教主
俺らの目の前に1人の男が現れた。
その男に特徴らしいものはなく、初期装備の服を除けばただの平均的な日本人といった外見だ。
もしコイツが友人で、2、3年ぶりに再会したら、コイツの事を思い出すのに一苦労しそうなほどに印象がなかった。
だが俺はコイツを知っている。
俺は一度だけコイツと会ったことがある。
その時はただ単に道端でぶつかっただけ。
それに対してやけに心配されて謝られたが、それだけの接点だ。
それでも俺はそいつと会ったのを後悔した。
何をどう後悔したのか俺にもわからないが、できることなら二度と出会いたくないとさえ思えるような男だった。
……だが俺は再びコイツと会ってしまった。
無表情に無感情の笑みを浮かべたこの男に。
「おやおや、話す気力もありませんって感じ? それはそれはどうもごくろうさま」
男は何の感情も込めていないかのような口調で俺らにそう労いの言葉をかけた。
「てめえ……今、なんつった?」
「なんつったって君、おれはごくろうさまって――」
「ちがう! その前だ!」
「その前っていうと……きみたち案外弱いんだね?」
「その前だ!」
「えー? おれそんなに記憶力ないからもうわかんないなあ」
男は俺を無表情でおちょくるかのように言葉を紡ぐ。
「そんな前のことはおれにはわからないなあ。ねえ? おれはその時、なんて言ったの?」
「……ああ、教えてやるよ。俺の聞き間違いじゃなければさっきてめえは『おれが放ったあの大蜘蛛、結構強かったのかな?』って言ったんだ!!!!!」
俺は感情を爆発させるかのように男に向かって叫んだ。
「あーそうか。そういうこと言ったかもしれないね、おれは」
「だったらてめえ! てめえがあの大蜘蛛を街に放り込んだんだな!?」
「うん、そうだよ」
「なっ!」
「え……」
「うそ……」
「どういうことだ!」
俺の問いにあっさりと肯定した目の前の男。
その男に向けて生き残ったプレイヤーが次々に言葉を浴びせる。
「お前がやったのか!?」
「あんなのを街の放つなんて何考えてるの!?」
「死んだ奴らに謝れ! 俺の死んだ仲間に謝れよお!!」
「あー、うるさいよ、きみたち」
プレイヤーから浴びせられる罵声に男は表情を変えずにそう一蹴した。
「うるさいとか何だ! お前がやったんだろう! 死んで詫びろ!」
「そうっすよ! なんでそんな涼しい顔してんすか!? お前のせいで人がたくさん死んだんすよ!?」
「死んだ、だって?」
男は無表情で笑い出す。
「な、何笑ってんすか……」
「いやいや、きみたちもだいぶ的外れなことを言ってるなあって思ってね」
「何が的外れだ! 事実人が死んでるんだぞ!!」
「おれはだれも殺しちゃいないさ」
「てめえ! ふざけんのもいい加減に……」
そこで俺は気づいた。
目の前の男は確かにおれがあの大蜘蛛を放ったと言った。
だがあの大蜘蛛を解き放ったのは『解放集会』の連中だったはずだ。
だったら、もしかしたら、そうだったとしたらこの男は。
「おれはただ解放してやっただけさ。このうそ臭い世界から永久にね」
「「「「ッ!!!」」」」」
俺らは今目の前の男が言った決定的な言葉を聞き、全員が声を出せなくなった。
……そうか、そうだったのか。
目の前にいるコイツは俺らとは考え方が、倫理観が、正義が、何もかも違うんだ。
コイツは自分自身が考える倫理観をもとに正義を行ったに過ぎない。
そしてなによりコイツは……『解放集会』だ。
「おっと、せっかくタイミングを見計らって登場したのにじこ紹介をまだしてなかったね。おれはこのために来たっていうのに、ごめんごめん」
男は微塵も悪いと思っているような様子を見せずに俺らに謝った。
そして男は自身の名を告げる。
「おれの名前は終、『解放集会』っていうところの教主をやっているよ。これからもどうぞよろしく」
俺らの目の前で終と名乗った男は頭を下げる。
俺らはその様子を黙って見ていることしかできなかった。
「あれ、無反応? 無反応とか傷つくわ」
終はおちょくるように、無表情に俺らに批判の声をあげる。
「俺らはてめえにドン引きしてんだよ。そんくらいわかれや」
「えっ。なにそれ。更に傷ついちゃった」
「冗談言ってふざけてんなよ終!!! てめえか! てめえが全部悪かったのか!!!!!」
「悪い? おいおい、人聞きの悪い事言わないでくれよ。おれは何も悪いことはしていない」
「ざけんな!!! てめえは悪いに決まってんだろ!!! 何言ってやがる!!!」
「ならおれのした事は罰せられるのかい」
「っ!!!!!」
コイツ……俺がどこぞのパーティーから言われたことを口にしやがった。
「何も言えないみたいだね。そう、今のおれたちは誰かに罰せられることなんてない。おれたちを縛る法なんてない。なぜならここは自由の世界なんだから」
コイツは
コイツは
コイツはああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!
「……ふざけるな」
「何か言ったかい?」
「ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
罰せられないだと!? 縛る法がないだと!? ここが自由の世界だと!?
ふざけるのも大概にしろよ。
罰がなければ何をしていいわけがない。法で縛られなければ何をしてもいいわけがない。自由の世界なら何をしてもいいわけがない!
……だが、それでもてめえがあくまでそう言う態度をとるんなら是非もない。
俺がてめえに罰を与えてやる。俺が定めた罰則で。
俺がてめえを法で縛り付けてやる。俺が定めた法律で。
俺がてめえの勘違いした自由を奪ってやる。俺が定めた俺の自由で!!!!!
「てめえ! 生きてここから帰れると思うなよ!! 俺は! 俺らは! 今、ここでてめえを殺すことに躊躇しねーぞ!!!!!」
「おおこわいこわい。殺すだなんて、そんな直接的な単語、おれはすきじゃないな。それにここは街の中だ。HPは減らないよ」
「黙れ! てめえをこのまま野放しにしたらてめえのせいで死んだ奴らに顔向けできねーんだよ!!」
コイツはさっき自分の事を『解放集会』の教主だとかぬかしやがった。
つまりこの惨劇の絵を裏で描いていた犯人はコイツだったってことだ!!!!!
「てめえをここで倒したら外に連れてってやる! 覚悟しやがれ!!!」
「そうだ! 俺達はお前を絶対に許さない!」
「エイジさんの仇! 絶対にとってやるんだから!」
俺の叫びに他のプレイヤーも全員が同調する。
「てめえは絶対に殺す! エイジの……シーナの仇だ!!!!!」
「あー、盛り上がってるとこ悪いんだけど、おれはそろそろ行くね。もう用事も済んだし」
そう終と名乗る男が言い終ると、道場の外から黒ローブの集団が入ってきた。
「っ!」
「今のきみたちじゃこの人数を相手にはできないだろう?」
今の俺らは全員ボロボロだ。
無傷の俺もかろうじて立てる程度しか体力は残されていない。
今道場に入ってきた黒ローブはざっと20人以上はいる。
どう考えても不利だ。
「どうだい? 少しは冷静になれたかな?」
「グッ!」
「ふふ、それじゃあ――」
「させないわよ!!!!!」
どこかからか声が聞こえた。
それは俺の後ろからだったからか、それとも俺の前からだったからか。
どちらともいえないが確かに俺は聞いた。
そしてその声は最近よく聞いていた、あの高くてうるさい声。
そんな声がしたと思った瞬間、俺の前に1人の女が背中を見せて立っていた。
「あ……」
俺は声をかけようとするが、どうしてかうまく声がでてくれない。
声をかけたら今目の前に映る女が消えてなくなりそうだったからかもしれない。
あるいはただ単に涙声が詰まっただけなのかもしれない。
それでも俺は必死に声を出そうとする。
せめてそいつの名前だけでも絞り出そうと、俺は肺に空気をこめて、口を開いて一字一句確かめるように声をだした。
「……しいな……」
「……何よ? 人の名前をそんな辛気臭い声で呼ばないでくれない?」
シーナが俺の目の前に立っていた。
「あ……ああ……シーナ!」
そして俺は、シーナの背中に思いっきり抱きついた。
「ぅへあ!!! ちょっ! ちょっと!! あんたいきなり何してんのよ!!! そんな強く抱きしめるな!!!!!」
「シーナ! シーナ!!! シーナアアアアア!!!!!」
「うるさい! 耳元で人の名前を連呼して叫ぶな!!!!!」
シーナが喋ってる!
シーナが俺に文句を言っている!
シーナが俺から離れようともがいている!
それでも俺はシーナが潰れないよう優しく、それでいて力強く抱きしめるのをやめない!
俺は今、確かに生きていて温かいシーナを抱きしめている!
「ああ! シーナ! シーナが温かい!! シーナの体は温かいなあ!!!!!」
「う、うわああああああああ!!! 離れろ離れろはなれろおおおおお!!!!!」
シーナは一層俺から離れようともがき続ける。
それでも俺は抱きしめ続ける。
「あんた今こんなことしてる場合じゃないでしょうが!!!!!」
俺はシーナに怒られた。
俺はシーナに怒られた!
「生きてたのか! シーナ!」
「はあ!? あんた何言ってんの!? それって私に言った!?」
「そうだよ! 悪いか!」
「私がそんな簡単に死ぬわけないでしょ……っていきなり泣き出さないでよ?! さっきから一体なんなのあんた!?」
「すまん。ちょっと取り乱してた」
俺はシーナを手離した。
なんか前にも似たような事があったな。
あの時とは嬉しさのベクトルが違うが。
「ハァ……ハァ……ん……あんた時々わけわかんないことするの本当にやめてくれない?」
「善処する」
「ふぅ……それで? あんたたち、私たちとやろうっていうの? それなら私が黙ってないわよ!」
シーナは息を整えて目の前にいた黒ローブ集団を見据えた。
ああ、どことなく今のシーナがりりしく見えるな。
「別に、おれはただ帰ろうとしただけだよ。きみたちが何もしないならおれたちも何もしない」
「そう、ならいいわ。じゃあさっさと行けば?」
「っ! ま、待てシーナ!!」
俺はシーナが出した言葉につい待ったをかけてしまった。
シーナの発言は正しい。
ここで俺らがコイツらと戦えばまず間違いなく俺らがやられる。
そんなことは冷静に考えれば自明の理だ。
だが俺はコイツらを逃がしたくないと思ってしまった。
そしてそんな俺の反応も別に普通の事で、俺の言葉の直後にすももやアンも声をあげる。
「何言ってんのよシーナさん! あいつらを逃がすつもり!?」
「シーナさん! あの男はエイジさんや他のみんなの仇なんですよ!?」
「仇を討とうとして返り討ちにあったんじゃ死んだ人たちに申し訳立たないじゃない。今は我慢しなさいよ」
「う……」
「ううぅ……」
シーナは正論で俺らの抗戦ムードを抑え込んだ。
今、この中でただ1人冷静であるシーナの言葉には説得力があった。
「それに、仇を討つことは後にだってできるでしょ? 続きはまた今度にしましょ。……あんたも次は逃げも隠れもしないでしょうね?」
シーナは終に挑発するかのように問いかけた。
「ああそうだね。おれは逃げも隠れもしない。ただ、おれは帰る事だってあるし、きみたちがおれを見つけられない事だってあるだろうけどね」
「屁理屈言ってんじゃないわよ。次会った時は覚悟なさい」
「おれは何時だって覚悟はできてる。それじゃあまた会おう。じゃあね」
終は無表情のままそう言うと、黒ローブの集団を率いてスキル道場から去っていった。
俺らは心に悲しみや苛立ち、もどかしさなどを秘めたまま、ただ黙ってその去る姿を見ているしかなかった。
「さて……」
『解放集会』の姿が完全に消えたその後、シーナは俺の方を向いた。
「とりあえず広場まで戻りましょ。大蜘蛛を撃破したってみんなに報告しなくっちゃ」
「あ、ああ……」
そうして俺らはスキル道場を出て、広場へと向かう。
正直俺はすぐにでもシーナと話をしたかったが、周りのプレイヤーの空気的に今は話せそうになかったので自粛した。
だが広場に向かう途中で俺はシーナに服を引っ張られて横道にそれた。
そしてシーナは周囲に人がいない事を確認して俺をジト目で見てきた。
「……あんたさっきは何みんなの前で私に抱きついてんのよ。そんな空気じゃなかったでしょ?」
シーナはシーナで俺と話しておきたいことがあったのか。
てか確かにあの時は色々な感情がごちゃ混ぜになって自分を抑えられなかった。
沢山の被害者がいる中で俺は空気も読まずにはしゃぎすぎた。そんなことしてたら周りの奴らがいい顔しねえだろ。
俺は素直に反省する。
「スマン」
「……やけに素直じゃない。やっぱあんたさっきからおかしくなってない? いや昨日もおかしかったわね……」
「別におかしくなってねーよ。……それで、その、シーナはなんで……その……」
「何よ。何か言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ」
俺のあやふやな態度にシーナが怒る。
それでも俺は、シーナに問いただしていいものか悩む。
だがやはり聞かないといけないと思い、俺は口を開いた。
「シーナは……さっきあの大蜘蛛の一撃を……うけてたよな?」
「……ええ、そうね。回避盾にあるまじき失態だわ」
「それで……なんでシーナは生きてるんだ? てめえも俺と同じで1発くらったら即死亡のはずだろ?」
「なんでって……あっ。そういえばあんたには説明してなかったっけ?」
「なにをだ?」
「私の取得したスキルの1つに『残像』っていうスキルがあるんだけど、そのスキルはHPをゼロにするような攻撃を1回だけダメージゼロにしてくれるのよ。ただダメージはゼロでも攻撃の衝撃で吹き飛ばされちゃって、建物の壁に激突しちゃって軽く意識飛んでたのよね」
「はあ…………はあああああああああああああああああああああああああ!?」
「な、なによ! 何か文句でもあるわけ!?」
そのあまりにもあっけないネタばらしに俺は思わずツッコミを入れた。
「てめえそういうことはなあ! パーティーメンバーにちゃんと教えておくもんだろうが!!」
「はあ!? 今まであんた私をお試し期間の仮パーティーだって言うから私からそういうこと説明するのは変かな?って思ったんじゃないの! あんただって聞いてこなかったでしょうが!」
「うるせー! そんな便利スキルがあるなんて知らなかったんだよ! そんなんあるなら教えてほしかったわマジで!」
……ただ俺の脳裏には以前バルが説明した『鉄壁』というスキルが浮かんでいた。
コイツの『残像』は回避寄りのプレイヤーが手に入れられるスキルで、バルの『鉄壁』は防御寄りのプレイヤーが手に入れられるスキルだったんだろう。
盾役のバルの持つ『鉄壁』のようなスキルを回避盾を自称するシーナが持っていないはずがなかったのか。
俺は心の中で納得しつつもシーナに向かって声を張りあげる。
「なにが『残像』だよ! 全然残像になってねーじゃね-か! てめえ普通に吹っ飛んでんじゃねーか!」
「なによ! それは私のせいじゃないわよ! そんなことは開発にでも言いなさいよ!」
「うっせー! あんなタイミングでこれ見よがしに俺を庇いやがって! 俺はあの時てめえが死んだんじゃないかって思ってたんだぞ!!」
「へー! それはそれは残念でしたねえ! 自分のために命を投げうったと思ってた私が死んでなくてがっかりでしたかあ?」
「がっかりなんてしてねーよ! 俺はてめえが生きていてくれて心から良かったと思ってんだよ!!! 俺はさっきまでてめえが死んじまったって思って泣いてたんだからな!!!!!」
「あ、ああ、そう……ふーん。あ、あんたでも私の事で……そう思ってくれてたのね……」
俺の赤裸々発言にシーナは顔を赤くしてそっぽを向いた。
ったく。
こうして言い合いしていると、コイツがちゃんと生きてるって実感が湧いてくるな。
俺はシーナの横顔をじっと見つめる。
「何あんた人の顔をニヤニヤ見てんのよ! こっちみんな!」
「顔赤くしてるのはなんでなのかと思ってな」
「う、それは……多分……嬉しかったからよ。あんたでも私が死んだら泣いてくれるんだってね」
「なんだてめえツンデレか」
「ツンデレじゃないって言ってんでしょうがあ!!!!!」
そうして俺とシーナは生き残った。
今回の戦いで犠牲になった奴の数は始まりの街の騒動よりも遥かに多い。
シーナが無事だったことは嬉しいが、それでもエイジや他のプレイヤーの事を思うと気が沈む。
生き残った奴は死んだ奴の弔いをしなきゃならねえ。
この街はしばらく暗い雰囲気になるかもな。
そして俺も死んだ奴らを俺なりに弔おうと思う。
あの男、終を、俺は必ずこの手で……。
……こんなの全然俺の流儀じゃねえのにな。




