では1つしか思い浮かばない。
それは、俺が『オーバーロード』を使用する直前にレアが『レンタルギフト』を使って俺からSTRの才能値を取り上げるという行為だ。
こうでもしないとこの現象は説明がつかない。
こんな……全てのステータスが最低レベルにまで落ち込むなんてことは。
「リュウさんー、前見たほうがいいですよー?」
「グッ!!!」
今はコイツを糾弾している場合じゃない。
この状況を打開するために動き出さないと、俺らは死ぬ。
「ッ!!!」
レアの方からブラックバジリスクの方へ目をやると、その蛇はなにやら大きく息を吸うような動作をしていた。
あれは……レアの言っていた石化のブレスか。
「くっ! バル! ……あ」
そうだ。バルはついさっき切り札の『ウォールガード』を使用してしまった。
そうなるとここにいる全員をバル1人で範囲ブレスから守りきることはできない。
「『アイススピア』! 『アイスストーム』! 『アイスボール』! ……くそっ! 『ファイアージャベリン』! 『ファイアースピア』! 『ファイアーボール』! ……」
ヒョウがブラックバジリスクに今使える魔法を次々に打ち込んでいる。氷魔法だけでなく、普段は火を起こす程度にしか使わない火魔法も使っている。
しかしその攻撃で目の前の魔王には大したダメージを与える事は出来ず、、遂にブラックバジリスクは俺らに向かって息を吹きかけてきた。
「く! …………う」
それはいわゆるブレス攻撃。だがその攻撃は俺らにダメージを与えはしなかった。
これはレアの言うとおりだった。この攻撃は石化の範囲攻撃だ。
それなら石化耐性を持った俺らに効くような攻撃ではない。
しかし
俺の手足が徐々に石化し始めた。
「う……そ……」
「なんで!? こんなのどうしようもないじゃない! なんで石化するのよ!」
「馬鹿な! オレ達は石化耐性の装備を身に着けているんだぞ!?」
「石化……」
「え……?」
バル、シーナ、ヒョウ、みぞれ、クリスも何が起きたのかを理解するので精一杯といった様子だった。
「だから言ったじゃないですかー。石化耐性は石化を完全に無効化できるものじゃないってー。ボクみたいに石化無効をつけないとダメですよー」
「っ! てめえ!!!」
俺はレアを睨みつける。
アイツはこうなることがわかってたんだ。石化のブレスは石化耐性では防ぎきれない、と。
わかっててレアは俺らをこうして戦わせた。
なぜそんな事をしたのかわからない。
ただ、今わかっていることは、俺らが全滅の危機に立たされているということだ。
俺は周囲の様子をざっと見て、一瞬の内にその被害状況を確認した。
「シーナ! 分身でバルとみぞれを抱えて離れろ!!」
「え……で、でも……」
「早くしろ!!!!! 俺がコイツを倒すからてめえらは離れてろ!!!!!」
「わ、わかったわ!」
今の攻撃で受けた被害は俺、バル、シーナの分身の1人、ヒョウ、みぞれの5人が石化攻撃を受けて石化が進んでいるという状態だ。
すでに俺らは二の腕、足の脛の部分まで石化状態に陥っている。どうやら石化は末端部分から胴体へ向けて効果を発揮していくようだ。
だが、MNDの高さからか状態異常に陥らなかったクリスと、俺らから離れて他の蛇をけん制していたシーナの分身2人が石化の被害からは逃れられていた。
シーナが2人いれば体格の小さなバルとみぞれを連れて離れることができる。それに石化を喰らった方のシーナもAGIに物を言わせて逃げるだけなら可能だろう。
シーナ3人はバルとみぞれを連れて離脱した。
「クリス! てめえはヒョウに肩を貸して逃げろ!」
「う……了解!」
クリスはいつもののほほんとした口調ではなく、非情に切羽詰った表情を顔に貼り付けてヒョウに肩を貸した。
「リュウ! お前はどうするんだ!」
ヒョウはクリスに支えられながら町の横道に移動しつつ俺に叫んだ。
「俺の事は心配するな! さっさと逃げろ!」
「ぐっ……」
俺がそう言うと、ヒョウは一瞬顔をゆがめて俺から離れていった。
……これで俺1人……か。
シーナに肩を貸してもらえばよかったか?
いや、あいつは石化し始めた自分とバル、みぞれで手一杯だ。
それに……もし俺が誰かの手を借りてこの場を逃げようとしても……目の前の魔王は……俺から目を離していない。
さっきまでの攻撃で俺を最大の敵として認識したんだ。
そしてコイツが俺を睨んでいるということは『神隠し』も通用していないということになる。
それは俺がコイツを攻撃し続けたから見えるようになったのか?
あるいは蛇が持つ器官で俺の居場所を探知したのか。どちらでも結果は変わらない。
結果。
それはブラックバジリスクは俺を逃がす気はないというあまり信じたくない事実だ。
だがあの目は本気だ。あの残った左目は、俺を逃がさないと告げている。
ハハッ。こういうのを蛇睨みっていうのかね。
まさかこんな事になるとは思わなかった。
俺の石化は既に手足を完全に石へと変えている。
これって肺の辺りまで来たら呼吸困難になって死んだりしねえのかな。
……多分死なねえんだろうな。俺が今まで見てきた石像は全て最後まで生きてたという感じだった。
だったらバルやシーナ、ヒョウにクリスもきっと無事だ。石化しようともまだ生きられる可能性はある。
あの魔王を倒せばきっと無事なはずだ。そう思わないとやってられない。
それがいつの日になるのかわからねえけどよ。
それでも……そう希望を抱いて……死ねる……
もう目の前の巨体が俺を押し潰すのに5秒もないだろう。これくらいしか指示できなかった俺はパーティーリーダー失格かもな。
もう目の前の巨体が俺を押し潰すのに3秒もないだろう。でもまあ一瞬の内にこれだけ判断できて仲間が生き残れる可能性だけでも残せたなら十分かな。
もう目の前の巨体が俺を押し潰すのに1秒もないだろう。だけど俺が死んだらあいつら悲しむかもしれねえな。バルとかは……もしかしたら泣かせちまうかも。
もう目の前の巨体が俺を押し潰すのに…………
陽菜……ごめんな。