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それでも俺は  作者: 有馬五十鈴
3番目の街
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それでも俺はやってない

 俺らが2番目の街セカンディアードを出発してから一週間がたった。

 あれから長い道のりを北にひたすら歩いてきたが、まだまだ先は長いようだ。


 この一週間での俺らの調子はまあいつも通りといった感じだった。


 ここまでの道のりで数多くのモンスターと遭遇した。

 岩のような表皮の大ネズミ、ウネウネと蠢くスライム的な何か、集団で押し寄せてくるバッファロー、なぜか人間の足のようなものが生えている魚、エトセトラエトセトラ。

 とまあそんな一部キワモノが混じったモンスターをシーナが引き付けバルが塞ぎ、そして俺が射抜くというコンビネーションで切り抜けてきた。


 俺の持つスキル『神隠し』とバルとシーナが持っているスキル『敵視』によって殆どのモンスターが俺に危害を加えてくることはなくなったので、結構安定した戦いができていたと思う。

 稀に俺に襲い掛かってきてヒヤリとする場面はないではないのだが、とりあえずはここまで生き延びられているのでよしとする。



 旅の途中のメシはバルが6割、俺が3割、シーナが1割といった割合で作っていたりする。

 最初バルは自分が全部やると言っていたが、それだと流石に負担が大きすぎるので6割ということで納得してもらった。


 そしてシーナは1割を任せたわけだが、そのときのメシは2回ともインスタント食品になった。

 1回目は完全に任せていて油断したが、2回目は俺が付き添いであったにもかかわらず料理に失敗した。


 シーナはあれだ、味見とか碌にしないで調味料を目分量で入れる人間だった。

 2回のメシとも食えたものじゃなかったのでインスタントな食品にならざるをえなかった。

 3回目はシーナにこのまま任せていいか考え中だ。



 夜の見張りについても街を出る前にある程度決めていた。

 夜は暗くなり始めたらテントを張り、俺が最初の5時間を見張りして、その後バルとシーナが2人で見張りをするという感じにした。

 3交代の方が1人が眠れる時間が増えるから効率はいいのだが、俺としてはバルを1人で見張りをさせるのは心もとなかったからバルの抗議を無視してそういう見張りの仕方になった。

 それを決めるときシーナは特に文句もなくバルと一緒に見張りをするのを受け入れたが、後で『ちょっと過保護なんじゃないの?』と小声で言われた。バルは子供なんだからこれくらいでいいんだよ。

 ちなみにどうしても寝不足間があるのでちょいちょい昼寝も挟んでいる。流石にバルがきつそうだったからな。


 ちなみにこの旅の荷物はほぼ全て俺のアイテムボックスにしまってある。

 バルとシーナは自分の着替えや小物類くらいしかアイテムボックスに入れられないくらいの容量しかないので、STRのおかげで容量のデカイ俺のアイテムボックスを使うのは妥当ではあるのだが。


 

 この一週間の調子はこんなもんだった。

 そして昨日から俺らは見渡す限りの荒野から一転して、深い森の中に入っている。

 樹齢何千年だと思わせる滅茶苦茶でかい大木と木々の葉からもれ出る太陽の光が幻想的な、非常にファンタジックな森だ。


 まあやたらとでかい虫系のモンスターが大量に出てバルとシーナはドン引きしてるんだけどな。

 何も全部リアルにすればいいってモンじゃねえぞ。


 そしてそんな森の中を3日間、シーナはずっと同じ事を言っている。

 今もちょうど、シーナの大声が森の中に響いたところだった。


「あーーーー! お風呂入りたいーーーーー!!」


「うるせえぞシーナ。てめえ今日で何回目だそれ」


 俺も既に何回目になるかわからないツッコミをシーナにした。


「だってもう一週間でしょ?! いい加減体洗いたいのよ!」


「てめえ2週間くらい前は野宿で体洗えなかったのがデフォだったんだろ? こんくらい我慢しろよ」


「あの時はお金がなくて仕方なくだったから受け入れられたのよ。それにおなかが減ってそれどころじゃなかったし」


 確かに生命の危機って時に体が汚れてるだの考える余裕はないか。


「じゃあその時の状況を再現するか。シーナ、今日てめえはメシ抜きな」


「なんでそうなるのよ! あんた私がお腹減って肝心な時にヘマしたら責任とってくれんの!?」


「そうじゃぞリュウ。シーナはわしのように頑丈ではない。1回のミスが生死を分かつのじゃから、きちんと健康を維持しておかんと」


 俺の提案にシーナだけではなくバルも否定側に回った。


「そうよバル! あんたもわかってんじゃない! 一緒にこのバカに食事の大切さをわからせてあげましょ!」


 シーナが調子に乗ってそんな事を言っていた。

 まあさっきの提案は俺もイライラしてて大人気なかったからここで引き下がるか。


「わあったよ。そのかわり叫ぶのをやめろ」


「ぐぬぬ」


「ぐぬぬ言うな」


「ぐううううううぅぅぅぅ」


 シーナは叫ぶのをやめた代わりにうなり始めた。


 コイツこの一週間で野生に戻ってきたんじゃねえか?


「でもそろそろ臭いとか気になってきたし……」


「あ? てめえまだそんなこと気にしてやがったのか?」


「ムッ! 気にするわよ! 私はあんたに臭いって言われた事まだ根に持ってるんだからね!」


「別に俺は直接てめえにくせえとは言ってねえよ。臭うとかはバルが言ったが」


「わ、わしか?! シーナよ、もしやお主、わしのこと根に持っておったのか?」


「え? 別にバルは根に持ってないわよ?」


「そ、そうじゃったか。それならよいのじゃが」


「おい。なんでバルは許されて俺は許されねえんだよ。不公平だろ」


「物には言い方ってもんがあるのよ! このバカ!」


 そう言ってシーナは俺にだけ口うるさく怒っていた。

 なんで俺だけなんだよ。


「つかてめえ、街でなんか色々消臭スプレーだか臭い消しの香水やら色々買い込んでたじゃねえか。それで我慢しろよ」


「それでも限度ってものがあるのよ! 一週間もお風呂入れないなんて1ヶ月前じゃ考えられなかったわ……」


「……確かにそうだな」


 俺だって元の世界では毎日風呂には入ってたしな。

 毎日体を洗う習慣のある現代っ子に今の環境はきついわな。

 汗の気持ち悪さや臭いとかまで再現してフリーダムオンラインは何処を目指してたんだろうか。


 だがそうして俺とシーナが話していると、前を歩いていたバルが唐突に歩く足を止めた。


「バル? どうかしたか?」


「……シーナよ、案外お主の願いは叶えられそうじゃよ」


「どういうこと?」


 俺とシーナは先行していたバルに追いつく。

 そして追いついた先にあった光景に、俺とシーナは目を丸くした。


「温泉じゃ」


 俺らの目の前には湯気が出ているお湯のたまり場があった。






「……本当にリュウは入らなくてよいのかのう?」


「俺はいい。どうせ誰かが周りを警戒しなくちゃいけねえしよ。てめえらだけで入ってきな」


「む、むぅ。そうか?」


「いいのよバル。こんなヤツほっとけば。それより早く温泉入りましょ!」


「う、うむ」


 俺を置いてバルとシーナは温泉のある方へと向かった。


 さっきはああ言ったが、俺が温泉に入らねえのは警戒をするという理由以外に、こんなことで時間を費やしたくなかったからという理由もあった。


 俺はできるだけ早く次の街に行ってユウ達に追いつきたい。

 だがそう思って出発してから一週間経過し、まだ次の街まで結構あることに少し焦りを感じていた。

 別に俺らはゆっくり旅をしているわけではないが、この一週間でもしかしたらユウ達は更に先まで行ってしまったんじゃないかと思うと焦る気持ちが抑えられない。


 ただそれでパーティーメンバーに負担をかけて進む速度を速めることはしまいとして俺はそういった発言を自制している。

 バルはまだ子供で負担はかけられねえし、シーナはシーナでケンカ腰だ。俺が無茶な事を言い出したらシーナとはすぐケンカになるだろう。軽口は言い合ってもいいがケンカはだめだ。

 この長旅の間にパーティー内で不和を起こすようなことはすまいと俺は自身に言い聞かせている。じゃねえと俺ら全員の命が危なくなるからな。

 

 だから俺は、シーナが目の前の温泉に入りたいと言っても特に否定はしなかった。

 それで次の街に着くのが遅れようともパーティーの和を重んじて俺は警戒だけをする。


 急がば回れだ。

 これでシーナもバルもリフレッシュできてこの先の道中を歩くのに気合が入れば悪くないことだろう。


 そう俺は自己完結し、周りに聳える大自然の中、バルとシーナが温泉に入っている水音を聞きつつ静かに警戒し続けた。

 そんな時間が大分経って俺もそろそろ焦れていた時、ふと木陰から何かが飛び出てきた。


「っ!」


 俺は咄嗟に弓を構えてその何かに向かって矢を向けた。

 しかし俺はその生き物を視界に納めた時、倒すかどうか判断に迷った。


「……あれ……猿だよな?」


 猿だった。

 まごう事無き猿だった。

 全身毛むくじゃらで尻が赤く、そしてサル顔の茶色い猿だった。


「あれも……モンスターなのか?」


 この世界にはモンスター以外の動物というのもいる。

 時折出てくる元の世界の料理は大抵その動物がこの世界にも存在するから再現できるものだ。

 まあ料理の種類の中にはモンスター食材も使った料理はあるんだけどな。


 ちなみにモンスターとそれ以外の動物の大雑把な違いは倒したとき経験値と金が手に入るかどうかだ。

 モンスターじゃなければそれらは手に入らない。そのかわりモンスターのように好戦的なわけでもないから元の世界のように家畜にする動物もいる。


 と、俺が横道にそれて思考をあさっての方向にもっていっていたら、目の前にいた猿は俺を無視して森の中に入っていった。


「……もしかしたらあいつも温泉入りにきたのかもな」


 今見た猿を俺はそう分析して再び警戒任務に戻った。

 モンスターじゃなければ無駄に殺す必要もないだろう。



 そうしてまたしばらく時間が経過し、俺のところにバルとシーナが戻ってきた。



「おう。随分長かったじゃね……え……か?」


 ……バルとシーナは俺を訝しげな目つきで見つめてきた。

 ちなみにバルは髪が濡れているからかいつもの兜はしていない。


「……リュウ。さっきまであんた、何してた?」


「? 俺はここでずっと見張りをしてたが?」


「ダウト! しらばっくれんじゃないわよ!」


 シーナは俺に向かって大声をあげた。

 つかなんなんだよ。


「嘘じゃねえよ。なんで俺が嘘つかなきゃならねえんだよ?」


「あんた以外に考えられないのよ! さっさと返しなさい!」


「何をだよ! さっきからてめえなんなんだよ!」


 人を嘘つき呼ばわりしやがって!

 俺が何をしたっていうんだ!


「今ならただの気の迷いってことにしといてあげる。だからさっさと返しなさい!」


「だからてめえなんなんだっつってんだろ! 何を返せっていうんだよ!」


「このっ! しらばっくれるのもいい加減に……」


 顔を赤くして怒っているシーナの腕を引いてバルが俺の前に出てきた。


 どことなくバルも顔が赤く、俺に視線を合わせずに目を泳がせてモジモジしている。 


「おうバル。てめえもシーナと一緒か?」


「えと……その……」


 バルはか細い声を出しておどおどしてした。


「バル、俺は何もやっちゃいねえ。てめえは俺を信じてくれるよな?」


「……ぅ……えと……ぇと……」


 俺の問いかけにバルは言葉を詰まらす。


 バル……てめえもか。


「つかさっきから返せ返せ言ってるが、一体何を返せばいいんだよ?」


 金か? 金なのか?

 金ならむしろ俺の方が貸してる事多いんだが。


 そんな事を考えていた俺に答えたのは意外にもバルだった。



「リュウさん……えと……私たちの……ぱ……パンツ……盗まなかった……?」




 …………。




「…………ふぁ?」


 ……あまりの衝撃に思わず変な声が出てしまった。


 つか今コイツなんつった。


 ぱ、パンツとか言ったか?


「お、おい……バル……それは――」


「あんた以外に私たちのパンツなんて盗めるわけないでしょうが! さっさと返しなさいよ!」


「ちょっ待てよ! 俺はやってない! 俺はやってないぞ!」


「だったら誰がやったっていうのよ! ここには私とバルとリュウしかいないはずよ!」 


 た、たしかにそうだ。

 パンツを盗まれたというバルとシーナを除けば犯人は俺しかいなくなる。


 いやだからといってこのまま引き下がれるか!


「いやホントに俺じゃねえって! 信じてくれよ!」


「じゃあ誰がやったのか証明してみなさいよ!」


「うっ」


 シーナの詰問に思わず後ずさる。


 誰がやったかだと?

 バルとシーナは論外。そして俺もやっていない。

 だったらここにいる奴にそんな事をできるのは……


「あ」


 そうだ。

 1人だけ、1匹だけ心当たりがいた。


 あの茶色い猿だ。

 あの猿はここで一体何をしていたんだ?


 俺はふとさっきまで猿がいた方を見た。


「っ!!」


 俺につられてその方向を見たバルが突然その方向へ走っていき、地面にしゃがんで何かを拾った。



 ……それは何かの布のような……白と青のストライプの布だった。



「ってパンツじゃねえか!!!」


 しましまパンツを見て思わず俺はそんな声を上げていた。

 バルはその場で顔を赤くして蹲っている。


 てかおい、ここにあるのは色々まずいんじゃ……。


「どうやら証拠も見つかったようね! さあリュウ! 観念なさい!」


「ちょ! ちげえよ! 俺はやってない!! それでも俺はやってない!!!」


 俺の叫びが森の中を木霊していった。

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