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それでも俺は  作者: 有馬五十鈴
一章 始まりの街
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荷物持ち

 フリーダムオンラインの世界に閉じ込められてから1週間が経過した。

 これだけの時間が経過すると元の世界の俺の体は一体どうなっちまってんだろうかとか思わないでもない。

 病院に搬送でもされてるんだろうか。そして陽菜が病室に眠る俺のそばで泣いていたりしてないだろうか。

 そう思うとなんとしても早くこの世界から脱出しなければと気持ちが焦る。

 しかしながら世界というものはなかなかうまく事を運べないのが世の常だ。


 俺は1週間の間に起こった出来事を思い出す。


 この1週間、俺は未だに始まりの街でくすぶっていた。

 早くユウたちに追いつかなければと思う気持ちはあったものの、装備が揃わないまま冒険するのは自殺行為だと認識し、ひたすら金の工面に奔走していた。


 追い剥ぎ共に装備をパクられた次の日から数日間、俺は始まりの街内で困っている人がいたらその人の手助けをして報酬を貰う、いわゆるクエストをこなしていた。

 とはいっても貰える金額も微々たるもので、おつかいイベントが一日一回限定で10Gとかそんなんだ。


 宿屋の1泊料金が安くて10Gだから、多分始まりの町のクエストはどうしようもなくなったプレイヤーの救済措置的な扱いなんだろう。こまごまとしたクエストを行って1日の収入は精々50Gだ。

 この町で人らしい生活をしようとするなら1日最低20Gはかかるから手元に残るのは30Gか。10Gは宿代で残り10Gはメシ代な。

 まあ実際は着替え用の服やらその他必要な諸々の雑貨を買ったりしてるので30G丸々残すことはできないんだが。


 ちなみに宿とメシはどうしても欠かせない。なぜなら現実世界と同じく体が寝ることと食うことを欲するからだ。

 睡眠は現実世界と同じくらいとらなければ眠くなる。おそらくこの世界で寝ることで現実世界でも脳が眠ることができているんだろうと解釈しておく。

 メシはどういう理屈かわからんが何も食わないでいると腹が減ってつらくなる。別に食わないでも餓死することはないだろうが検証する気にはなれない。


 そうそう、初日にこの世界で腹が減ることを知って驚いたが、それと同じように排泄も必要なのにもビビッた。

 そして普通にパンツを脱げることにも気付いた俺は、この世界どんだけリアリティ追求してんだよと開発に訴えかけたかった。

 この分だともしかして性欲も再現されてるんじゃねえの? とか思って軽く戦慄するが、何か怖いのでそういった行為は意識しないようにしている。


 少し話がそれたがまあそんなわけで、最低必要生活費20Gを引いた30Gをコツコツ貯める作業を3日ほど繰り返した。

 正直、外に行ってモンスターを狩ったほうが何倍も効率がいい。

 それでも俺はレイピアがなんとか手に入るまではモンスターとは戦わないようにしている。


 攻撃が当たらないんだからしょうがない。

 命中率+10%はやっぱでかいだろうしな。


 しかしながらレイピアの通常価格は800Gだ。普通に考えると俺がレイピアを買えるだけの金を稼ぐのには1ヶ月近く掛かってしまう計算になる。

 いくらなんでもそれは流石にのんびりしすぎだと思い、これじゃあ埒が明かないと途方にくれていたゲーム開始4日目の朝、一つのパーティーから『俺たちのパーティーに入らないか?』と誘いが来た。


 




「おら新入り! ボサッとしてねえでさっさと素材集めろ!」


「……了解」


 誘いを受けてからの3日間、おれはパーティー『レッドテイル』の8人目のメンバーになっていた。パーティーの構成は男4人女3人のパーティーで、物理アタッカー2、タンク2、魔法アタッカー2、ヒーラー1といった具合だ。

 とはいっても別に俺はこのパーティーでゲームクリアしようとかそういうことは思っちゃいない。あくまでしばらくの間組むだけの、いわば臨時のパーティーだ。


 俺は最初、自身の才能値の問題を話してお引取り願おうと思っていたのだが、事情を話してなおそこのパーティーのリーダーは『それでも構わない』というので試しに加入してみた。

 俺をパーティーに入れて何の得があるんだ? と首をかしげたが、パーティーリーダーの(くれない)が話した内容に俺はなるほどと思った。


 俺たちプレイヤーは誰でもアイテムボックスというものを所有している。

 アイテムボックスの中は異次元空間に繋がっているのか見た目以上の収納が可能で、ボックス自体も用がないときは手元から消すことができる便利な箱だ。

 そしてそのアイテムボックスに収納できる総量はSTRに依存しているらしく、STRが大きければ大きいほど収納量も増えていく。


 つまり俺のアイテムボックスは、他の人より収納スペースが滅茶苦茶でかいということになる。


 紅はそれを有効活用できるということで俺をパーティーに加入させたのだ。

 身もふたもなく言ってしまえば、ただの荷物持ちだな。

 まあなんだ、お荷物になるくらいなら荷物持ちの方がいくらかマシか。


 ただまあそんな感じで入ってはみたが、このパーティーはとにかく人使いが荒い。

 荷物持ちだけしていればいいのかと始めは思っていたのだが、『戦闘で役に立たないならせめて素材剥ぎもしろ』と言われ、俺はしぶしぶモンスターをナイフで解体していたりする。


 てかこのゲームは妙なところまで完全再現しているからもしやと思っていたが、モンスターを倒した際、経験値と金は自動的に手に入るがドロップアイテムはその倒したモンスターの死骸を解体することで手に入る。

 その解体作業というのがリアルで生々しい。率先してやろうだなんてとてもじゃないが思えない。


 一応この解体作業というのもかなりの力仕事で、STRの高い人がやると早く作業が終わるとか紅はほざいているが、多分ここのメンバーも誰もやりたくないから俺にやらせてるんだろうな。


 そういうわけで俺は荷物持ち兼素材剥ぎ取り係に任命されてしまった。

 1日100体以上の死骸を漁るのはぶっちゃけかなりしんどい。

 つってもクエストやってた時と比べたら実入りがいいのは確かなんだけどな。






「ほらよ、今日のお前の取り分だ」


「うす」


 今日集めた素材を紅に渡し、俺は200Gを受け取る。


 このパーティーの1日の収入は大体2000Gらしい。

 それを俺に200G、俺以外に250G、残りの50をパーティー共有の回復薬等に充てているとのことだ。


 なぜ俺だけ安いのかというと、実際戦闘して命がけなのは7人なのだから差をださないとパーティーから不満がでるんだとか。

 だが俺側から見れば危険なところについていかなくちゃいけないんだから危険度はあんま変わらないような気がするんだけどな。

 それにパーティーを組んでても戦闘時はただ眺めているだけだからか俺に経験値は入らねーし。この件についても聞いてみようかと思ったが、事実戦闘に参加してないんだからしょうがないかということで経験値については諦めている。


 まあそんなわけでも日収50Gだった時と比べて4倍の収入だ。

 これが今日を入れると4日間なので800G。

 遂に俺は念願のレイピアを購入できる金額まで到達した。


「……口元にやけてるぞ。なんか悪いもんでも拾い食いしたか?」


「なんでもねーよ」


 しまった。

 顔に出ちまってたか。

 クールになれ俺、クールクール。


「それじゃあ俺はもういくぜ。ちょっと用事があるからな」


 俺は軽い足取りでその場を立ち去り、その勢いのまま武器屋へと足を運んだ。

 散々鬱憤が溜まっていたがこれで俺も戦える。

 もう荷物運びと解体作業だけしか能がないなんて言わせねえよ!






「レイピア? あースマン、売れ切れちまった」


「な……に……?」


 衝撃の言葉が武器屋の店長から発せられた。

 俺はその場に膝をつき、両手も地面についた。


「なんてこった……次入荷するのいつ頃だ?」


「1週間後ってところだな。つかお客さん、前にレイピア買ってかなかったか?」


「あれはパクられた。だから必死になって800G集めてきたってのによ……」


「あー……そいつは残念だったな」


「はぁ、あと一週間か……」


「そんなに欲しいなら次レイピアを仕入れたら取り置きしといてやるよ」


「おう、悪いがそうしてくれ。代金は今払ったほうがいいか?」


 俺はそう言いながら金の入った袋を取り出す。


「いや、品物がきちんと入荷した時に代金は持ってきてくれ」


「そうか、わかった。じゃあまたな」


「あいよ、また一週間後な」


 俺は武器屋の店長と別れの挨拶を交わして宿への帰路を歩く。


「1週間後か」


 俺は宿へと続く路地にある露店を冷やかしながら今後の予定を考え始めていた。


 今日レイピアが買えないと知った時は残念だったが、それは別に悲観することではないのかもしれない。

 レイピアだけあっても俺が弱いという事実を埋められるわけではない。

 俺に足りないものはまだまだある。防具、回復薬、知識、エトセトラエトセトラ。


 特に防具は俺の脆弱なHPと防御力を補う為に必須だ。だからまだしばらくの間は『レッドテイル』で金を稼ぐ必要がある。


 1週間あれば1400G稼げる。

 それだけあればこの街での最高の防具、鋼シリーズで全身を固められる。

 だがそうするとそれだけで財布の中身は空になる。回復薬については消耗品だからひとまず後回しにするしかないか。


 知識については一応『レッドテイル』にいるおかげで始まりの街周辺の地理やモンスターの分布、モンスターの脅威度といったことが大分わかってきた。

 宿に戻ったら一旦知識を纏め上げて、どこが一番安全に効率よく狩れるか考えてみるか。

 そういうことなら紙と書くものがいるな。


 俺はそう思って歩いていた道を引き返し、雑貨屋を探し始めた。






「ん?」


 雑貨屋で目的の品を購入して店を出ると、向かいの酒場からここ最近聞きなれた男の声が耳に入った。

 窓から店内の様子を伺うと、やはり声の主は紅だったことがわかった。


 なんだ、あいつらこんなところで飲んでたのか。

 つかアルコールとかこの世界にもあるのか? ……あるんだろうな。


 まあいい。

 楽しく飲んでる分には何も問題はない。


 さっさと宿に戻るか。


「おらジャンジャン飲めお前ら! どうせ浮いた金だ。今日もその分使い切るぞ!」


「うわ~、リーダーマジ最低~、でもこの料理マジ最高~!」


「この街で一番高い店だからねぇ。このお酒も美味しいわぁ」


「うはっ。今の俺たち超セレブじゃね?」


「おお、何か気持ち悪くなってきた……でもまだ飲むぜ」


「キャハハ! こんな贅沢に金使って飲むなんて自腹じゃできないッスもんね!」


 ……なんだかよくわからない話が耳に入っちまったな。


 浮いた金? 自腹じゃない?


 パーティーメンバーの座っている席にある料理を見る限りずいぶん派手に使ってるみたいだが……少なくとも300G以上か?

 メンバーで割り勘でもなければリーダーの奢りという訳でもない。

 副収入が入ったなんて話も聞かないし、『今日も』という言葉も気にかかる。

 数日前から毎夜こんな感じなのか?


「しっかしなあ、名残惜しいけどこの宴会も今日が最後かあ……」


「そろそろスキルも使えるようにしたいしな。次の街に行くのもそろそろ頃合いだろ」


「その次のクラスも早く取っといたほうがいいだろうしな」


「でもねぇ、あの子には本当に何も言わなくていいのかしらぁ?」


「いいって別に。どうせただの荷物持ちなんだし」


 荷物持ちって俺のことか。


 つか今日が最後? 次の街?

 もしかしてあいつら明日になったらこの街を出て行くつもりなのか?

 聞いてねーぞ。


「ふぅん。私てっきりあの子も連れて行くのかと思ってたわぁ」


「おいおい、あの荷物持ちの才能値お前も知ってるだろ? あんなの連れてったら荷物持ちじゃなくてただのお荷物になっちまうよ」


「誰がうまいこと言えっつったよ。まあその通りなんだがな! だから俺はあいつに何も言わなかったんだぜ? 付きまとわれても迷惑だしな」


「うわ~、リーダーマジ最低~。でもこの料理マジ最高~!」


 ……おい。誰がお荷物だコラ。まあ事実だけど。


 だが俺がてめえらに付きまとうだと? そんなことするかボケ。


 いっそ今ここであいつらとお別れの挨拶としゃれ込むか?


「でもあなたたち、そんなにあの子を悪く言っちゃダメよぉ。あの子のおかげで私たちはこんなに美味しいお酒が飲めるんだからぁ」


「そうだな。あんなはした金でせっせと働いてくれるリュウには感謝しないとな」


「たしか200G? それって私らの5分の1以下じゃないっすか。ちょっと天引きしすぎじゃないっすか?」


「バカヤロウ。実際体張って戦ってんのは俺らなんだぞ。あいつはただ見てるだけ。そんなやつに渡す金なんてこれくらいでちょうどいいのさ」


「そそ。それにこうしてあいつに渡さなかったその余った金で飲み食いできてるんだから万々歳じゃね?」


 !!!!!


「おいてめえら!!! 今の話どういうことだゴラァ!!!!!」


 今の話を聞いた俺はいてもたってもいられずに店の扉を勢いよく開け放った。

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