バルコン
夜の見張りは2人1組で行われている。
俺の場合、夜は満遍なくパーティーメンバーと組んで見張りについていたりする。
その日の夜はクリスと組んだ。
「それじゃあ昼間の続きだ。てめえバルに何吹き込んだんだ?」
「吹き込んだなんて人聞きが悪いですよ~」
「……じゃあ訂正してやるよ。てめえはバルに何かアドバイスかなんかでもしたのか?」
「そうですね~、確かに昨日の夜バルちゃんとお話をして、それっぽいことは言ったかもしれません~」
「ほう」
という事はバルの変化はクリスが原因という事で間違いなさそうだな。
「うふふ、そんなにバルちゃんのことが気になりますか~?」
「当たり前だ」
バルは俺の大事な仲間なんだからな。
それにアイツは、なんていうか妹みたいなもんだ。
そんなアイツの変化を気にしないようじゃ兄失格の烙印を押されちまうぜ。
「ではではお話しましょう~。リュウさんになら話してもバルちゃんは怒ったりしなさそうですしね~」
「おう、もしバルが怒るようなら俺が無理に聞き出したことだからクリスに非はないって言ってやるから洗いざらい話しな」
「はいはい~」
そうして俺はクリスが淹れた紅茶の入ったカップを片手に話を聞く態勢になった。
「まず最初にバルちゃんには問いかけをしました~。『バルちゃんは恥ずかしいのと怖いのではどっちが嫌でしょう~?』って。リュウさんはバルちゃんがどっちを選んだと思いますか~?」
「怖いほうだな。アイツは恥ずかしがり屋だがそれ以上に怖がりだ。兜をしていたのもどちらかというと怖がりな自分を払拭するためという意味合いの方が強い。そして以前バルが被っていた兜はバルの理想像を作り出すためのいわばペルソナだ。アレを被る事によってバルは怖がりな弱い自分を隠し、理想の自分を演じることができ、どんな敵にも臆することなく立ち向かえていたんだからな」
「大正解です~。リュウさんはバルちゃんのこと良く知ってますね~……」
「これくらい普通だろ」
「そ、そうですか~。では次です~。次にワタシは『じゃあモンスターにバルちゃんが襲われるのとリュウさん達がモンスターに襲われるのではどちらが怖いですか~』って聞きました~。リュウさんはどっちだと思いますか~?」
「俺らが襲われる方だな。アイツは気弱でも責任感は人一倍ある。盾としての役割を真っ当できなかったときはいつも悔やんでいた。そしてバルは仲間思いの良い奴だ。アイツはいつだって俺らのためになるよう努力してくれている。そんなバルのことだから俺らが襲われるくらいなら自分が襲われる方がマシって考えを持つことくらい本人に聞かなくてもわかる。また、バルは俺らの防御が紙だって事も重々承知している。だから一度や二度襲われたくらいではビクともしない自分より、一度攻撃を受けただけで死んじまうかもしれない俺らが襲われる方がバルにとっては怖いだろうよ。この前蜂に襲われて怖がっていても、俺らの方へは絶対に駆け寄ってこなかったのがその証明だ」
「これも正解です~……。というかリュウさん、バルちゃんのこと分析しすぎではないでしょうか~……?」
「これくらい普通だろ。俺はいつだってバルのことを見てるんだからな」
「そ、そうですか~……」
……?
なんだクリスのやつ。俺との座っている距離を若干広げやがった。
座りでも悪かったのかね。
「そんで? バルがその2つの問いに答えた後、てめえは何を言ったんだ?」
「は、はい~、ワタシは『それならバルちゃんはモンスターに襲われる事よりも恥ずかしい事の方が我慢できますよね~』と言いました~」
「んで?」
「そうするとバルちゃんはワタシの言いたい事がわかったようで、『なんとかやってみます』って言ってくれました~」
「やってみますって何をだよ?」
「昼間にバルちゃんがやっていたことですよ~。忘れちゃいましたか~?」
「昼間にバルが?」
なんだ?
昼間にバルがしたことといえば、まだ本調子ではないものの盾役をキチンとこなせていたことと……あの口調か。
「……つまりバルは兜がなくて恥ずかしい思いをしてでも、あの口調で話すことによって以前のパフォーマンスを取り戻そうとしてるって事か?」
「少し違いますね~。バルちゃん曰く、『兜無しでも理想の自分を再現してみせます』という事らしいですよ~」
「兜無しで自分の理想を……か」
そうか。バルのあの口調は理想の自分へのステップアップを図っていたのか。
まだまだ照れが抜けていないが、それが克服できれば以前のような喋り方になるだろう。
そしてその喋り方から自身の理想を兜無しの状態で作り出し、以前の戦い方をも再現しようとしていたわけか。
そんなんで上手くいくのかと思うが実際今日の動きは悪くなかったし、案外良い方法なのかもしれねえな。それにおそらく今のバルはあのわし口調をする事で羞恥心を煽られて恐怖心が薄まるという副次的な効果も得ているような気がする。理想になりきれていなくても何かしらで恐怖心が紛れればバルはなんとかまともに動けるようになるのか。
そう考えるとクリスの入れ知恵はバルにとって良い効果を生み出したといっていいだろう。
あの口調を素顔で喋る恥ずかしさに耐えるか、モンスターを怖がり尚且つ俺らが襲われる可能性の怖さを天秤にかけ、そしてバルは前者を選んだというわけだ。
「それにしてもバルちゃんは渋い趣味してますね~『ロードラ』のバルムントといえば確かに有名ですが~」
「なんだ、てめえも知ってたか」
「当然ですよ~。兜で身分を偽っていたバルムントが最後、自らの素性をオルトに明かして息を引き取るシーンはワタシ泣いちゃいましたよ~」
「へえ」
その映画では最後にバルムントが死んじまうのか。
なんていうか縁起でもねえな。
もしバルが死にそうな目にあっても俺が絶対死なせねえぞ。俺の命に代えてでも。
「まあ映画の話なんかどうでもいい。それよりなかなかナイスなアドバイスじゃねえかクリス」
「いえいえそれほどでも~」
「本当ならパーティーリーダーの俺がなんとかしなくちゃいけねえ問題だったのかもしれねえし、クリスには頭が上がらねえわ」
「リーダーだからといってメンバーが抱える問題を全部抱える必要はありませんよ~。皆で問題を共有してこそパーティーです~」
「そうか。サンキューな、クリス。てめえがパーティーに加わっていてくれて本当に良かったぜ」
「いえいえ~」
その後俺はクリスを褒め続け、そうしているうちに見張りの交代をして眠りに入った。
「来たぞ! バル!」
「う、うむ! わた……わしにま、任せるがよい!」
次の日もバルは恥じらいのあるわし口調で生活し続け、戦闘もそこそこ悪くない動きにまで戻ってきた。
今も足の生えた魚相手に一歩も譲らずその場に引き止めている。
「う……うぅ……」
「バル! もう少しだ! 踏ん張れ!」
「う……は、はい……わ、わかったのじゃ!」
魚の尾びれ攻撃がべしべしとバルに降り注ぐのを、遠くから俺は弓のクールタイムが終了するのを待ちながら見守っている。
「『ブリザード』」
ヒョウがシーナの周りにいる魚の群れに向かって範囲魔法を放つ。
その直前にシーナは離脱し、魚の群れは一瞬で氷付けになった。
あっちはもう大分連携が上手くなってきたな。
シーナも危なげなく動いているし、魔法範囲を狭めようとモンスターをなるべく一纏めにするように動く余裕さえ見られる。
それもみぞれの付与魔法『スピードアップ』のおかげなんだろうか。
そしてそんな事を考えている間に弓のクールタイムが終了して俺はバルと戦っている魚に矢を当てた。
「ふぅ。結構モンスターの数が多かったが問題なく倒せたな」
ヒョウが一息つきながらそう言っていた。
確かに今回は魚が30匹以上はいて少しビビった。
まあそいつらの殆どはシーナが遠くに引き付けていたし、近づいてくる敵も俺の弓とヒョウの範囲攻撃でカタをつけられた。
いざという時はみぞれの拘束魔法やクリスの魔法盾もある。そう考えると案外楽勝だったのかもしれねえな。
それに、バルがキチンと俺らを守ってくれたからな。だから今回みぞれとクリスの出番は無かった。
「ああ。やっぱ盾役が安定してると俺らも安心して攻撃できるしな」
俺はさりげなくバルに聞こえるようにバルを持ち上げてみた。
「あ……えと……その……」
バルはおどおどした様子で顔を赤くしながら俺に何かを言おうとしていた。
「どうしたバル? こういう時てめえなら『そうじゃろうそうじゃろう! お主達は安心してわしに守られるがよいぞ!』くらいのことは言ってただろ?」
「あ……は、はい! えと……そ、そうじゃろーそうじゃろー! おおぬしたちはわ、わしに安心してま、守らえるがよいぞ!」
「……まあ今はこんなもんか」
カミカミなバルの台詞に俺らは心の中で苦笑しつつも、表面上は普通にしていた。
ここで調子が戻りつつあるバルをからかったらバルが落ち込んじまうかもしれねえしな。
からかうのはコイツがちゃんと自信を取り戻すまでお預けだ。寂しいけどな。
「うし、そんじゃあ魚さばき終えたら行くか」
そして俺らはさっきまで戦っていた魚モンスターの死骸を集める。
このモンスターは不自然に生えた足以外はイワシやアジ、サケといった奴らだ。
中には稀にマグロとかも出てくる。そして食うと確かにマグロの味だ。
流石に足部分は食う気しないから土に埋めたりするが、それ以外の部位はパーティメンバー全員好評の食材だったりする。
「こんだけあるなら今日は魚三昧といくか」
「いいわねそれ! 私焚き火で焼き魚とかしたいわ!」
「こんなサイズの魚を串に刺して焼けるかよ。鉄板の上で丸焼きにならできるかもしれねえけどな」
「わ、わかってるわよそれくらい!」
「オレは刺身がいいな。マグロも1匹紛れていたことだし」
「魚の竜田揚げ一択」
「あらあら~見事に意見がバラバラですね~。それじゃあ私達が張り切って全部作っちゃいましょうか、手伝って~バルちゃん~」
「は……う、うむ! り、料理もわしらに任せるが良い!」
こうして俺らはその日一日、魚三昧の食事風景だった。
料理はクリスがメインで作っていたが、バルはクリスの補助の他にも俺とヒョウに混じって魚を解体する作業も手伝った。
今回のモンスターはでかいってだけでただの魚と似たような構造してるからな。ブタを解体するよりかは抵抗感も無かったようだ。
やっぱり俺らにバルは必要だな。
今日のバルの働きを見て俺はふとそう思った。
バルはその年齢の若さゆえか、精神的に相当脆いところがある。
3番目の街までは兜のおかげでそういった部分は隠せていたみたいだが、今はそんな精神的主柱はない。
だがそれでもバルは戦っている。それでもバルは俺らのために働けるよう頑張っている。
多分バルが料理をする比率が高いのも、俺らのために何かをしたいと思っての事だったんだろう。
ついでにいうなら、クリスの料理比率がバルより低いのは、クリスも俺と同じくそう考えたからあえてバルが一番の比率になるよう調節していたんだろう。
なんっつうか、クリスも俺に負けず劣らず随分バルのこと考えてんだなって思っちまった。
悪くはねえんだけどよ。
まあそんなわけでバルは今日も元気だ。アイツは今日も俺らのために頑張ろうとしている。
そんなアイツをみて俺らもまた元気になる。そして俺らもアイツのために頑張ろうとする。
なかなか良いパーティーじゃねえか。
俺はニヒルな笑みを意識して作りつつそう思った。
そして俺らは3週間あまりの道のりを進み、遂に4番目の街へと到着した。
街は滅んでいた。